第15話 黒幕


「!」

「え」


 突然兄さんがわたしを庇うように立つ。

 まさか、獣?

 怯えながらも好奇心には抗えず、兄の背中からこっそり顔を出して確認すると、フードをかぶった人間?


「なんだ?」

「申し訳ございません。至急お知らせすべきと思い……」

「そうか。なにかあったのか?」

「お探しの魔族の少年、イリーナ・ルシーアに発見され保護されております」

「はあ?」

「っ!」


 イリーナ!?

 なんで彼女がここに……!

 しかもヘレスがイリーナに……!?


「なんであの女がまたここに?」

「新たなる魔王を倒すために、視察と言って飛び出してきたのです。ハルンド様もご一緒です」

「……そうか……監視の意味がないな……」

「に、兄さん……」

「とにかく行ってみよう。シーナはイリーナが出てきた事は知っているんだろう?」


 兄さんの問いかけに無言で頭を下げるフードの人。

 多分それは肯定。

 シーナ殿下はイリーナがここにいる事を知っている。

 知っているけど、引き止める事は出来なかったのね。


「ヘレス……」

「保護って事は、まあ、悪いようにはしていないだろう。大丈夫だよ」

「は、はい……」


 でも、イリーナには精霊が四体もついている。

 ハルンド様が一緒なら五体は確実だわ。

 シャールですらヘレスと打ち解けるのに時間がかかった。

 初対面の精霊がヘレスになんの危害も加えないとも限らない。

 特にイリーナは四体も精霊を連れているのよ、全員を完璧に御しているのならいいのだけれど、そうでないなら今頃へレスは……。


「案内してくれ」

「御意」


 とりあえずは味方らしいフードをかぶった人についていく。

 りんご園のある方へ……この道は、以前兄さんがイリーナと話をしていた森の広まった場所に続いているようだ。

 なんとなく、二人が足音を消すように歩いているので、わたしも慎重に歩く。

 広まった場所が近づくと、少女の声が聞こえ始めた。

 少しずつ大きくなるそれは聞き覚えがあるどころか、ある意味忘れようもない声。


「うーん、やっぱり似ているのよねぇ」

「誰に似ているんだ?」

「え、それは……ん? 今の声……」


 茂みを避け、堂々と声をかける兄さん。

 四精霊に囲まれたヘレスは膝を抱えてしょんもりしている。

 その目の前に佇んで腕を組んでいたイリーナは、兄さんの声に顔を上げた。

 そして兄さんを見るなりパァッと表情を明るくしたが、わたしが後ろにいるのに気がつくとあからさまに「うぇ」と苦い顔をする。

 こっちこそ「うえ」なんだけど。


「って、なんでシュナイド様がここに!」

「うちの子が突然いなくなったから探しに来たんだよ。まさかお前が連れ去ったのか?」

「うちの子? …………。え? なんの事ですか?」

「とぼけないでください! そこにいるじゃないですか!」


 本気で分からなさそうだけど、思わず口が出てしまった。

 わたしの声でゆっくり顔を上げるヘレス。

 その瞳は涙で揺れていた。

 まさか、意地悪をされたのでは……。


「ヘレス! 大丈夫!?」

「ユニーカさ……」

『……!』

「っ!」


 駆け寄ろうとしたけれど、イリーナと契約している精霊たちに阻まれる。

 ……イリーナが契約した四属性の精霊たち。

 普段は姿を消していたから、わたしも初めて見るけれど……きちんと人の姿をしている。

 強い力を持つ上位精霊は人に近い姿を持つと言われているから、イリーナが契約した精霊たちはどれも上位精霊に違いない。

 改めてとんでもない存在だ、イリーナ・ルシーア。

 兄さんやシーナ殿下が他国にも自国の貴族にも渡したがらないわけだ。危険すぎる……!

 確かにこれほどの精霊を従えているのなら、魔王とも戦えるだろう。

 でも……。


「……魔族の子どもと知り合いだったんですか?」

「お前たちが無作為に連れて行った兵たちが、関係のない魔族の子どもを襲って怪我をさせた。この子はあの谷を超えて逃げ延びなければ、躾のなってない兵たちのせいで死んでいただろうな。……どこの世界にも戦争におけるルールはある。武器を持たない民に危害を加えない、だ。……それは蛮族のやる事だからな。いつから我が国の兵はそんな蛮族のような真似をするようになった?」


 どくっ、と胸が熱くなる。

 兄さんの怒気を含んだ声。

 わたしまで気圧される。


「……そ……そんな事、私に言われても……」

「言いがかりはやめてもらおうか、シュナイド。イリーナはシーナ殿下や僕と共に魔王の城に行っていたんですよ。兵たちを連れていたのは、殿下直属の騎士隊隊長です。万が一の時の退路確保のための兵として! 責任を問うのであればその騎士隊隊長でしょう」

「ハルンド……!」


 ハルンド様……。

 すっかりイリーナの味方になってしまわれたのね。

 あんなに聡明な方だったのに。

 ……まあ、でも言ってる事は正論……!

 確かにそれはイリーナのせいではありませんね!

 兄さん、さすがにそれは言いがかりです!


「それに、この魔族の少年はイリーナが保護しただけです。保護者が現れたのなら引き渡しますよ。ねえ? イリーナ」

「え、えーと、う、うんまあ……ちょっと確認したい事はあるけど……」

「確認したい事?」


 ハルンド様も首を傾げる。

 イリーナは困ったように頰をかきながら、「えーとでもなんかこう、人が多いと確認しづらいからなー」とぼやく。

 どういう事? わたしたちがいては確認出来ない事ってなに?


「!」


 もしかして、前に兄さんと話していた時のあの意味の分からない『おとめげーむ』とか『シナリオ』とか、そういう話?

 ……シナリオ……兄さんが魔族に殺されてしまう、シナリオ……兄さん……!


「そ、その確認をしたら、ヘレスを返してくれるんですか」

「え? ええ、まあ……。似てるけど多分違うと思うし……」

「分かりました。しばらく離れたところにいます」

「ユニー?」

「お願いだから、ヘレスに危害は加えないでくださいね」

「し、失礼な事言わないでください! 子どもに乱暴な事をするような人間だと思ってるんですか! ……悪役令嬢はあなたでしょーにっ」

「悪役令嬢などというものは分かりません」


 またわけの分からない事を。

 唇を尖らせて睨み合う。

 そのあとふい、と顔を背けて兄さんの腕を掴み、少し離れた場所へと移動した。


「ユニー、本当にいいのか?」

「なんの確認かは分かりませんが、それでヘレスを返してくれるならなんでも構いません」


 兄さんが魔族に殺されてしまう。

 それを回避したいと思っているのは、多分、イリーナも同じだと思うの。

 兄さんの事を好きだと言ったあの声色。

 わたしは、あの声は本当にそうだと思った。

『ぎゃくはーれむ』とか言葉の意味が分からないけれど、それをする事で兄さんの命が助かるのだとしたら、ここはイリーナに任せた方がいいのかもしれない。


「まったく、困った“ヒロイン”様ですね」

「ハルンド」

「ハ、ハルンド様!」


 はあ、と深い溜息を吐きながら、木に手をついて現れたのはハルンド様。

 パーティー以来、久しぶりに会う。


「お前も締め出しか」

「例の『シナリオ』関係なんじゃないんですかぁ? 知りませんけど」

「お守りも大変だなぁ」

「いいですよ別に。あれはあれで愛玩動物っぽくて、僕はシュナイドほど嫌いになれないので。ああ、それよりユニーカ様、お久しぶりです。ところで、そろそろ例の件についてシュナイドにお聞きになりましたか?」

「え?」


 例の……、え?

 あ、ら? なんか、雰囲気が、さっきと……。

 なんだか昔に戻ったように……。


「え? まさか……?」

「そのまさか。僕も“グル”です」

「──っ!?」


 えっ、ええええええええっ!

 ……こ、声にならない衝撃。

 いえ、大声で驚くのを耐えたのは自分でも素晴らしいと思いました。わたし偉い。すごい。

 ハルンド様も兄さんとシーナ殿下の仲間!?

 え、それじゃあイリーナは……。

 あのパーティーの時にわたしに『サイレント』をかけたのも、わざと?

 あ、ちょっと待って欲しいです、混乱してきた。


「あの時は魔法まで使って申し訳ない。でも必要な事だったと、今でも思っています」

「……あ、そ、それは……。で、ですが、わたしに話してしまって良かったのですか? そ、その、自分で言うのもなんですが、わたし、あまり『知らないフリ』は上手くないと思うので……」

「構いませんよ、そろそろ計画も大詰めなので。変な事態にならなければ問題なく、今度はもっと楽しいパーティーになると思いますよ」

「…………」


 そうでした、ハルンド様はこういう底意地の悪い方なのでした。

 兄さんが「あいつは正真正銘ガチモンの鬼畜眼鏡なのでユニーと婚約はさせたくない!」と訴えて、わたしとの婚約話がなくなったほど!

 もしかしたらこの計画事態、考えたのはハルンド様なのではとさえ勘繰ってしまいそう……。

 そしてもしもこの計画を考えたのがハルンド様なら、わたしが気づかなかったのも仕方ないんじゃないんでしょうか?

 と、とてつもなくいい笑顔〜……。


「……けれど、それじゃあイリーナは……彼女の味方は、精霊だけなんですか……」

「あれ、同情してあげているんですか? 相変わらず甘……いえ、お優しいですね、ユニーカ様は」

(ハルンド様が意地悪すぎるだけです……)

「お前が鬼畜すぎるだけでは」


 に、兄さん、言葉に出して言っちゃうんですかぁぁ……!?


「でも大丈夫ですよ。彼女、別に可哀想な事になるわけではありませんから」

「そ、そうですよね」

「そうですとも。悪いようにはしません。生かさず殺さず、彼女の気の持ちようで薔薇色人生間違いなしです」

「…………」


 あ、あれぇ?

 なに一つ安心出来ないのはなぜー?

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