第13話 将来の話
魔物出現から一週間、この町では目覚ましい変化があった。
ヘレスを町の人たちが受け入れ、わたしの食堂で他の子どもたちと一緒にご飯を食べられるようになったのだ。
「はい、熱いから気をつけるのよー」
「「はーい!」」
「わーい、ポタージュスープだぁ!」
「私これ大好きー!」
ふふふ、わたしの料理レパートリーも増えたと思いません?
町の人にさらなるレシピ提供を頂いた結果よ!
最近は町に親のいる子どもも『友達と一緒にご飯を食べたい』と食堂に来るようになっている。
親が忙しいのもあるけれど、『子ども食堂』は子どもに無料で食事を振る舞う。
さすがに人数が増えてきたので、食堂を開けるのは夕方からに変更。
……準備がね、追いつかないの……。
その代わり、朝は隣の販売店持ち帰りカウンターからパンを一つだけ配るようにした。
その時に元気に挨拶してくれるの。
ああ、みんなかわいいわ。
子どもってなんてかわいいのかしら。
幼い頃からお茶会などの社交場で腹の探り合いしかしない貴族の子ども時代を振り返ると、町の子どもたちやアルナ、イルナ、ヘレスの無垢さはもはや一種の衝撃だわ。
心から喜びを伝えたり、怒ったり笑ったり出来るって素敵。
今思い出すと、わたしも家族の前でしか素を晒していなかった気がする。
それこそ、婚約者であるシーナ殿下と会う時ですら。
まあ、それは多分お互い様だと思うのだけれど……。
「ねえねえ、ユニーカお姉ちゃんは町に結婚したい人とかいないのー?」
「へ?」
そんな事を言い出したのは布屋の子。
さらに「うちのお兄ちゃんがユニーカお姉ちゃんの事、いいな、ってゆってたよー」と続ける。
え、えーと、い、いいな、とは……?
あと、布屋の長男さん、顔が思い浮かばない……どなたかしら?
「あ、仕立て屋のおばちゃんが『うちの息子の嫁に来てくれないかしら』って言ってた!」
「えー、レンガ屋さんのじーさんも孫の嫁にどうかなって言ってたよー」
「ユニーカねえちゃんモテモテじゃん!」
「ねーねー、ユニーカお姉ちゃんは彼氏とかいないのー? 結婚はー? 早くしないと行き遅れちゃうよ!」
「行き遅……っ!」
いいいい行き遅れぇ!?
……ハッ! ……し、しかし、わたしは今十八歳……もうすぐ十九歳。
確かに貴族でもそろそろ結婚していないとまずい年齢……!
それは平民でも同じだというの!? それもそうか!
「ばーぁか! ユニーカさんみたいな美人を射止められるような甲斐性が、町の兄さんたちにないのが悪いんだろうー? それにユニーカさんを嫁に欲しいならまずシュナイドさんの許可がいるだろ」
「「「「あーーー」」」」
「ア、アルナ? それはどういう……」
「そのままの意味〜」
兄さんの許可?
普通父さんの許可では?
そしてなんでみんな頷くの?
どういう意味の頷きなの、それは。
「だいたい嫁に欲しいって思ってるならデートに誘いに来ればいいじゃん。誰も来ねーし」
「だよねー、町の兄さんたち本当勇気がないよねー」
「うんうんダメダメー」
「誘いに来ないのに嫁には来い、はないわー」
「だよなー。みんな根性ねーしなー」
……町の男の人たちひどい言われよう。
「あ、ねえ、もう夜の刻になっちゃうよ。そろそろ帰らないと!」
「やべ、ほんとだ」
「えー、まだ食べたいなー」
「また明日、出来立てを食べさせてあげるわ。あ、急に動いて転ばないようにね。大きな子は小さな子を見失わないように気をつけて」
「「「はーい」」」
気がつけば子どもたちが帰る時間になっていた。
町から離れているわけではないけど、近くもないから時計の針が『夜の刻』になる前にみんなを帰すようにしているのだ。
見送ってからテーブルに戻ると、まあ、素晴らしく空になったお皿とコップだらけ!
みんな毎日よく食べてくれて、作る方はとても嬉しいわ。
「ねーねー、ユニーカさん。今日おれたち泊まっていっていい?」
「いいー?」
「え? ええ、もちろん構わないわよ」
「やった」
でもアルナたちのりんご園は森を抜けた方が近道。
なのでよく泊まって、朝ごはんを食べてから帰る事が多い。
夜道も夜の森も危ないからね。
最近は泊まる日が増えて、いっそうちで暮らしているみたい。
まあ、アルナもイルナもまだ小さいから、あの町外れのりんご園に二人でいさせる方が不安なのだけれど。
「…………。なぁなぁ、ユニーカさん」
「? なぁに? アルナ」
「もし、さ、イイ人がいなくて、おれが結婚出来る歳になっても、ユニーカさんがまだ好きな人とかもいなかったら……、あの……お、おれと結婚してくれる?」
「え?」
顔を真っ赤にしながら、唇を尖らせて目を逸らす姿。
そして、紡がれた言葉にきょとーんとしてしまう。
え? え? え? 今なんて言われたの?
「お、おれ、結構しょーらいゆーぼーだと思うんだ! りんご園と家はあるし、シュナイドさんのおかげでりんごを使った商品はどんどん増えてる。これからはワインとかも出来てくるはずだから、もっと儲けられると思う! 剣も習う! 強くなる! ユニーカさんを守れるくらい!」
「え、あ……あの……」
「だから、おれが十五になったら、結婚して! 今はまだガキだけど、おれ絶対すごくなるから!」
「っ……!」
え?
えええええええっ!
***
「──……という事かあってですね……」
夜、みんなが寝静まったあと、帰ってきたばかりの兄さんをダイニングに引き留めて相談してみた。
すると最初こそホットミルクを噴き出しかけていた兄さんは、くっくっと笑い始める。
しかもシャールまで短い前脚で口を教えて笑っているわ、あれ。
ううう、笑い事ではないんですけど?
「いや、悪い悪い。そうか、まあ……貴族だろうが平民だろうが、平均寿命を考えると早いうちから嫁が欲しいのは当然なんじゃないか」
「そ、そんな考え方は嫌ですっ」
「うーん、けどなぁ……。……だが、実際ユニーはどうしたいんだ?」
「え? ど、どうって……」
「ぶっちゃけるが、今かなり商売は上手くいっている。このままいけば準男爵くらいの爵位は金で買えるようになるぞ。もうお貴族様からの『お使い』も頼まれ始めているしな」
「えっ」
さ、さすが兄さん! もうそこまで……!
こく、と一口ホットミルクを口にする、そんな姿も素敵!
……っというか、そう言う兄さんも結婚どうするつもりなのかしら?
思えば貴族時代から飄々としているところがあって、婚約話もするする逃れまくって「恋愛結婚したい」と主張していたわね。
そんなところがシーナ殿下には興味深かったのか、いつの間にかご友人として仲良くなっていた。
そしてその縁で、わたしとシーナ殿下は婚約したのだ。
シーナ殿下は兄さんの「恋愛結婚したい」にいつも苦い顔をしていたけれど、それは憧れのようなものを含んでいたらしくてわたしに会うと決まって「君も本当は恋愛結婚がしたかったんじゃないのか」と聞いてくるようになったのよ。
……でも、わたしの初恋はシーナ殿下。
だからそのまま……恥ずかしいけれど「わたしはシーナ殿下に恋をしています」と伝えていたの。
だって事実だったし、そう伝えた時のシーナ殿下の、納得はしていなさそうだけど少しだけ嬉しそうな表情が……好きだった。
今となっては、甘酸っぱい思い出ね〜。
って、違う違う。
「……そういえばこの話はしていなかったな。色々忙しかったし……。なあ、ユニー……お前はシーナを今どう思ってる? まだ好きか?」
「…………」
えっ、と一瞬喉が詰まるかと思った。
今まさに、シーナ殿下の事を思い出していたから。
「……えーと……よい思い出?」
「思い出かぁ」
「はい。……初恋だったのは間違いないんですが、なんというか……そうですね、役割が、間にずっと横たわっていたように思います。あの方は国王。わたしは王妃。その関係が前提で、わたしの想いとは裏腹に、あの方とわたしは……同じ志を持つ者……の、ような……?」
「そうか……」
「だから、好きは好きでした。でも、殿方として愛していたのかは、今となってはよく分かりませんね……」
そう、それが正直な想いだ。
初恋だったとはっきりと言える。
けれど、そこから想いが芽吹いた結果、花開いた想いが愛だったのかは分からない。
人としてとても尊敬していた。
国を背負う責任を誰よりも強く自覚して、はじないように、負けないように強くたくましく、そして賢くなろうといつも努力なされていた方。
わたしもこの方の隣に立って恥ずかしくないよう、自分なりに努力をしてきた。
あの方はそれを認めてくれたし、それがなによりわたしには嬉しくて……。
「とはいえ、シーナよりお前を幸せにしてくれるような男は……今のところいないみたいだしな?」
「え、えっと、はい、まあ、そうですね……今のところ……。で、でも……さすがにアルナは恋愛対象には見れませんよ?」
「ははは! さすがに結婚相手にまで口出しはしねーよ! ……俺がユニーとシーナの婚約を薦めたのは、確かに家のためだったのが大きいけど……王妃という役割は大変な分、シーナもお前の事を大切にしてくれると確信していたからだ」
「……!」
「あいつは真面目で……真面目すぎる奴だろう? 他人にも自分にも厳しくて、背負うものの大きさにいつもどこか張り詰めていた。我儘も引きこもりもやめたユニーなら、シーナと一緒に国を支えていけると思ったんだよ。そして、そんな真面目な奴だから、共に生きる相手には必ず相応の幸せと愛情を与える」
兄さんの優しい眼差しは、コップの中のホットミルクに注がれていた。
でも、わたしはその先にシーナ殿下の姿が見える。
だからわたしも自分のコップの中を覗き込む。
いつもの厳しい横顔が映った気がする。
兄さんの言ってる事、とてもよく分かるわ。
シーナ殿下は真面目で、なにより誰より国を思っている。
この国の未来を想い、憂い、案じている人。
今の国王陛下が「王家の悲願」として『魔族国』の支配と王国独立を願っているのを知っていて、その上でその考えを否定的に口にしていた。
シーナ殿下にとって国の安寧は独立ではなかったのだろう。
わたしもそう思う。
いくら精霊の加護が人間種のみに与えられるからと言って、人間が竜族や魔族より強くなれるわけではない。
大陸の大きさ、他種族の強さ……それこそ経済面から考えてもわが国は『小国』の括り。
他国を侵すなど……愚かの極み。
「あの、兄さん……わたしずっと不思議だったんです……シーナ殿下は戦争を望むような方ではないですよね? なぜ『魔族国』の魔王を討伐に? 魔王は五人もいるのだから、一人倒してもなにも変わらないのに……。陛下の命令だから、ですか?」
「そうだな、それが一番大きい。陛下はシーナが生まれる前にこの辺りに視察に来た際、魔物を目にしたんだそうだ。その時の恐怖で『魔物と魔族の排斥』を強く誓ったんだとさ」
「ま、まあ……」
そんな話初めて聞いたわ。
……けれど、王様の若かりし頃のお話では知ってる方も少ないわよね。
まして『王が恐怖した』、なんて話が関わっていたら、誰でも口を閉じる。
兄さんはシーナ殿下に聞いたのかしら?
「けれど、戦争を想定していたにしては……この辺りは壁なども城塞などもありませんよね? それはなぜです?」
「国王がこの付近に視察などで近づかなくなった事で、この辺りの領主たちは防衛費として渡された金を着服するようになっていたせいだ。本来ならその金で城塞なり砦なり検問所なり、色々作る予定があったらしい。だが俺とシーナが調べただけでも、隣接する五つの町と三人の領主は全員防衛費を使い込んでいたな。『防衛費』として自分の屋敷を大きくしたり、城のようにしたり、護衛と称して女冒険者を雇い入れたり……まあ酷いものだったよ」
「ま、まあ……」
しかもそれは十年以上も続いていたらしい。
どうしてバレなかったのかしら?
いくら陛下が来なくても、部下の貴族は来るでしょう。
それを聞くと、その辺りも『防衛費』が使われていたらしい。
つまり視察に来た他の貴族に口利きといい、賄賂を渡して黙らせていた。
しかもそれだけでは終わらず、自殺を命じられた貴族の別荘も建てたりしていたんですって。
「アルナたちのりんご畑は、その『別荘』の候補地だったんだ。だが、アルナたちの両親が抗議に来た事で場所を変えた。そのタイミングで王都から魔王討伐作戦の話が流れてきて焦ったんだろう、突然この町と隣町の間に城塞を作ると言い出したんだ。当たり前だが城塞は年単位で建設するものだ、今から作るのは圧倒的に人手が足りない」
「はい」
実質的に不可能だ。
……でも、それでこの町の大人たちが出稼ぎに出たまま帰らないのね……?
無理な働かされ方をしていなければいいのだけれど……。
「……という感じで、魔王討伐は裏を返すとこの国の膿出し作業でもあったんだ。証拠も揃えてあるから、あとはシーナの方でなんとかするだろう。それに国境の貴族を放置した責任は国王陛下にある。シーナも成人したし、この件を使って陛下には退位頂く事になるだろうな」
「……えっ!」
にや、と兄さんが口端を吊り上げる。
……え? ま、待って、待って?
それは、まるで──!
「兄さん、まさかまだシーナ殿下と通じているの!?」
「もちろん。表向きはお前のせいで一緒に廃爵からの王都追放だがな。今回の件が片付けば褒美に一家全員王都に呼び戻されて伯爵の地位が約束……って寸法だったんだ。前より爵位を下げるのは、モリカの家が力を持ちすぎるのを防ぐのと、それに伴い他の貴族に危険視されるのを回避するため。国王の失態で王が変わるという節目で、人はいいけど交渉術には長けているうちの父さんがあのまま『娘が次期王の婚約者』の状態で王都にいるのはぶっちゃけ、かなり危なかった。なぜだかは分かるな?」
「……っ、王家の権威が一時的に弱まるから、ですね? その時に、我が家の権力が……上回ってしまえば……」
廃爵では済まなかったかもしれない。
嫉妬に駆られ、わたしという『新しい王妃』の誕生により父さんが『新しい王を
考えた瞬間背筋が冷えて身震いが起きる。
「で、でも、それならなぜ教えてくださらなかったんですか? わたし、あの時本当につらかったんですよ? それに、それなら身を隠すだけでも……」
「だからここに隠したんだよ。俺と父さんは商売をしながら情報収集と証拠集めをするが、母さんとユニーはこの……」
『そうか! だからわがはいがいる屋敷を選んだんだね!』
「正解」
「!」
守護精霊のいる屋敷。
兄さんは、最初から……!
「? でも父さんと母さんはシャールに本気で驚いていたような?」
「二人はまだこの計画の事は知らないからな」
「ええええっ」
「近いうち話すつもりだけど、まあ、あえてこの屋敷とこの町でユニーを生活させたのは、俺がこの国の平民の暮らしを……直接見たり経験して欲しかったからなんだ」
「わたしに……? 平民の暮らしを?」
「……身分が違うだけで、同じ人間の生活がこんなにもかけ離れているのを、ユニーはどう思う?」
「……!」
「俺は……平民の暮らしももっと豊かであるべきだと思う。そして、ユニー……お前なら……お前とシーナなら変えられる」
真っ直ぐに兄さんの眼差しがわたしに向けられている。
たったの三ヶ月と少し。
わたしがここで……この町で学んだもの。
──ああ……。
目を閉じる。
胸に手を当てて……わたしは……。
「兄さんの言いたい事が、分かった気がします」
「それでこそ俺の妹だ」
頭を撫でられる。
わたしは、この瞬間がとても好き。
「………………」
その時にダイニングの入り口にヘレスが立っているとは思わなかった。
この話を聞いたヘレスがどうするのか、気づいていたなら変えられたのだろうか?
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