第9話 お仕事二日目!
翌朝。
わたしはとっても早起きしてパン生地を、こねこねし始めた。
屋敷の設備の事はシャールが色々便利にしてくれるけれど、食事作りはそうはいかない。
ローズさんから小麦粉をたくさんもらってきて、水と砂糖とお塩、酵母を入れてこねこね、こねこね。
「ふう……」
それにしても困ったわ。
昨日予想以上に食べてもらったから明日の分のバターが足りない。
今日も朝から子どもたちがご飯を食べに来るはずだから、それが終わったら後片付けをして家畜屋さんに買いに行かなくちゃ。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはよう……ございま、す?」
「おはよう、早いわね」
『おはようー』
パン生地を木桶に入れて布をかけた時、ヘレスたちが屋根裏から一階へ降りてきた。
アルナたちはヘレスと一緒に屋根裏に寝たいと言ったのよね。
やっぱり男の子に屋根裏はなにか特別らしいわ。
「あ、そうだ……イルナ、この人が昨日おれたちを助けてくれた人。ユニーカお姉さん。自己紹介、ちゃんと出来るな?」
「……イルナ……」
「イルナくんね。よく眠れた?」
「……うん……」
お兄ちゃんの背中に隠れて出てこない。
ふふ、人見知りなのね。
「朝ご飯の準備手伝います」
「ありがとう、ヘレス。スープ作りを手伝ってもらえるかしら?」
「はい」
と言っても、毎日野菜スープなのよね。
正直二ヶ月間もほとんど野菜スープ、にんじんスープ、オニオンスープ、すごく時々ソーセージ入り……の、ローテーションでさすがに飽きてきている。
ヘレスはまだ平気のようだけど、両親や兄もきっと同じ事を考えているはず。
うーん、なにかいい方法はないかしら?
料理を習う? ……だ、誰に?
母さんも貴族だから、この生活を始めてから包丁を使うようになったのよ?
もっと言うと、母さんの料理に関しては……危なすぎて見てられない。
一回の料理で片手の指をすべて負傷し、次の料理で七本の指を負傷した女……それが、母……!
父さんが「頼むからもう料理しないでくれ! 父さんが代わりにご飯担当するから! 指切り落ちしちゃいそうで怖い!」と縋りついて懇願するほど。
そんな母の血が流れるわたしと兄さんは、比較的器用らしくて料理は苦ではない。
けど、レパートリーが壊滅的……!
「おれも手伝いたい!」
「え? でも……」
「ね、寝床を借りたから……」
「えーと……そうね、じゃあ……ヘレスを手伝ってくれるかしら? イルナはまだ眠そうだからソファーで休んでいるといいわ」
「んー……」
まだ体調もよくなさそうだしね。
そう言うとシャールがわたしの肩からイルナの肩に飛び移る。
ドヤ! という顔を見るに、どうやら『イルナの世話は任せろなのだ!』という事らしい。
やだ、もう、ほんとにかわいい。
「ふふ、イルナは精霊に気に入られたみたい」
「え? そうなの?」
「ええ、この屋敷の守護精霊様が今イルナの肩に乗っているのよ。とてもかわいいわ」
「ユニーカさんって精霊が見えるの? すげー……。精霊って魔力のある貴族しか見えないんじゃ……」
「よく知っているわね。……ええ、そうよ」
とはいえ「うちは廃爵を申しつけられた元貴族で、王都から追放されてこの町に来たの」……なんて言いふらすのはちょっと……ね?
「おはよう、今日も早いな」
「兄さん! おはようございます!」
ふあ、とあくびしながら現れた兄さん。
父さんと母さんは今日もお寝坊ね。もう。
「朝ご飯を食べに来る子たちがいると思うから、そろそろ食堂へ行って準備しなきゃと思っていて……」
「ああそうか。朝ご飯も出すって言ってたもんな」
「昨日の子たちが友達を連れてくると言っていたから、昨日よりたくさん準備していたの。でも、バターが足りなくなりそうで……」
「なら、オリーブオイルを代用で使ってみたらいいんじゃないか? バターってパンの『油分』だろう? イケるんじゃね?」
「ふぁ……!?」
あ、あっさりとわたしの悩みを……さ、さすが兄さん!
オリーブオイルは兄さんの取扱商品、石鹸の原材料。
原材料オリーブの木はシャールの力で庭の一部に採り放題となっている。
と、いう事は、だ……パンの材料が本当にすべて我が家の庭で採り放題という……。
「素敵!」
「でもそんなに用意して大丈夫なのか? 確かに子どもからお金は取らないとしても、食べ切れないんじゃ……」
「あ、それは大丈夫なの。昨日来たのは男の子三人だったんだけど、用意していた大人五人分の量をあっという間に食べ尽くしてしまって……。しかも今日からまた来店人数が増えると思うから、これくらいでないとダメだと思うの」
「え? あの量が……?」
「う、うん……」
兄さんもびっくりしてる。
しかし、自分にもなにか身に覚えがあるのか「あー、でも、うん」と一人で納得してしまった。
「でも同じパンばかりだと飽きるだろう?」
「そうなの。正直スープもそろそろ……うちで作れるものは飽きてきていて……あ、これはわたしの話で!」
「とても分かる」
「……ですよねー」
良かった、兄さんも同じ意見だった。
「それで少し考えたんだけど、野菜の種類を増やして見てはどうかって父さんと話してたんだ」
「野菜の種類を? たとえば?」
「豆とか、葉物野菜とかだな。あと、家畜屋さんが鶏を飼うのはどうかって言ってくれたんだ。ひよこでいいなら安く譲ってくれるってさ。豆をシャールの加護で量産すれば、鶏の食い物にも困らないし、地面を柔らかくしておくとミミズを自分で食べたりするらしい。数が増えれば鶏肉にもなる」
「わあ……」
さすが兄さん!
わたしでは到底思いつかない……!
お肉なんてソーセージ以外、ここ二ヶ月食べていないからとても……とても魅力的〜!
「鶏が産む卵も食べられるしな」
「はい! いいですね!」
「ん? 待てよ? 卵があればマヨネーズもいける……?」
「マ……?」
「ああ、いや、こっちの話だ。それより、パンもそればかりでは飽きるし、りんごが手に入るようになるならアップルパイとかどうだ?」
「アップルパイ?」
えーと、それってあのサクサクとした生地に包まれた、とろけた果実の詰まったお菓子の事よね……?
え? あれ、人の手で作れるものなの……?
あれはシェフが作るものであって、わたしのような者が作れるものではないのでは……?
「俺もお菓子作りはあまりレシピを詳しく知ってる方じゃないけど、パン生地を薄く伸ばして重ねたらパイ生地になるんじゃないっけ?」
「そうなんですか?」
「そうそう、確か冷凍のパイ生地にはバター多めみたいに書いてあったから、バター多めに使って薄く伸ばして重ねると……ん? それはミルフィーユか? ミルフィーユはあれか、クレープ生地の重ね合わせだから、それはまた別か。よく分からないけど、なんか色々出来そうじゃないか?」
「薄く伸ばして……そうですね、これまでのやり方を変えて、色々試してみるのもいいかもしれません……やってみます!」
「ああ、がんばれ」
頭を撫でてもらえる。
兄さんに褒められるのはとても嬉しい。
……兄さん……昨日、イリーナと話していた事……やっぱり聞く勇気はない。
だから、わたしに出来る事……普段通りに振る舞う事を頑張ろう。
そして、もっと頑張って、兄さんがわたしに困った事があれば相談してくれるような、そんな妹になろう。
兄さんが「頑張れ」と言ってくれるうちはダメね。
町の人に料理のレシピを聞いて、もっともっと色々作れるようになって、たくましい平民になってみせる!
「ユニーカさん、スープが出来ました」
「あ、ありがとう、ヘレス。それじゃあわたし食堂を開けてくるわ。アルナたちは兄さんたちと朝食を食べて。りんごの調理法を聞きたいから、待っててね!」
「うん」
「行ってらっしゃい、ユニー」
「はい! 行ってきます!」
さあ、営業二日目も頑張るわよ!
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