第4話 魔族の子とこの町【後編】
「…………」
けれど、パン屋さんの売れ残りがないと先程の子どもたちはパンを食べられないのよね?
あの子たちの分をわたしが買ってあげる、とか?
いえ、そんな勝手な真似は出来ないわ。
貴族時代ならいざ知らず、今はわたしが自由に出来るお金はない。
父さんや兄さんに頼んでも、よその家の子どもの面倒を毎日三食見るのは……きっと無理。
しかも結構な人数だったし。
でもでも、小麦粉は木の精霊ローズさんが出してくれるようになった。
わたしもなにか仕事をしたいと思っていたところだったし、あの子たちにご飯を食べさせてあげられるような、そんな仕事が出来ないものかしら?
「母さん、ただいまー。ユニーカさんを連れてきたよ」
「あら、ユニーカちゃん。今日はどうしたの?」
「あ、実は……」
事情を話して女将さんからパンと小麦粉を交換してもらう。
このパンで、お薬と交換。
けれど、わたしが交換したこのパンで、あの子たちの明日の食事がなくなったらどうしよう?
「ユニーカちゃん、どうかしたの?」
「あ……」
「うちの売れ残りを小さい子たちにあげてるところを見られたんだ。多分、そんでうちの売れ残りがなくなった時の事を心配してるんじゃない?」
「…………」
「あらあら」
うぅ、ディンルに見透かされてしまったわ。
わたし、分かりやすいのかしら?
すると女将さんは少し困ったような顔をして「あんたが気にする事じゃないんだよ」と、わたしの肩を叩く。
「戦争に備えてだがなんだか知らないけど、この村……今は町だけどね……の、税金は高くなる一方だ。働いても働いても、領主に摂られていく。平民だから仕方ない。逆らえば殺されちまう」
「えっ……!」
「麦の育ちも悪いし、収穫期まであと二ヶ月以上ある。だから少しでも稼ごうと他の町に行ったり、魔物に出会す覚悟で森に採取に行かなきゃならない。あの子らもそういう実情をちゃんと分かっている。その上で、文句も言わずに出来る範囲で働いているんだ。うちがそんな子どもらへあげられるもんは売れ残りのパンくらいだけど、それだって本当なら、あの子らの親が用意するもんだ。でも出来ない。あの子らもうちらも、そして親たちも知っている。仕方ないんだよ。でも出来る事、やれる事は精一杯やるんだ。それでも駄目なら、仕方ない。本当なら他人に構ってやる余裕も、ないんだ。みんな分かってる」
女将さんは、半ば自分に言い聞かせるように……独白のように、呟く。
仕方ない?
そんな状況が、仕方ない……!?
どこが仕方ないというの?
「っ……!」
これは貴族のあり方でなんとかなるもののはずでは?
ここの領地の領主である貴族は一体なにをしているの!
税金を増やしてる?
戦争に備えて?
ふざけないで、なら、その税金でどうして要塞なり城なり城壁なりを作らないの?
この場所を守る事は民や王都を守る事に繋がるはずでしょう?
なんのための増税だというの?
いえ、そもそも……実りが悪いのなら増税などせずに王家や他の貴族に事情を話して援助を乞うくらいすべきなのでは?
殿下……シーナ殿下……ご存じないの?
手紙でお伝えして──……。
「…………」
殿下に毒を盛ったと言われて婚約破棄された、わたしの手紙を……殿下が読んでくれるわけが……ない。
そもそも届けられない。
ああ、なんて事……わたしは貴族ですらなくなった。
ここにいる人たちと同じ。
貴族に意見すれば、殺される。
……でも、でも……!
「ユニーカちゃん」
「!」
「この土地は、生きていくのが大変だ。でもさ、少しでも誰かのために、町のみんなのために出来る事があったらなにかしよう、ってそう思ってくれてるんなら……そりゃうちらと一緒だ。こんな時代だからね、まだ町に来たばかりのユニーカちゃんには、色々分からない事も多いだろう。けど、みんなで力を合わせればきっと乗り越えられる。町全体で力を合わせればね」
「女将さん……」
そう言って、パンの入った袋を押しつけるように持たされた。
ああ、なんてわたしは無力なのだろう。
そう思いながら薬屋さんに戻り、パンと薬を交換してもらった。
自宅の屋敷に戻って、怪我をしたあの子を寝かせた部屋へと入る。
あの子はまだ、眠っていた。
「…………きっと、乗り越えられる……か」
町の人たちがあんなに大変な思いをしていたなんて、わたし、知らなかった。
村程度の規模しかないのに、『町』と呼称が変えられたのは領主の貴族が指示したせいだと聞いていたけれど、まさか増税のために……?
だとしたらひどい。
どうしてそんなにお金が必要なの?
ここに来て一ヶ月経つけど、『魔族国』への防衛費に回されているようには見えない。
実際、魔族の子どもが森に倒れていたわけだし……。
魔物に対する防衛なら、やっぱり城塞でも作ればいいのに。
その建設でこの町の人たちにお金が落ちるようにする事だって、出来たはず。
それをしないのはなぜ?
まさかとは思うけれど、自分の懐に入れて……?
だとしたらひどすぎる!
やっぱりシーナ殿下へ手紙を……う、ううん、でも届くわけないだろうし……!
仮に届いても貴族の家紋がない手紙は確実に検閲される。
その時に握り潰される未来しか見えない。
ああ、なんて歯痒いの!
「…………」
「あ」
布団がもぞもぞ動く。
見れば子どもが目を開くところだった。
シャールは魔族が好きではないので、わたしの背中に隠れる。
金色の瞳と、視線が交わった。
「……あなたは、だれ? ……にん、げん?」
「ええ、そうよ。はじめまして。わたしはユニーカというの。あなたは? 名前は言えるかしら?」
「…………ヘレス……」
「ヘレスね」
やっぱり、ちゃんと言葉が通じる。
名前もあるのね。
という事は『魔族国』ってちゃんと統治とかなされているのでは……。
この子に聞いたら『魔族国』の事が分かるかしら?
わたしを見ても襲いかかってくるわけでも……襲いかかって……襲い…………よ、よく考えたらその可能性もあった!
わたしったら全然警戒もせずに目覚めるのを待ってたなんて、警戒心が足りないわね! うふふふふふふ!
「……ユニーカ、さん?」
「! あ、ごめんなさい。怪我をしているみたいだから、家に運んできたのよ。手当てをしたいのだけれど、いいかしら?」
「え? 手当て……」
「ええ……?」
なんで不思議そうな顔をされているのだろう?
聞き返されたので思わず首を傾げて聞き返してしまった。
すると、彼はゆっくり上半身を起こす。
「まだ起きたら……!」
「だ、大丈夫です。僕ら、体は頑丈だから」
「けど!」
「ほ、本当に大丈夫で……」
グウウウウウウウウウウウウゥ……。
と、いう音がわたしたちの間に、響く。
……え? ……え? これは? 今のは? え?
「…………っ」
ヘレスは顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。
そのまま蹲ったので表情は分からなくなってしまったけれど……み、耳まで赤い。
褐色だけれど、分かりやすいくらいに赤いわ。
「……お、お腹が空いていたのね」
「…………」
でも怪我は?
心配になったけれど、ヘレスが小さな声で「お腹いっぱいになると、怪我も、治るので……」と言う。
それでふと、思い出した。
ヘレスは魔族だ。
わたしたちとは怪我の治り方が違うのかもしれない。
よく考えればこの薬も、人間の薬。
魔族のヘレスには効果がないのかも……。
「そうなのね、分かったわ。今パンを焼いてくるから一時間くらい待っててくれる?」
「一時間!?」
「う、うん……」
今夜食べるためのパンのタネは作ってある。
それを焼くだけなのだが、石窯を温めたり焼くのに数十分くらいかかるので……うん、早くとも一時間かな?
「が、がんばります……」
「い、急いで作るわね!」
空腹我慢するのをがんばる!?
なにそれ可哀想!
お腹が空いたのを我慢するのってつらいよね。
わたしも平民になってから好きな時に好きなだけ美味しいものが食べられなくなって、そのつらさを覚えたの。
貴族時代は時間になれば三食出たし、なんなら朝の十時と昼の三時におやつの時間もあった。
ダンスレッスンのある日は夕飯も多めにしてくれるし、おかわり自由!
さすがにはしたないから家にいる時だけだけど。
……でも今は食糧を節約しないといけないから、たまに一日二食。
パンしかない日もある。
家の掃除や庭の草むしり、畑の手入れで体を動かすからとてもお腹が空いていてもそれなのだ。
あれが“ひもじい”という感覚。
知った時はいろんな意味で泣きそうになった。
きっとヘレスは今“ひもじい”のだ。
早くなにか食べさせてあげたい。
ひもじいのは嫌よね、切なくて悲しくてつらいもの。
『……本当に魔族のために食事を作るの?』
「シャール……そんなに悪い子には見えませんでしたよ?」
『まあ、それは……』
わたしの後ろに隠れていたシャールが顔を出す。
耳が垂れてて困り眉が可愛い。
「むしろ、町で聞いた……貴族の方が、よほど……」
『貴族?』
「ええ……魔王が倒されて、きっと戦争になるだろうからと増税されているのだそうよ。でも魔王を倒したのは……」
わたしの元婚約者。
シーナ殿下……と、聖女様、ね。
「戦争になると言われているけれど、そのきっかけを作ったのはこちらだわ。そもそも、そうなる前に『魔族国』と一番近いこの付近には、砦なり城塞なりを造るべき。順番が逆なのよ」
『! ……言われてみるとそうなのだ?』
「どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。……わたしは、令嬢だから知らないのも仕方ない……。でも、この事を陛下や殿下も知らないのかしら? そんなバカな……」
ここは国の守りの要となるはず場所。
その守りも作らずに、ただ魔王を倒した?
そんなバカな話があるだろうか?
やはりおかしいわ、殿下は魔王と戦った時にこの場所を通っているはずよね?
ああもう、わたしもどうして……どうしてこんな事に今更気づくの!?
いくら学生でも、政務の手伝いを多少なりとしていたのだから、気づけても良かったはずでしょう!?
わ、わたしも無能!
……殿下に婚約破棄を突きつけられても、仕方なかった。
いえ、むしろ能力が圧倒的に足りなかったのだわ。
幼い頃に婚約してから王妃となるように努力してきたけれど、それでも、わたしには才能がなかったのね。
殿下と婚約破棄は、むしろ国のためにも良かったのかもしれない。
「どちらにしても、わたしに出来る事は……なにもないのよね……」
『なぜ?』
「わたしはもう貴族ではないから……」
たとえシャールと契約していても、爵位を剥奪されたわたしたち一家はもう貴族という地位を持たない。
殿下にこの事を伝えたり、問い合わせる術がないのだ。
精霊であるシャールの言葉ならば聞き入れてもらえるかもしれないけれど、シャールは屋敷の守護精霊……ここから動く事は出来ない。
わざわざこんなところにくる貴族はいないだろうし、この辺りの領地を預かる辺境伯は、どうやら『村』を『町』にする事で増税し、民から税金を巻き上げているようだ。
その金がどこへ消えているのか、甚だ疑問だけれど……コネもないのに会えたりしないだろうし、歯向かえば殺される。
いえ、わたしだけならまだいいけれど、家族や町の人たちに被害が及ぶ事も考られるのだ。
迂闊には動けない。
相手が貴族なのだから、尚更。
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