第10話 地下室
「終わったぁぁ……」
『お疲れ様、ユニーカ! 今日もすごかったねー』
「はい。でも、みんなが喜んでくれて良かったです」
朝、新しく来た子は女の子三人と昨日来た子たちの兄弟が三人。
合計九人の子どもたちに……用意していた分は食べ尽くされた。
いやあ、育ち盛りの子たちって本当、「どこに吸い込まれていくの?」ってくらいよく食べるわね。
でも、この時間に夜の分も作っておかないと。
「ユニーカさん、みんな帰った?」
「ええ、でも、この様子だと夜の分も今からたくさん作っておかないと間に合わないかも……」
「ええ? おれも手伝うよ。りんごの使い方も一緒に教えるし」
「ありがとう!」
入ってきたのはアルナ。
そして彼の提案で、自宅に一度戻りヘレスにも手伝ってもらいながら夜の仕込みを始める事にした。
ヘレスには前々から食事の準備を手伝ってもらっていたから、作り方は問題ない。
問題はイルナ。
まだ幼い男の子は、昨日と今日でかなり回復。
好奇心が顔を覗かせ始め、家の中をうろうろと歩き始めたらしい。
とはいえ、まだまだ栄養不足が祟っているので大変疲れやすいみたいね……もっと栄養のあるものを食べさせてあげたいわ。
せっかく兄さんが提案してくれたんだし、お豆やはもの野菜を……はもの……刃物?
刃物野菜なんて、なんだか危なさそう。そんなもの食べられるのかしら?
「ユニーカさん、小麦粉をローズ様から頂いてきました」
「ありがとう、ヘレス。それじゃあ早速夜の準備を始めましょう! アルナ、りんごの使い方も作業しながら教わる事は出来るかしら?」
「うん! あ、そうだ。さっきシュナイドさんが言ってた『アップルパイ』の作り方教えてあげるよ。パイ生地の作り方もね! パイ生地の作り方を覚えれば他にもいろんなものをパイにして包めるよ」
「本当? 色々教えて欲しいわ!」
まずヘレスに夜用の普通のパン生地を作ってもらい、わたしはアルナにパイ生地の作り方を教わった。
作り方は小麦粉とバター、塩とお水。
伸ばして重ねて伸ばして重ねる。
その合間合間にバターを足す。
伸ばす、畳んで重ねる、また伸ばす、また畳んで重ねる。
そうして固めて、また伸ばしたものがパイ生地。
手がベトベトになってしまったけれど、これで終わりではない。
りんごを好みの大きさに切り、砂糖で煮込む。
それを寝かせたパイ生地に詰めて焼くのだそうだが、パイ生地の型がない事に気がついた。
肝心なものが、と落ち込むと、アルナが「じゃあ家から持ってくるね!」と言い出す。
「え、でも」
「おれも食べたいから! その間、イルナを頼むよ。すぐ帰ってくるから!」
「一人で大丈夫?」
「ヘーキヘーキ!」
ばたん。
玄関から勢いよく飛び出していくアルナを見送り、ヘレスと顔を見合わせる。
うーん、アルナが戻るまで夜用のパン生地作りをしようかしら?
『ねえねえ、そういえば地下室には行かないの?』
「はっ! そうです、地下室!」
「地下室?」
「ええ! なんとこのお屋敷には地下室もあるんだそうよ! ヘレスとイルナも行ってみる? お掃除しなきゃいけないの!」
「わあ!」
「行ってみたいです!」
おー、と片手を天井へ掲げて、三人でいざ行かん! 伝説の地下室へ!
『こっちなのだー』
宙を移動するシャールに案内され、一階北側の廊下を進む。
ふふふ、シャールの丸まった尻尾がふりふり揺れててとてもとてもかわいい!
たまに見える後ろ足の肉球に、毎回胸がきゅんきゅんしてしまうのはわたしだけ?
……ヘレスもイルナもシャールが見えないので、まあ、わたしだけね……。
もったいない! こんなにかわいいのに……!
ああ、この堪らなく愛くるしい姿について、誰かととても語り合いたい。
シャールの肉球、とてもふわっふわっとしているの。
パン生地のように、もちっもちっと……か、語り合いたい……!
『ここなのだー』
「!」
「わっ。……えっと、ユニーカさん?」
「あ、ごめんなさい。ここ、らしいのだけれど……」
シャールの見えないヘレスとイルナからすると、わたしが急に立ち止まったように見えたのだろう。
でも実際、特になにもない廊下……なのよね?
ヘレスも首を傾げる。
床もへこみや取手らしいものはないし……本当にここから地下へ?
『ふふふ、ここだよここ』
「? それは……」
壁の木枠?
シャールが木枠を左に引っ張るように言うので、言われた通りにしてみると──……。
「きゃっ!」
「わ、わぁぁっ」
「わー! ひみつのとびらだぁ……!」
引き戸、というものらしい。
こんな扉があったなんて、全然気づかなかった。
しかし、その扉の奥に現れた階段……テンションが上がらないはずもなく……!
「よ、よーし! 行きますよ、二人とも!」
「「おーっ!」」
階段は石製。
埃が積もっているせいで少し滑りやすいみたい。
シャールの光で照らされて、足下がよく見えるので転ばずにすみそう。
「わあ、ひかりが、ういてる……!」
「そ、そこにいらっしゃるのが守護精霊、シャール様ですか?」
「そうよ」
あ、そうか、この暗がりで明かりとして活躍してくれているシャールは、『光』としと精霊の見えない二人にも認識されるのね! 素敵!
「足元に気をつけてね……」
そう、二人と自分に言い聞かせながら降りていく。
十段くらいを降ると、再び引き戸が現れた。
ドキドキしながら左へと引っ張る。
んん、重い……。
「えいっ……けほっ」
「うっ!」
「くしゃーい」
埃かしら?
独特な悪臭が扉の向こうから襲いかかってくるように溢れてきた。
しかしシャールは気にせずに進む。
シャールの放つ光で見えたのは、左にワインセラー、右に戸棚。
ワインセラーには樽と瓶。
悪臭はこちらから?
『ワインが腐ってるぅ〜!?』
なにやらショックを受けた声。
歩み寄ってみると、ワインが入っていたらしい樽の一つが緑色と紫色に変色している。
悪臭の原因はこれのようだ。
「瓶の方は平気みたいだけど……前の住民はワインを嗜んでいたのね」
『ううん、わがはいの見える貴族の住民が住んでたのは前の前の前の前の前だなのだよ』
「…………とても古いワインなんですね」
つまりいつのか全然分からない、と。
「これは早く出して捨てた方がいいですね……」
「くちゃい〜」
「そうね。でも素手ではちょっと……」
『扉も開けて喚起した方がいいのだ〜』
思わずヘレスと顔を見合わせる。
うーん、初地下室なのに……想像していたのと違う……。
がっかりだけど、ここを綺麗にすればシャールは完全復活なのよね、頑張って掃除しましょう!
「あれ? おーい、ユニーカさーん」
そして上の方からアルナの声。
本当にすぐに帰ってきたわね!
「こっちよ、アルナ!」
「え? なにここ」
一度廊下に戻り、手招きする。
地下があるの、ここを掃除しようと思ったの。
しかし地下から込み上げてくる悪臭に、無言で廊下の窓を開けられる。
とても正しい判断だわ。
「なるほどね、ワインセラーがあったんだ……。あ、ねえ、それならアップルワインを作るのはどうかな?」
「アップルワイン?」
「ぶどうと同じように、りんごも発酵させるとワインになるって聞いた事があるんだ! うちのりんごを使ってよ! そうしたら、シュナイドさんのお店で売れないかな!?」
「名案だわ! 素敵よ、アルナ! 兄さんに相談してみましょう!」
「うん!」
へえ、そうなのね!
りんごもお酒になるのなら、アルナの家の果樹畑が活躍出来るわ!
アップルワインが売れれば兄さんのお店も品物が増えて幸せよね! 素敵!
「でもその前に地下室の掃除ですね」
「…………。ま、まずはアップルパイを焼いてから考えない?」
「「さ、賛成!」」
「さんせぇーい」
『賛成賛成〜!』
ひとまず現実から逃げました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます