第17話 シナリオと隠れキャラ?


「兄さん……ヘレスがっ」

「っ……お、おい、イリーナ! お前、なにか知ってるのか!? あの白い子どもは……お前が知っている事を話せ!」


 縋るわたしの肩に手を置いて、兄さんはイリーナに問い詰める。

 震えながら両手で口を覆っていたイリーナは、ハルンド様の手を借りてよろよろ立ち上がった。

 そして、困惑しつつも話してくれる。

 それは『シナリオ』。

『乙女ゲーム』というものがある、異世界の話。


「わ、私は、イリーナ・ルシーアはその乙女ゲーム『ラルディカの聖女』の主人公なのよ。で、その乙女ゲームのシナリオにはルートがいくつもあって……」


 正直に言うと、ますます頭が混乱しただけだった。

 この子は本格的に頭の中がどこかおかしくなっているのでは、と心配になるほど。

 でも、彼女の言うシナリオはこの世界で実際に起きた事、起きえたかもしれない事。

 乙女ゲームとは予言かなにかなのかしら?


「その話はすっ飛ばしてもいい」


 え、いいの!?

 わたしは初耳な事ばかりなので、さらに情報を制限されるとよりわけが分からなくなりそうなんですが兄さん!?


「あの白い子ども……ルクスといったか? あれなんだ?」

「!」


 ……ヘレスと同じ顔をしていた。

 色と、そして感情の一片もなさそうな無機質な表情。

 恐ろしい力と、ヘレスの体の中に入っていった……あれは一体……。


「あ、あの子は隠れキャラ!」


 ええ……⁉︎

 ここに来てまさかまた知らない単語ー!?


「魔王ヘルクレスを倒すと出現する隠れ攻略対象、それがルクス。魔王の息子で、倒された魔王の力を引き継ぐのよ! ショタ枠ね!」

「「「………………」」」


 しょ……しょた? しょたわく、とは?


「父であるヘルクレスの力を引き継いで覚醒するのよ! そして父の仇であるヒロインに勝負を挑んでくるの! でも『愛の力』が欠損していて、次第にヒロインにその『愛』を求めるようになるの! ヒロインと結ばれると大人の姿になるのよ!」


 きゃー! ……と、騒ぎながら早口で話していく。

 こちらとしてはポカーン……だ。

 ……えーと、えーと……つまり……?


「つまり、要するにあのルクスという子どもは魔王ヘルクレスの息子という事か? んん? なんでそんな奴がここに現れてヘレスを取り込んでいったんだ?」

「それは私にも分かりません! ……ただ、あのヘレスって子に『ルクスとなにか関係があるんですか?』って聞いたら驚いていたわ。あのヘレスという子は、ルクスの双子の弟だったんですって! 私、ルクスに双子の弟がいたなんて知らなくて本気でびっくりしました!」

「「え!」」

「あの少年と……あの魔族の子どもは双子……!? では、シュナイドたちが迎えに来たあのヘレスという魔族の子もまた魔王の息子という事では……」

「あ! 言われてみるとそうですね!?」


 そんなあっさり「言われてみるとそうですね!?」って……!


「ヘレスが魔王の息子……」


 あの子はなにも、言ってなかった。

 少しだけ『魔族国』の話を聞く事はあったけど……。

 けれど、そういえば「親は高位の魔族」と言っていた気がする。

 ヘレスは優しすぎて、魔族の社会には向いていないらしく、それが理由で捨てられたのだと……。

 ああ、ダメ……やっぱり分からない。

 どうしてそんなヘレスがなにも言わずに出て行ってしまったのか。

 そして、今ヘレスはどうなったのか。

 あのルクスという少年に取り込まれた?

 もう元には……ヘレスには戻らないの?

『引き継ぎ』なの? あれも?

 ヘレスは……どうなってしまうの?


「兄さん、魔王ヘルクレスとは対話するはずなのですよね?」

「……」

「兄さん!」

「……そのつもりだったが……」

「え? 魔王と対話?」


 イリーナだけ話が分からないと首を傾げる。

 あ、内緒だった。でもそれどころじゃない。


「シーナに連絡しよう。ハルンド」

「分かりました。すぐに手配します」

「え! あの、待ってください! ルクスは私を襲いに王都に来るはずなんですが……」

「もう『シナリオ』と同じじゃなくなったんだろう?」

「そ、それは……」

「兄さん、わたし今から『魔族国』に行きます!」

「「「はあっ!?」」」


 だって、ヘレスが心配。

 ヘレスはとてもいい子だもの。

 わたしはあの子にこの国との架け橋になってもらいたい。

 わたしも一緒にこの国を支えるから。

 あの子が魔王の息子でも、今の魔王の双子の弟でも関係なく……話を聞きたい。

 どうして黙って出て行ったのか。

 なにが不安なのか。

 わたしはあの子に「よく相手を見る」事を話した。

 そうあろうとしてきた。

 でも出来てない。

 また失敗してしまった。

 こんな自分はいや。

 分からなかったなら、今度は言葉でわかり合う努力をしなければいけない。

 どんなに同じ赤い血が流れていようとも、やはり別の種族。

 生まれ育った環境が違う。文化も、考え方も、食べ物も。

『架け橋』になる事を望むなら、わたしも知ろうとしなければ。

 知るためには、行かなければ!


「ヘレスを迎えに行きます!」


 待っていて、ヘレス。

 必ず迎えに行きます!


「…………止めても無駄そうだな?」

「はい! わたしは一人でも行きます!」


 深く深く溜息を吐かれる。

 そうして頭をガジガジとかいたあと、兄さんは「俺も行くよ」と言ってくれた。


「な、なら私も行きますよ! 私の最推しはシュナイド様なんですから!」

「殿下には魔法で報せを飛ばしたので、僕も同行しましょう。魔王の城までのルートは以前使ったので覚えています。隠遁系の魔法は得意ですから魔物に気づかれる事なく、進めると思いますよ」


 にこり。

 さすがハルンド様……悪質な気配が抑え込めていない……。

 でも、道順を知ってる方がいるのは心強いわね。


「言っておくが、俺とユニーはヘレスを迎えに行くだけだ」

「わ、分かっていますよっ」

「しかし、彼どうなったんですかね? 攻撃されて……あの攻撃をくらって、生きているんでしょうか?」

「い、生きてますよ! きっと! ハルンド様、意地悪を言わないでください!」


 もう! 相変わらず嫌な事ばかりおっしゃる!

 ヘレスならきっと大丈夫……だと、思う。

 いえ、大丈夫!


「でもユニー、今から行くのか? もう日が暮れるぞ」

「そうですね! お弁当を作ってきます!」

「……夜通し歩くつもりかと聞いてるんだ。夜の森は危ないし、『魔族国』までどのくらいかかるか分からない。父さんや母さん、シャールに相談してからの方がいいと思うぞ?」

「……うっ」


 確かに夜行性の獣もたくさん出る。

 魔法が使えるイリーナとハルンド様なら大丈夫だろうけれど、わたしと兄さんは精霊がいないので魔法は使えない。

 夜の森は……危ないわよね。


「じゃあ明日朝一で!」

「安全性を考えてそれがいいでしょう。我々も宿に帰りましょう、イリーナ」

「分かりました、ハルンド様。シーナ殿下と合流したら、いざ出発! ですね!」

「王都からここまで精霊の力を借りても半日かかりますが、少なくとも王太子が夜に移動はしないと思います。早くとも明日の昼頃ではないでしょうか」

「そんなに待っていられません!」


 明日、日の出と共に『魔族国』に行くのです!

 そう叫ぶとハルンド様に頭を抱えて溜息を吐かれてしまった。むむむー!


「シーナとは『魔族国』で合流出来るように、密に連絡を頼む、ハルンド」

「はあ、仕方ないですね」


 ……本当ならすぐにでも追いかけたい。

 あなたのように翼があったら良かったのに、ヘレス……。


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