第18話 いざ行かん『魔族国』!


 翌朝、お弁当をたっぷり作っていざ行かん! 『魔族国』!


「では、今日明日戻らなかった時は食堂をお願いします、母さん」

「分かりました。ヘレスが無事に戻る事を、わたくしたちも望みます。そう伝えてちょうだい」

「はい!」

『わがはいが住む事を許してやったのに出て行くとはなにごとなの! 絶対連れ戻してねユニーカ!』

「はい、シャールの想いも必ず伝えますね!」

「ああ、だが……なによりもお前たち自身の無事を最優先にな。お前たちになにかあったら、父さんたちは悲しくて悲しくて働けなくなってしまう」

「……、……はい」


 最後にもう一度、父さんと母さんに抱き締められる。

 その温もりに必ずヘレスを連れて無事に帰って来なければと思う。

 ねえ、ヘレス……早くあなたに伝えたいわ。

 あなたがわたしたちと過ごしたほんの二ヶ月間。

 それは、あなたをわたしたちの『家族』にしたのよ。


「いってきます」


 兄と共に森へと向かう。

 そこに待つのは大変眠そうなイリーナと、いつも通りのハルンド様。

 てくてく、森を歩き続ける事数時間……ついに谷へとたどり着く。

 さて、問題はこの谷をどう超えるか、なのよね。


「ハルンド」

「ええ」

「?」


 兄さんがハルンド様へと声をかけた。

 すると、ハルンド様が精霊へと声をかける。


「我らの行く道を築け! ストーンアーチ!」


 わ、わあ! さすが学園一の魔法の使い手!

 魔法で石橋を架けるなんて……なるほど、こうすれば『魔族国』に行ったのね。


「ここから先は『魔族国』です。魔王ヘルクレスの城まで隠遁魔法を使いながら進みますが、それでも距離はある。その間、鼻の効く魔物に出遭えば間違いなく戦闘になります。覚悟はいいですね?」

「は、はい」

「大丈夫、ユニーは俺が守るよ」

「兄さん……」

「ぐぬぬ」

「行きましょうイリーナ」


 ハルンド様がイリーナの手を引いて先陣を歩く。

 森の様相はわたしたちの国のものと変わらないのだが、進めば進むほど所々に見た事のない草が増えていくような……?


「ひっ」

「しっ」


 広まった場所に、奇妙な花が咲いている。

 そう思ったら花が動いた。

 目玉がぎょろん、とこちらを見て、兄さんがわたしの口を塞ぐ。

 しばらくこちらを見ていたそれは、すぅ……目蓋らしきものを閉じた。

 葉と茎がウネウネ動きながらゆっくり地面に沈んで……ただの赤い塊のようになる。

 ひょ、ひょえええ……。


「…………」


 みんな指で『先へ進むぞ』と合図してくる。

 ううう、慌てふためいているのはわたしだけ?

 その後も見た事のない動植物が増えていき、完全に『別世界』のような土地へと様変わりした。

 森から抜けると今度は……まるで星空のような大地。

 真っ黒な土の間に、輝く小石が無数に散らばっている。

 空はどんより雲なので、余計に大地が星空のように見えるのだ。

 すごい……なんだかとっても素敵……神秘的ね。


「へえ、なんかずいぶん綺麗な大地だな……」

「ですよね、ファンタジーって感じですよね!」

「ここから先は魔物が増えます。気をつけて進みましょうね」

「あの、魔王の城まではまだあるんですか?」


 森もだいぶ小さくなった。

 さすがに数時間歩き詰めで、自分でも疲れたなー、と思う。

 あと、お腹が減りました。

 お弁当食べませんかね。

 隙あらば提案しよう。


「魔王の城はあの暗雲の中ですよ」

「…………っ」


 指差された先は、真っ黒な雲が地面までとぐろを巻くようにして降りてきている場所。

 な、なに、あれ……あんな事にどうやったらなるの?

 あの巨大な雲の渦の中に、お城が?

 そもそもあの雲の中に、入るの!?


「おいおい、あんなのどうやって入るんだ?」

「入り口は地下にあるんです。通常、その地下への入り口は門番が守っていますが前回は『内通者』がいたので戦わずに手引きしてもらいましたよ」


 ……それは、他ならぬ魔王ヘルクレスの手引きなのだろう。

 なにしろシーナ殿下たちと魔王ヘルクレスは密約を交わし、戦った。

 魔王ヘルクレスは人に倒される事で、『魔族国』とルゼイント王国との国交を拓こうとしたのだ。

 命を懸けて……一部とはいえ、国を開こうとしたのだから、まさに『王』と呼ばれるに相応しい方だったのでしょうね……。

 いくら意思や力が息子に引き継がれると言っても……簡単な事ではないわ。

 ヘレス、あなたのお父様はとても偉大ね。


「今回はどうするんだ?」

「以前に『内通者』から笛を預かっています。この笛で、門番を眠らせるのです。その間に門を潜り、内部へ侵入するのですよ」

「ふぅん」

「ここからは俺も同行する」

「「「え」」」


 この声……。

 振り返って目を見開く。

 そこにいたのは、シーナ殿下。

 白い獅子の精霊が目視出来るほど強い魔力を得て、共に佇んでいる。


「殿下……」

「シーナ様!」


 わたしとイリーナの声色はまったく別な感情を含んで発せられた。

 兄さんから事情は聞いている。

 でも、なぜかわたしは目を背けてしまった。

 その間にイリーナがシーナ殿下のところへと駆け寄る。

 以前なら淑女教育も受けていない彼女の、殿下への馴れ馴れしい態度を咎める事もあったけれど……今は……まだ心の整理が終わっていない。


「よーしっ! 悪役令嬢のユニーカがいるのは想定外ですが、ハーレムエンドまっしぐらな展開なのでよしとしましょう!」

「? なんだって?」

「なんでもありません! いざ行かん、新たな魔王城! ルクスを説得して、ハッピーエンド!」

「…………」


 きゃっほう! と、手を掲げてジャンプするイリーナ。

 一人だけテンションが上がっていない?

 とにもかくにも、シーナ殿下も合流し、わたしたちはその地下へ続く『門』を目指す。

 大きな雲の渦に近づくにつれ風が強くなった。

 ハルンド様が突然脇道に逸れる。

 ついていくと、小川があった。

 さらに小川に沿って歩くと、二本の木が鎖で繋がれた場所にたどり着く。

 ごくり、と生唾を飲み込んだ。

 多分、ここ。

 わたしも一応、学園では女生徒の中で一番の成績だったのだ。

 その魔力の流れ、渦巻く強大な力の気配は分かる。


「下がっていろ」


 シーナ殿下が懐から増えを取り出す。

 細く黒い、横笛のようだ。

 軽やかな音色を紡ぎ出す笛の音。

 途端に渦巻いていた気配に、動きがあった。

 二本の木の間から、二つの頭を持つ白い獣が現れたのだ。

 天高く生えた牙、鋭い爪、体長は五メートルはありそう。

 赤く血走っていた目がギョロリとわたしたちを見下ろしたが、その獣は一歩、二歩、近づくとその場で脚を折った。

 そうして大きな前脚に顎をのせて……目を閉じる。

 スヤ……スヤ……。


「ね、寝た」

「今のうちに入りましょう」


 ハルンド様に促され、獣の横を通り過ぎて入り口へと入る。

 シーナ殿下は笛を奏でながら最後に地下通路に入ってこられた。

 と、と、とんでもなくドキドキした……!

 あれも、多分魔物だ。

 以前ヘレスが倒した魔物とは比べ物にならないほど大きく、強い気配がしたわ。

 あれとはとても戦えない。

 い、いえ、精霊のいないわたしには、戦う術などないのだけど。


「……ユニー、大丈夫か?」

「は、はい。驚いただけです、兄さん」

「ここからは一本道だ。元々この地下通路は、攻められた時に身内を外へ逃すためだけの通路なのだそうだから」

「そ、そうなのですか」


 シーナ殿下と、久しぶりに言葉を交わしてしまった。

 うう、なんとなくぎこちない。

 気まずさを感じつつ、薄暗い地下通路を進む。

 岩で覆われた、通路というよりは洞窟のような感じ。

 緊張はしているけれど、どちらかというと好奇心と探検心が刺激されてドキドキワクワクしてしまうわ。

 でも、それどころではないのよね。

 もうすぐヘレスに……会える、かしら?


「…………」


 不安。

 あの血溜まり、あの怪我、そして……無機質な瞳、変わり果てた姿。

 わたしの知っているヘレスに再会出来る?

 再会したらなにから話せばいいのだろう……。


「!」


 目の前に階段が現れる。

 気合を入れ直すイリーナと、緊張感が増す兄さんたち。

 覚悟を決めるのよ、わたし。

 大丈夫、きっとまた会える。

 進め、進め!


「行くぞ」


 シーナ殿下の声に頷いて、階段を登った。

 広間のような場所に出る。

 赤い絨毯が敷かれ、転移の魔法陣が設置されていた。

 ……す、すごい。転移魔法を、固定化させている。

 こんな事、人間には出来ないわ。

 転移魔法自体は人間も使えるけれど、それは精霊の力があって初めて可能な事。

 それに転移ともなると風属性の精霊と契約していなければいけない。

 風属性精霊は気難しいので、契約自体難しいのよ。

 もしかして、魔族って半分が精霊の血筋だから魔法を生活の一部として使用しているの?

 はあ? すごすぎない?


「ユニー」

「は、は、はいっ」


 し、しまった、とても興味深く観察してしまった。つい!


「ほら」

「あ……ありがとうございます、兄さん」


 兄さんが手を差し出してくれる。

 その手を握り、魔法陣の中へ。

 イリーナが頰を膨らませてこちらを睨んでいた気がするけれど、気づかなかった事にした。

 全員が魔法陣に乗ると、ハルンド様が魔力を通して発動させる。

 光に包まれ、眩しさに一瞬目を瞑ってしまう。

 目を開けると、とても広い、石造りの広場……いえ、玉座の前にいた。

 玉座に座るのは……ヘレスを取り込んだ白い魔族の子、ルクス。

 威圧感で、押し潰されそう。

 ……でも……!


「ヘレス! わたしが分かる!?」


 声をかけるが、やはり無反応。

 ……もう、ヘレスでは、ないの?

 もう、ヘレスには、会えないの?

 そんな、嫌……ヘレス、どうして出て行ったの?

 わたしに悪いところがあるのなら、言って欲しいのに……。

 こんな別れ方、謝る事も出来ない……!


「あなたが新しい魔王か。俺はシーナ・ルゼイント。前魔王、ヘラクレス王との約束を果たしに来た」

「私はイリーナ・ルシーナです! 四属性の精霊と契約した私が、あなたを闇から救いましょう!」


 兄さんが小声で……わたしにだけ聞こえるような声で「ゲーム脳め」とイリーナを睨みながら呟く。

 げ、げーむのう、とは?


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