第2話 精霊のいる屋敷

 

 お屋敷の守護精霊と契約が終わり、お掃除を再開する。

 シャールはわたしの肩の上に乗ってぐったり……きっとまだまだお屋敷は掃除しなければならないところがたくさんあるからだわ。

 天井も蜘蛛の巣が張っているし、お外の壁もペンキが剥がれていた。

 屋根もボロボロだったし、きっとそういうところも直さなければシャールは元気になれないのだと思う。


「あ、いけない。父さんや母さんにシャールの事を言わないと」


 兄さんはまだ帰ってきていないようだけだ、帰ってきたら兄さんにも紹介しなきゃね。

 シャールがいる事をしれば、父さんもこの屋敷を選んで良かったって元気になってくれるはず!


「父さん!」


 居場所が近い、庭の草抜きをしていた後ろ姿に声をかける。

 不慣れな仕事ですでにくたびれた顔をしていた父さんは、振り返るなり目を丸くした。


「ユニーカ? なんだ、その肩の黒いものは……」

「精霊です! この家、守護精霊が憑いてたの! わたしたちを住人と認めてくれましたわ!」

「な、なんだって!」


 ぱぁぁぁ! と、あれだけくたびれた表情をしていた父さんが、一瞬で満面の笑みに変わる。

 でしょう? そうでしょう? びっくりよね!

 そんな父の声に二階の窓が開く。


「どうしたの、大声を出して」

「母さん! 見て! この屋敷守護精霊がいたのです!」

「ま、まあ!」


 二階にいた母にも、シャールを抱いて見せてあげる。

 するとすぐに顔を引っ込めて、バタバタと家の中を駆ける足音。

 玄関からバーン、と出てきてわたしの横にやってくる。


「信じられない……! 守護精霊憑きだなんて! ああ……これから先、魔法も使えずどうしていいのかと不安だったけれど、守護精霊がいるのなら少しは安心だわ!」

「しかし……黒いな……闇の精霊なのか? ……闇の精霊の加護とは、一体……?」

「よく分からないんですが、荒んでしまったお屋敷を元に戻せば元気になるんだそうです。それまでは加護の力は扱えないでしょう」

「なるほど……ずいぶん弱っているようだしなぁ」


 父がシャールの頭を撫でるが、反応はない。

 あ、そうでもないわ、尻尾が少しだけゆっくり左右に振れていた。

 やだ、かわいい。


「じゃあ、お掃除をがんばれば精霊は力を取り戻すのね?」

「はい、そう言っていました!」

「おお、それじゃあ父さん、庭の草抜きがんばるぞ! 今日中に終わらせてしまおう! ……そうそう、そういえばさっき町の人間が井戸を調べてくれたぞ。飲んで問題ないそうだ。ジェイルは買い物と仕事を探すと言ってまた町に行ってしまったけれどな」

「そうなんですね! じゃあお水を汲んで……えーと……どうしたらいいのでしょうか?」

「「…………」」


 顔を見合わせる。

 そもそも、水を汲む、という行為すら使用人が行っていたからわたしたちはやった事がない。

 三人で井戸に近づいてみる。

 桶と、屋根と、屋根の下の車輪?

 そして井戸……覗き込むと、黒い水面が揺れている。


「この桶を使うのかしら?」

「桶を……どうするの?」

「まさか、井戸の下に落とすのか? どうやって回収する?」

「見て、父さん! この桶、ロープがついているわ! もしかして桶を落として、水が桶の中に入ったあとロープを引っ張って上に持ってくるんじゃないかしら!」

「なるほど!」


 胸がドキドキする。

 父さんと母さん、二人の顔を見比べると、二人もゴクリと息を呑む。

 どうやら、覚悟が決まったらしい。


「……や、やってみますわ」

「え、ええ……気をつけるのよ。一緒に落ちてしまわないようにね?」

「は、はい、母さん……。いきます……!」


 はぁ!

 ヒュゥ……ボチャン。

 桶を放り投げるとそんな音がした。

 三人で下を覗いてみる。

 桶が、水の中に……沈んでいく!


「ど、どのくらい待てばいいのでしょうか?」

「そろそろいいのではないかしら? もう桶が見えなくなってきたわよ……?」

「水が黒く見えるが、インクが入っているんじゃないよな?」

「ちょ、ちょっとアナタ! アナタが町の人間から飲んで大丈夫と聞いたのでしょう?」

「ま、まあそうなんだが……」

「きゃっ! ロ、ロープが動きましたわ……!?」

「ちょちょちょ……や、やだ! ロープが下に引っ張られているわよ、ユニーカ!?」

「どどどどうしたらいいんですかぁ!?」

「危ない! 触らない方がいいんじゃないか!?」


 きゃあぁ! どうしたらいいの!? どうするのが正解なの!?

 平民は毎日これをどうにかしているの!?

 誰か、助けてぇ! 正解を教えてええぇ!


「なにしてるんだか……」

「に、兄さん!」


 にゅっと後ろから手が伸びてきて、ロープを掴む。

 振り返ると兄さんが呆れた顔で見下ろしていた。

 脇に退けると、兄さんは軽々ロープを引っ張る。

 そうして上がってきたのは水がたっぷり入った桶。

 わあ、やっぱりこうやって水を汲むのね。


「……このロープ、古くて千切れそうなんだよ。直そうと思っていたのに……。あれ? ユニ、その肩のものはなんだ?」

「あ、こ、この子はシャール! このお屋敷にの守護精霊!」

「守護精霊? 黒の柴犬じゃなくて?」

「しばいぬ……?」

「あ、悪いなんでもない。……守護精霊……屋敷のか」

「ええ!」

「そうか……それならこれから先、少しは便利な生活が出来そうだな。やっぱりユニの日頃の行いがいいからだろう」

「そ、そんな……」


 お屋敷を見つけてきたのは父さんと兄さんなんだから、と言うと、二人は微妙な顔。

 なんでも、このお屋敷はこの有り様なので、とんでもなく安く売りに出されていたそうだ。

 以前住んでいた人の話では「怪奇現象が起こる」という事が続き、どんどん値が下がって結果ほぼ押しつけられる形で我が家が越してくる事になった、らしい。

 でも、怪奇現象だなんて……。

 そう思ってシャールの鼻先を指で撫でると「あっ」と思い至る。


「多分この守護精霊が契約しようとして、色々やったんだろうな。でも、平民は魔力がないから気づかなかった」

「な、なるほど……シャールは気づいて欲しかったんですね」

「この辺りは『魔族国』の国境。聖女様と殿下が魔王を倒したとか言ってたが、混乱が落ち着けば態勢を整えて本格的な戦争になるだろう。守護精霊のいる屋敷に住めたのは、僥倖だ」

「…………」


 父も頷く。母は溜息を吐く。わたしは俯いた。

 ──このルゼイント王国の隣には、魔族が住む大陸の半分を占める大きな『魔族国』がある。

 逆隣に竜人族が治める『亜人国』。

 わたしたち人間族は『亜人』に部類され、竜帝に自治を認められている。

 脆弱なわたしたち人間が、それでもなお、竜帝の自治から抜けて独立国となろうと画策するのは『精霊』の存在が大きい。

 人間だけが『精霊』と契約出来るから……。

 そしてその独立国への渇望は、ついにこうして『魔族国』国王、魔王を討つという暴挙に繋がってしまった。

 わたしの父は、『亜人国』との繋がりが深い外交担当。

 シーナ殿下がわたしと婚約者だったのは、表向き『亜人国』と縁深いヴェル侯爵家との繋がりを重視している、とアピールする目的が大きかった。

 けれど結局それを無意味にしてしまう存在が現れる。


 イリーナ・ルシーア……四属性の精霊と契約を果たした稀有な少女……。


 彼女の力で本当に魔王は倒されたらしい。

 けれど、大陸の半分を占める『魔族国』が、それでルゼイント王国のものになるんけではないのだ。

『魔族国』は五つの領に分かれており、五人の魔王がいる。

 その情報は、なぜかほとんど知られていない。

 ルゼイント王国に隣接する領の魔王に勝利したとて、他の魔王たちがなにもせずに土地を放っておくとは思えないのだ。

 ルゼイント王国は土地に困っているわけではない。

 無理に『魔族国』と事を構える必要は、本来なかった。

『亜人国』だって、こうして自治を認めてくれている。

 それでもなぜか、歴代のルゼイント国王たちは『独立』にこだわってきた。

 別に竜帝になにかを搾取されているわけでも、頭を下げるわけでもないのに。

 わたしから見ればそれは欲望以外の何物でもない。

 とは言え、他の貴族に言わせれば「我が国の王が他の王に並べないのはおかしい」と言っていたけれど……。

 だから途土地が欲しい?

 他の国の土地を侵してまで?

 他の国の王を殺してまで?

 そんなのは間違ってる。

 お声で言えないけれど、わたしはそれに反対だった。

 そしてそんな考え方の人たちからすれば、我が家と、そしてそんな家の娘が王太子の婚約者なんて許せなかったのだろう。

 事実、あの場には……あの婚約破棄されたパーティー会場にわたしを助けてくれる人はいなかった。

 兄さんは学年が違ったし、用事を言いつけられて学園から離れた場所にいたと言うし……計画されていたのだろう、前から。


「……まあ、俺たちは平民になったわけだし、戦うのは騎士団の仕事だ。不安になる必要はないさ」

「そ、そう、ですよね」


 兄はそう言ってくれるけれど……この場所は『魔族国』ともっとも隣接する場所。

 騎士団が来ても、王を殺されて怒りに燃える魔族と戦うのに人間族は弱すぎる。

 それこそ聖女様……イリーナやシーナ殿下が常駐していなければ……。

 いえ、そもそも、戦争する気ならこの辺りに砦の一つや二つとっくに出来ていなければだめなのでは?

 防衛機能もないまま、なぜ魔王討伐なんて馬鹿な真似をしたのか……はぁぁ……。


「そんな事より、少し困った事になった。隣の土地も持ち主が管理大変だからもらってくれと泣きつかれたんだ」

「「「え?」」」

「貴族なんだから広い屋敷の管理は得意だろう、と言われて、断ろうにも小麦粉五年間三割引にするって言われてしまって……」

「そ、そうなんですか……」


 兄さん的にはものすごい好条件だったのかもしれない。

 小麦粉がなんなのか、よく分からないけれど……。

 でも隣の土地って……っと、見に行ってみるとまあ、驚いた。

 この屋敷より少しだけ小さいけれど、かなり広い土地がそこに広がっているではないか。


「こ、ここをですか」

「そう。まあ、仕事は見つかったから、金貯めて店でも建てよう!」

「お店? 兄さん、なにをするんですか?」

「商売? アテはあるのか?」

「ああ、石鹸を作って売ろうと思ってる。庶民には馴染みがないから、売れると思うんだよな」


 石鹸は兄さんが学生時代に開発、研究を続けている我が家の収入源の一つ……だった。

 すべてがオリーブオイルで作られており、今では複数の香りつきが販売されて……いた。

 令嬢に大人気で、兄さんへの婚約申し込みも爆上がり。

 ま、まあ、それはいいんだけど……!


「あと、普通に石鹸だけは売ってくれって言われてるし! にししし……」

「!」

「おお! では……!」

「そう。まあ、本当は規則との繋がりなんて全部絶ってきたかったんだけど……」

 この国で生活していく以上、貴族との繋がりを完全に絶つ事は難しい。

 それにお金を稼ぐなら、貴族は上客。

 そう言って兄さんは肩を落とした。


「まっ、それならそれで値上げするけどな……にししししし……」

「ね、値上げ……」

「そっ。平民はでっかいやつを『まとめ買い割引』にして売りつける」

「お、おお……」

「貴族からはぼったくってやるぜ!」


 兄さん……なんてたくましいの!


「わ、わたしも早く仕事を見つける……!」

「そうだな……。でも働きに出るより、せっかくだからこの余った土地に店でも建てて、飲食店でもやろう」

「飲食店?」

「ああ。店ならむやみやたらに火をかけられたりしない。商売にすれば戦争が始まっても、それを利用して儲けられる。二階を宿屋かなにかにすれば、偉い奴は泊まろうと思うはずだ」

「……兄さん……」


 そんな事まで考えて──……。


「まあ、守護精霊がいるなら自宅の方を最優先で綺麗にしよう。加護が得られるようになれば畑に作物を植えて、たくさん収穫出来るようになるかもしれないし」

「はい!」

「まず掃除だな」

「……は、はい!」


 兄さんがいれば、わたしたちはこの不慣れな生活でもやっていける気がする。

 うん、わたしに出来る事……まずは家のお掃除、がんばろう!



 

 あれから一ヶ月。

 あっという間に兄さんの稼いだお金でお屋敷の修繕が行われた。

 町の人たちともお知り合いになり、兄さんの人当たりのよさのおかげでとても親切にしてもらえる。

 けれど兄さんは「親切にしてもらったら、親切にしなければいけないよ」という。

 それが平民にとっての当たり前なのだと。

 貴族というのは「やってもらって当たり前」なところがある。

 言われて気をつけてみると、確かにその通りだ。

 掃除を毎日してみてそれが身に染みて分かった。

 それに、親切にしてもらった人にどんなお返しをしたら喜んでもらえるのかを考えるのって、ちょっと楽しい。

 今はお料理を教えてくれている、町のパン屋の女将さんへのお返しを考えている。

 町のパン屋さんはたった一軒しかない。

 町民が家でパンを焼くので、独身の人や忙しい人しか買いにこないからなんだそうだ。

 ついでに言うとこの町は町と呼ばれているけれど、なんと我が家を含めて家が百軒ほどしかない。

 それでも『町』と呼ばれているのは、この辺りを担当する領主貴族の方針なんだそうだ。

 ……方針って言葉で『町』にしてしまう辺り、貴族がいかに平民にとってわけの分からない存在なのかが無駄に理解出来てしまった。

 えーと、いや、そんな事よりも……お礼はなににしようかな?

 お料理は色々覚えてきたけれど、材料がなくて作れないものも多いから……まずは森に木の実や果実を採りに行って、ジャムと……教わった焼き方でパンを焼いて持って行こうかしら?

 パイもいいわね。

 パイの焼き方もパン屋の女将さんが教えてくれたの。

 上手に焼けるようになりましたって、自分の成長を見せにいくのもきっと喜んでもらえると思うのよね!

 うん、よし! 森の果実でパイを作ろう!

 ……あ、でも問題はパイの型だわ。どうしよう? うちにはまだパイの型がないのよね……。

 ジャムだけの方が確実だけど、なんか物足りない。


『ユニーカ、ユニーカ! 畑に行って、畑に行って!』

「シャール? どうしたのですか?」


 厨房に入ると、シャールが飛び込んできた。

 兄さんが大工さんに頼んで腐っていた壁や床や天井を直してくれたから、最近とても元気。

 驚いた事にシャールは真っ黒な毛色から、茶色へと色も変わった。

 屋敷が直ると、元の色へと戻っていくのだそうだ。

 つまり、シャールはまだ全盛期の姿ではない。

 屋敷の中はなかなか戻ってきたけれど、お外の柵や畑にした場所以外の敷地内、地下室、倉庫、井戸などまだまだ直したいところはたくさんある。

 そういったところが直っていけば、きっとシャールは元の姿へと戻るだろう。

 そんな楽しみもあり、兄さんのようにわたしも屋敷を直すためにお仕事を探そうと思うのだけれど……まだ家事すら覚えたてのわたしには、家の事で手いっぱい。

 だからこそシャールは特にわたしにこうして真っ先に声をかけてきてくれる。

 シャールが「畑に行って」と言うので、慌てて外へと出てみたけれど……。


「? なにもないけど……」


 あるのは先週植えた、玉ねぎやにんじん、ジャガイモの畝。

 兄さんがポトフやシチューなど、色々な料理に使えるからとこの三種類をまず植えてみた。

 多少は自分たちで育てないと、お金がもったいない。

 家は直さなければいけないところが、まだまだたくさんある。

 兄さんの石鹸作りも、再開したばかりだし。


『見てて!』

「え?」


 シャールがふわりとわたしの頭上へと浮き上がる。

 キラキラ金の粉のようなものが畑へ降り注ぐ。

 すると、にょき、にょき、と大きな木が成長し始めた。


「え、えっ、えっええっ!?」

『できたのだー! できたよユニーカ! できるようになった! ありがとう! ありがとう! 君のおかげなのだー!』

「え? え? え? え? あ、あ、は、はい? はい、え?」


 木……木が生えた。畑に。畑に! 木! なぜ! 木!?

 しかも……にんじんと玉ねぎとジャガイモが……実っている!

 なにこれ、なんなの! どういう事なのー!?

 にんじんと玉ねぎとジャガイモはタネも別々、畝も別々、確か成長して食べられるようになる期間も別々って、兄さんが言ってたような……。

 き……木になって実ものだったの……?

 まだまだ世の中知らない事がたくさんある……!


「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!」

「あ、兄さん! お帰りなさい! 大変なの! 畑ににんじんと玉ねぎとジャガイモの木が生えたの! シャールの力みたいなんだけど……」

「いや、にんじんと玉ねぎとジャガイモは木に実らないからな!? 全部土の中に育つものだからな!? なんで木に実ってるんだこれ!」

「あ、やっぱり?」


 そんな気はしてたけど、やっぱりそうなのね。


「シャール、これはどういう事ですか?」

『わがはいの加護なのだよ。屋敷の敷地内に植えたらたくさん生えるのだ! ずっと生えるのだ! 土の中に実るものは木に実り、木を切らない限り毎日採れるのだ! 土の上に生えるものは三日で収穫出来るようになるのだ! 根を残しておけば三日置きに何回も収穫出来るのだよ!』

「ま、まあ!」


 多分、とてもすごい事なのでは!? 多分!


「なんだそりゃ、生産チートじゃないか……」

「あ、やはり普通ではないのですか?」

「ふ、普通じゃねーよ。普通は花になって種になる。その種を植えて、また育てる。それが農業だ」

「まあ……」

『収穫しなければたくさん種が出来るのだよ!』

「それはそれでチートだな」

「……あの、兄さん……ちーと、ってなんですか?」

「あ、いや、なんでもない。気にすんな。……しかしそうか、これが守護精霊の加護なのか?」

『うん!』

「そうなのですね! すごいんですね!」


 兄さんがとても驚いているので、シャールの加護はとてもすごいらしい。

 そうして考え込んだ兄さんは、すぐに手を叩く。


「オリーブの木を植えよう!」

「あ! 石鹸の材料ですね!」

「ああ、それで量産が出来る。この辺りはオリーブの木が少なくて、材料が手に入りづらかったんだ」

「そうだったんですね……。……あ、もしかして、他にも栽培しづらい野菜や果物を植えて育てれば、町の人たちに喜んでもらえるんじゃないでしょうか!」

「なるほど、それはいいかもしれないな。この辺りは『魔族国』が近いから、作物が育ちづらいと聞いていたし……うん、そうしよう!」


 着替えに帰ってきたという兄さんは、少し上等な服に着替えて戻ってくるとすぐにまた出かけてしまった。

 行商人が、ここから少し離れた町……この辺りの領主を務める貴族の部下に会わせてくれる、という事になっていたんだそうだ。

 そこから石鹸の流通を確保する、と兄は言っていた。

 すごいなぁ、兄さん……わたしは家事を覚える事にいっぱいいっぱいなのに。


『ユニーカ、ユニーカはなにを育てる?』

「え、えーとそうですね〜……」


 なにを育てたいか。

 生きていくために、この畑になにを植えるか……。

 うーん……?


「あ、そうだ。小麦粉!」

『小麦粉?』

「はい、小麦粉はパンやお菓子を作ったりするので毎日使うんです。今は買っているので、畑で穫れたら節約になるのではないでしょうか」

『そっか! じゃあ植えてみようなのだ!』

「はい!」


 一度厨房に戻り、小麦粉を小分けにした小袋を持ってくる。

 あら? でもそういえば……。


「ねぇねぇ、シャール。にんじんと玉ねぎは種を土に穴を開けて撒いたけど、小麦粉はこのまま撒いてもいいのでしょう? ジャガイモは『種芋』を植えたし……小麦粉も植え方があるんじゃないかしら……?」

『うーん? わがはい、育てることしか出来ないから種の事はちょっと分からないのだ〜』

「そうなのね……兄さんが戻ってくるまで待っていた方がいいかしら?」

「ユニーカ? そんなところでなにをしているの?」

「あ、母さん」


 ちょうどいいところに来てくれました、母さん!

 というわけで、小麦粉をどういう風に植えたらいいのか相談してみた。

 けれど母さんも小麦粉の植え方は知らないという。

 うーん、やっぱり?


「粉なのだし、袋ごと埋めてみたらどうかしら?」

「そうね! 何事もまずやってみなければ分からないわよね!」

「そうよ、そうよ!」


 さすが母さん、考える事が違うわ!

 袋ごとなんて発想がなかった。

 穴を掘って、小麦粉の袋を植えてみる。

 土を被せて、完成!


「シャール、お願いします!」

『任せてなのだ〜』


 えーい、と宙に浮いたシャールの放つ光が畑に降り注ぐ。

 ドキドキしながら見つめていると、にょきにょきと芽が出てみるみる木が育っていく。


「「こ、これは──……!」」


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