第23話 わたしの知らないわたしの気持ち【後編】


「待って! 兄さん! 加減が出来るの!?」

「え?」

「兄さん、け、剣を何年何ヶ月触っていないか覚えてる!? 学園入学から、ずっと触っていないのよ!? 手加減の仕方、忘れているんじゃないの!? そ、そんな状態でアルナに剣を教えるなんて危険よ!」

「…………。言われてみるとそうだなぁ。学園で三年、王都を追放されてから九ヶ月触ってないから……あ、入学前から数えると四年か? 確かに手加減の仕方忘れてるかもな〜」


 軽〜い感じで言っているけど絶対まずい。

 兄さんと契約していた精霊は身体強化や武器強化が得意な『鋼属性』の精霊。

 今は契約解除されているので、当時ほどの力はない、と、思いたい……けど……精霊と契約する前、幼少期から剣の家庭教師を十人自信喪失させて教師を辞めさせている兄さんなので全然安心出来ない!

 一振りで庭が半壊したのをわたしは近くで見ていて覚えている。

 なお、その時まだ精霊と未契約。

 未契約なのに一振りで庭が半壊したのだ。お分かり頂きたい、このおかしな危険度を。

 正直よく、これまでこの兄についた家庭教師たちに死人が出なかったものだと思っているくらい、兄さんは規格外なのよ。

 いや、もう、あれどうやってるの?

 精霊と契約してないのにあんな事になるとか、もう、うちの兄どうなってるの? 主に体の構造からしてわたしたちとは違うのでは?

 あまりにも規格外すぎて「実は魔族なのでは?」と疑われたくらいなのよ?

 兄さんに剣を与えてしまうくらいなら、もう一つの才能……商才の方が何倍も平和的でいいと思うの!

 アルナはりんご園の主人という立場なのだし、承認を目指した方がいいんじゃないかしら! 安心安全とアルナのわたしたち家族の精神平穏のために!


「シュナイドさん、剣の扱いが上手いの?」

「自慢じゃないが国で三本指に入る実力者と言われていたんだぜ!」

「……っ」


 三本どころか……騎士団をある種の崩壊寸前に導いた伝説の人よ。

 よく考えるとハルンド様も魔法の天才と言われていたし、今のこの情勢もハルンド様の策略の結果だから……あの方も大概恐ろしい方よね。知略の方面で。

 そんな二人を仕えさせているシーナ殿下もやっぱりおかしい……?


「わー! すげー! おれ、シュナイドさんに弟子入りしたい!」

「!?」


 絶対やめた方がいい!

 兄さんの鍛錬の仕方、おかしかったから!

 普通の人がやったら死んじゃう!


「ア、アルナ……兄さんは……」

「うーん、まずは手加減の仕方思い出してからなー」

「よく分かんないけど分かった! 約束だぞ!」

「……っ」

「ユニーもそんなに心配するな。剣の基礎くらい覚えておいて損はないだろう。自分や町の人を守るのにも、きっと役立つ」

「……に、兄さんがそう言うなら……」


 ……だ、大丈夫かしら?

 でも、兄さんの言う事も一理あるのよね。


「おっと、そうだった。忘れるところだった」

「?」

「ほら、シーナから手紙の返事が来ていたぞ」

「!」


 兄さんから差し出された手紙を受け取る。

 相変わらず上質な紙の封筒に、美しい字で「ユニーカへ」と書いてあった。

 王家の紋章が描かれた封蝋は、間違いなくシーナ殿下からの……。

 ああ、どうしよう、すぐに開いて読みたいわ。


「うーっん!」

「どうした? 読まないのか?」

「読んだらすぐにお返事を書きたくなってしまうんです。そしてきっと今回もメニュー表の価格に厳しい文句を言われていると思うんです!」

「なぜ……」


 それはシーナ殿下の性格だと思われる。

『こういうメニューを、この価格で出したいと思っているんですが』と最初の手紙で相談してしまったのが運の尽き。

 シーナ殿下は材料の価格をきっちり調べ──まあ、政務で市民の生活水準の調査にもなるのでよいと思いますけれども──レシピも事細かく書いて送るよう要求なされ──送りましたとも、もちろん──それをお城で再現してからど真面目なアドバイスとして「適正価格はこのくらいがいいのではないだろうか? 根拠は……」の、ようなお手紙をくださるのだ。

 正直大変参考になります!

 でも、その分自分の料理に『適正価格』という価値がきっかりかっちりつけられてしまうので、向き合うには心の準備が欲しいのです!


「アイツそういうとこあるよなぁ……ありがた迷惑というか……王太子じゃなかったら絶対モテないわ……」

「な、なんて事言うんですか兄さん……」

「いや、人間的魅力っていうの? 結婚相手としては最悪じゃん? だから恋愛結婚のよさを長年説き続けてきたと言うのに」

「…………」


 途方もない説得力……!


「そういやぁさぁ、シュナイドさんは結婚しないの?」

「俺は恋愛結婚したいから運命の乙女に出会うまで婚約者も作らないと決めている」

「でもさぁ、パン屋の女将さんは『運命の相手なんて待ってても現れないから、探しに行くか手頃な相手で我慢しとかないと行き遅れるんだよ』って言ってたよ」

「ぐはぁ! ファンタジー世界なのに夢も希望もねぇ!!」


 ファ、ファンタジー世界……?

 兄さんも時々不思議な言葉を使うわね……。


「……でも、実際兄さんはどんな女性が好みなの?」


 かなり多くの女性が兄さんにはアプローチしていたと思うんだけど、兄さんはどんな美女にも可愛らしい淑女にも靡かなかった。

 そこにはイリーナも含まれる。

 確かに妹のわたしから見ても、兄さんはとてもとても素敵な殿方だと思う。

 それこそ、身内の欲目抜きで素敵だ。

 少し軽薄にも映る長髪も、夜会でひとまとめにされるとそれはもう精悍な顔立ちがはっきりと分かるようになるので、淑女陣から黄色い悲鳴が上がるのよ。

 普段は普段で「ワイルドでステキ!」と好評だし。

 そんな兄は長年恋愛結婚にこだわってきた。

 その割には女性に言い寄られても、なかなかその気にはならない。

 絶対に兄さんの見目や地位無関係にアプローチしていた女性も、いたと思うのだけれど……?


「……そうだなぁ……白銀の髪に翡翠色の毛先が混じり、ほんの少しだけつり目の翠緑の瞳。背は低く、口を開けば生意気ばかり。女らしさのかけらもなく、男のフリでもしていれば最高だなぁ」

「…………」


 に……兄さん?


「ああ、双子の妹だとなおいいな。姉想いで、優しくて、誇り高くて信念がある。自分の事より人の事や使命を優先させるから放って置けない。……うん、そんな……そんな女に、また、会いたいなぁ……」

「…………そ、それはなんというか……難しそうですね……?」

「ははは!」


 

 兄さん、実は好きな人がいたのかしら?

 結局笑ってごまかされてしまったわ。


「……あ! ユニーカさん、もう八時になるよ!」

「あ、そろそろテイクアウトの準備をしなきゃね。あと、夜食べに来る子たちの食事の準備もまだ終わってないんだったわ!」

「じゃあテイクアウトは手伝ってやるよ。子どもが食べるもんを減らすのは可哀想だもんな」

「ありがとうございます、兄さん」


 そうね、この町の子どもたちはまだまだ、子ども食堂が必要な状況。

 シーナ殿下が王に即位し、父さんが領主になれば国中が変わっていくと思うけれど……今はまだ、変化の途中。

 シャールがふわふわとした尻尾を振りながら、宙を回転すると石窯が熱を帯びる。

 そこへ昨日用意しておいたパン生地を入れて焼く。

 テイクアウト分のパン、これはお昼の分!

 夜に子どもたちが食べる分も少しずつ焼いておかないとね……ふう、これじゃあパン屋さんみたいだわ。

 まあ、やっぱりプロには敵わないのだけれど……。


「ユニーカさぁん、このパンなぁに?」


 下からイルナがこれから焼く予定のパンを指差す。

 ふふふ、よくぞ聞いてくれました!


「これは兄さん考案の『豆パン』よ! 中に煮て柔らかくした豆が入っているの!」

「「へーー」」

「……と言っても、まだ試作段階なのよね……もっと甘くすべきか、けれど甘くしすぎると豆の味が飛んでなくなってしまうし……」

「試行錯誤が必要なんだね」

「そうなの。煮込みすぎて潰れてしまうと、豆の食感もなくなるし……悩ましいのよね」


 とはいえ煮ないで使うと今度は固すぎる。

 それに甘くないと子どもたちには食べてもらえなさそう。

 ローズさんのおかげで品質は一定だから、あとはわたしの工夫次第。

 町の子どもたちは好き嫌いが少ないので、いつも素材を選ばなくて済むけれど……豆は不人気なのよね。

 安価で大量に、しかも昨今不作続きのこの土地でも唯一育つルコ豆は、町の人たちからも飽きられてしまっている。

 他に食べるものもないので仕方なく食べられている、というような状況。

 ルコ豆スープは毎日朝昼晩と食べられているらしくて、そろそろ「顔も見たくない」状態らしい。

 ルコ豆には罪はない。ないけどお前の顔はもう見飽きた。……可哀想!

 なんとかルコ豆に再び美味しく食べてもらえるチャンスを与えたい!

 そして子どもたちにもっと美味しく好き嫌いなく、健やかに成長して欲しい!


「ユニーカさん、僕、クルミパンも好きですよ」

「クルミ? まあ、そうね! クルミパンもいいわね! わたしも好きよ! …………え?」


 手を叩いて振り返る。

 あら? そういえば、今の声は……。


「……あ……」


 目を見開く。

 キッチンの入り口から、兄さんよりも大きな男の人が入ってきた。

 黒い髪に金の瞳、巻かれたような立派な角と、褐色の肌。

 以前とは違い、グレーの紳士服を纏っている。

 その紳士服も、あまりにも分厚い胸板と広い肩幅でどこか息苦しそう。

 幼い頃の面影を顔立ちのみに残して別人のように成長した、その人ならざる人。


「ヘレス……! どうしてここに……!」

「ひと段落ついたので……会いに来てしまいました」

「!」


 声も、以前とは比較にならないくらい低く、深い音になった。

 コツ、コツとゆっくり近づいてくるその姿に、体が強張る。

 緊張してしまう。なぜ? 中身は変わらないのに……いえ、少しは変わったと思う。

 なにしろ、前王と双子の兄、二人分の力と意志を彼は引き継いだのだ。

 それにしても成長しすぎだと思うのよ。

 だから、顔が熱くなるの。きっと、そう。


「どうしても、あなたに会いたくて……」

「ヘレス……」


 どうしよう。

 どうしたらいいの?

 わたし、一体どうしてしまったのかしら?

 ヘレスは、まだ子どもなのに……見た目が変わっただけのはずなのに……この、逃げ出したい気持ちはなに?

 会いたいと言われて、わたしも会いたいと思っていた。

 でもヘレスに会いたがっていたのはわたしだけではない。

 父さんも母さんもアルナもイルナもシャールも町の人たちも……みんな会いたがっていたのよ。心配していたの。

 成長し、『魔族国』の魔王になってしまった、という話はしたけれど、実際目の前に現れたらその変化に腰を抜かすかもしれない。

 ……あ、そういえばアルナたちは……?

 この成長したヘレスは初めて見るわよね?


「……え? ヘレス、なのか?」

「アルナ、久しぶり。うん、ヘレスだよ。『引き継ぎ』をしたから大きくなったんだ」

「ほ、ほげぇー!」


 と、たいそう驚いている。

 まあ、そうですよね。


『ハアー!? お前が魔王になるとかびっくりすぎるのだー!』

「僕もびっくりしました」

『本当に中身は変わってないのだな?』

「はい、ほとんど変わってません。元々うちの一族は他の『五片魔王』より穏やかな性質だったらしいです。父は特に」

『ふーん……まあ、確かに気配も変わってないのだ。ふむふむ。よし、またこの屋敷に住むことを許すのだ!』

「わあ、シャール様ありがとうございます!」


 ええ……!? ここは理想郷……!?

 二人ともかわいい……!


「ユニーカさん、パンを作ってたんですか?」

「あ、ええ、そうよ」

「僕もお手伝いします!」

「……! ……じゃあ、夜に子どもたちに食べさせる分を作るのを、手伝ってくれるかしら」

「はい!」


 袖をまくってエプロンをする。

 それだけで、ヘレスが帰ってきたのだと実感した。

 みんなでパンをこねる。

 スープを煮て、準備するの……ああ、幸せだなぁ、と思う。

 やっぱりさっきの感覚は、なにかの勘違い……。


「ユニーカさん、粉がついてます」

「…………」

「ユニーカさん……?」



 勘違い、よ、ね?




 了

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