第14夜 冬戦争

 山河を内包し、夢の大河をゆく遺跡船フリングホルニ。その甲板に相当する大地に暗雲が立ち込める。もう肉眼でもはっきり見えるほどに、無数の飛行型悪夢獣や空を飛ぶハンターたちの姿は雪の街に近づいていた。


 地球では4月中旬。東京では季節外れの寒い日が続くが、山間部にある雪の街はもっと寒そうだ。その名の通り、まだ白いものがあたりに散らばって見える。

 地球で言えば、北欧はスカンジナビア半島のフィヨルドにも似た風景。もっとも、精神体でこの地を訪れている者たちに寒さは関係ないだろう。


「よーし…もうちょいでち」


 街の防壁の上から、青いマスケット銃らしきものを小柄な少女が構えている。町長ニコラスの養女、シャルロッテだ。隣にはエルルの姿もあった。


「いつでも、いいですよぉ」


 エルルもまた、宙空に光るルーンを描き。その発動を意図的に止めた状態でいる。弓に矢をつがえたようなものだ。


「撃つでちよ!」


 シャルロッテが上空に向けて、引き金を絞れば。銃身内に刻まれたルーンが青く輝き、空気中の水分を凝固させて氷の弾丸を打ち出す。それは大気に触れて減速しつつも雪だるま式に膨らんでいき、すぐに銃の口径を上回る大きさとなって敵陣のど真ん中へと飛び込んでゆく。


「なんだ、あれ?」


 ハンターのひとりが、ゆっくり飛んでくる直径1メートルほどの氷弾を見てから、空中で難なく避けた次の瞬間。


災雹ハガルのルーン!」


 エルルがルーン魔法を解き放ち、暗雲から稲妻がほとばしる。雷電は氷の塊を直撃

粉砕し、無数の破片が榴弾のごとく敵中で炸裂した。


「狙われてるぞ!」


 近くの悪夢獣を盾にして、難を逃れたハンターが警告の叫びを発する。何人かは、直撃を受けて夢落ちし姿が消える。見たことが無い攻撃魔法の組み合わせに、意表を突かれたか。


「密集を避けつつ、二手に分かれて拠点を攻略する。下位6割は街の攻略に、腕に覚えのある上位4割は遺跡を攻めろ!」


 リーダーとおぼしきハンターの指示で、敵が二手に分かれる。範囲攻撃を警戒して空中で散開し始めた。

 ハンターたちには順位があり、ランクの高い者が下位ランクへの命令権を持つ。道化人形はゲームマスターの役割を担うだけで、プレイヤーの好きにさせる。それが、彼らをゲームに熱中させるためのコツだった。


「さすがにスキがデカいでちね。次いきまちょう!」

「はいですぅ!」


 エルルとシャルロッテも、反撃で襲い来る銃弾の雨をかい潜りながら物陰へ急ぐ。実体を持つ弾雨が城壁に弾痕を刻んでゆく。


「みなさん! これはゲームではありません」


 弾幕や砲撃が街を穿ち、耐久性を高めるルーンや紋章術が施されてない小屋が容赦無く爆発炎上する中。銃声に負けじとユッフィーが声を張り上げる。


「これは夢ではなく、現実ですの! あなたたちは異世界を侵略しています!」


 ユッフィーたちは仮面をつけていない。自身で磨いた夢見の技で戦いつつも、フリズスキャルヴからの情報サポートを受けて実力を底上げしている。素顔で戦う心意気は買いたいが、ヴェネローンのベテラン勢やマリカから見ればまだまだひよっこだ。


「どっちにせよ、ステイホームのオレたちには刺激的でいい遊びだ」

「異世界じゃ、日本の法律は関係ないからな!」


 全く意に介さず、攻勢を緩めないハンターたち。


 お前らそれでも人間かと、中の人イーノはロールプレイを忘れて叫びそうになる。地球にはまだ、紛争も飢餓も迫害もあるのに。自分たちの手で少しでも世の中を良くしようとも思わず、ゲームやライトノベルを麻薬代わりに堕落した日々を過ごす。それでいいのか。


「お前こそ、ヒーロー気取りは楽しいか?」

「どーせ、中身はひきこもりのキモいおっさんだろうが!」


 そのとき、後方から一条の光線が敵をなぎ払った。巻き込まれた空飛ぶ悪夢獣や、ハンターたちが石化して墜落してゆく。しかし中身は夢落ちや霧散して空っぽで、石像にはならずに乾いた砂を地面に散らすだけとなった。


「中身のない連中っすね!」

「コスプレを理解しない地球人もいるのね! なりきりは心を広くするのよ」


 ふと見ると、地上から城壁を越え侵入してきた猟犬型の悪夢獣も。街のあちこちで大きな蜘蛛の巣に引っかかってもがいている。それをミカが鎌状剣で止めを刺し、銑十郎やシャルロッテが銃で打ち抜いている。

 エルルがふと、振り返ると。そこにはヴェネローンでの親しい友人の姿があった。


「ゾーラさぁんに、オリヒメさぁん!」

「騎兵隊参上っすよ!」


 エルルの声に応えるのは、アメコミヒーロー風のゴーグルに赤いドレッドヘアのラフスタイルな姐さん。石化光線を放ったのは彼女、ギリシャ神話のメデューサの末裔ゴルゴン族のゾーラだ。ゴーグルの開閉で邪眼の力を抑えている。

 隣に立つのは、前髪ぱっつんの黒髪を目隠れな姫カットにしたゴスロリドレスの大和撫子。こちらはアラクネの末裔、そのまんまアラクネ族のオリヒメ。


「ヴェネローン市民軍、勇者候補生さんたちに助太刀するわよ」

「やっぱりここって、美人さんが多いみたいなの♪」


 モモが張り切って、身の丈ほどの大筆をイメージのままに振るえば。二次元の萌えイラストが多数具現化して、嫁探し目的で押し寄せたハンターたちを夢に惑わせた。


 実のところ、本丸は遺跡の方だ。住民の避難は侵攻前にとっくに完了しており、生身の彼らは上空からでは見つからない隠れ家に潜んでいる。シャルロッテもそんな隠れ家のひとつでぐっすりお休み中で、街にいるのは夢渡り中の精神体だ。

 それらは、敵も知り得ていない秘密。街で戦う者がどれだけ注意を引きつけられるか。それが時間稼ぎの鍵だった。

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