第1章 フィンブルの冬、来たる
第1夜 魔女狩りの夜
「それがどうした」
そのペストマスクの男は、少女に冷たく言い放った。表情の読めない仮面と同じく無感情な声音だった。目元を覆うベネチアンマスクの少女の、口元が悔しげに歪む。
「あなたたちは、それでいいんですの?」
「関係ないな」
即座に答えを返す、パンダのかぶりものをした男。いかにもうっとおしいと訴える敵意に満ちた視線が、少女の肌に突き刺さった。
「顔も分からねぇ、どうせ中身おっさんの他人に説教される理由なんかねえんだよ」
これは、ハロウィンの仮装パレードではない。
時は2020年4月、新型コロナウイルスの世界的な流行下。日本も遅いと言われつつようやく緊急事態宣言を発令し、人の外出を控えるよう通達された深夜の秋葉原。
しかし、この奇妙な仮面の一団に気付く者は誰もいない。
現実感の無い光景だった。
オンラインゲームのアバターよろしく、雑多な種類の仮面を付けた者たちはみんな宙に浮いて、ほとんど無人の街を雑居ビルの屋上付近から見下ろしている。たまに通りかかる人がいても、誰ひとり空を見上げたりしない。監視カメラにも映らない。
彼らはまるで夢遊病者のように、精神だけが身体を抜け出して夜の秋葉原に集まっていた。ここに現れる「魔女」を狩るために。
多数の仮面の男たちが、ふたりの仮面の女性を包囲している。狩る者と狩られる者の立場は明白だった。
「王女。こんな野蛮な男ども、やっぱり話すだけ無駄よ」
「オレたちは、お前ら『感染者』を狩るハンターだからなぁ。へっへっへ」
般若の面をつけた彫像めいた美貌の女性が、隣に浮遊するベネチアンマスクの愛らしい少女に呼びかければ。豚のかぶりものをした中年男が下卑た笑みを浮かべて、ふたりになめ回すような視線を向けた。
「厳密に言えば、この『悪夢のゲーム』を送り付けられた全員が『感染者』ですわ。そして夢の中で無差別に人を襲い、感染を広げているのです」
不快感をあらわにする相方とは対照的に、努めて冷静に状況を説明する「王女」。
「あんたらの言うことが本当でも、地球人に直接の危害は及ばないんだろ?」
「だったら、オレらはゲームを楽しむだけさ。自宅待機中の貴重な憂さ晴らしだ」
目出し帽をかぶり、特殊部隊風の装いで統一した数人のグループが「魔女」たちに淡々と語った。
「…分かりましたわ」
小柄な外見に反して、王女と呼ばれたベネチアンマスクの少女が決然とした様子でうなずきを返す。
「あなたたちも、逃げるだけの敵を撃っても退屈でしょう。今宵はわたくしたちが、ゲームのお相手をいたしますわ」
王女が片手を上げると。それを合図として、どこからか深夜の街に銃声が響いた。
「敵襲だ!」
「スナイパーが居やがったか!」
その銃声は「ゲーム」に関わる者以外には聞こえず、現実の街に弾痕ひとつ残さぬ夢の中の銃撃だったが。かくして、魔女狩りの夜は始まった。
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