第9話 怒りに燃えて眠る者たち

 北欧神話に、ニーズヘッグという竜の一種がいる。9つの世界を支える宇宙樹ユグドラシルの根をかじり、枯れさせようと悪さをする怪物だ。その名は「怒りに燃えてうずくまる者」「憎悪に満ちて打つ者」などの意味を持つ。今の日本では、夜な夜な魔女狩りゲームで夢の世界を荒らすハンターたちにこそ相応しい名かもしれない。


「こちとら物流センター勤務だ! テレワークなんかできねぇんだよ」

「コロナ禍で、取引先の結婚式場が潰れてな。持続化給付金を待ってる間によ!」


 今夜も、札幌上空に幻の銃弾が飛び交う。夢の中で、道化の配り歩く仮面を手にした者だけが参加できる魔女狩りゲーム。寂れ果てたすすきの歓楽街には、カラオケ店に閉店のお知らせが張り出され。バーのマスターは店でひとり、ため息をつく。


「苦しいのは誰も同じです。もっと胸のうちを、わたくしにぶつけなさいな!」


 まるでフィギュアスケーターのように、アーケードを立体的な機動で抜けながら、ユッフィーが敵弾を回避すれば。ミカが大盾を構えて前進し、仲間をミサイルの爆発から守る。エルルのルーン魔法は酒の雨を降らせ、ハンターたちを夢に酔わせた。


 フリングホルニでの修行を経て、ユッフィーたち魔女チームは多勢を相手に善戦していた。借り物の力、仮面の内側に表示される数字やレーダーだけに頼らず。磨いた夢見の技で直接、ハンターたちの気配を察知していた。銑十郎はレーダーの索敵範囲外の敵すらも直感で狙い撃てるほど腕を上げた。


 けれども、道化に煽られるまま魔女狩りに興じるハンターたちを悪と呼べるのか。それは疫病の感染者を差別するのと同じくらい、誤ったことだと。イーノは知っていた。人類はこの手の間違いを繰り返してきた歴史がある。日本におけるハンセン病患者への扱いもそうだ。

 それを知ったのは、イーノが小説のネタを探す中で出会った氷河期ネットの代表が「ハンセン病映画祭」なるイベントにまで関わっていたからだった。さらには、ロシアとの合作映画を撮るとの話まで聞いた。どれだけ行動力の塊なんだと驚かされた。この話をエルルにしたら、みんなのお母さんですねぇとずいぶん憧れていた。実際、彼女は家庭を持つ主婦でもある。


 ハンセン病はらい病とも呼ばれ、日本ではかつて前世の悪事の報いによってかかる不治の病とされたが、治療薬の出現で治せる病気となってからも「らい予防法」により実態以上に恐ろしい病気として扱われ、差別は長く続いた。

 世界的には、らい患者の救済と社会復帰の推進がうたわれた1956年のローマ宣言、国の強制隔離政策を批判し全面破棄を求めた1958年の第7回国際ハンセン病学会などの動きがあったのに。多くの患者に断種や強制中絶までも強いた、らい予防法が廃止されたのは平成8年、1996年になってからだった。


 さらには「無らい県運動」なるものまであった。全てのらい病患者を療養所に強制収容し、隔離を図るものだった。これには一般市民による監視や、警察への通報が含まれた。戦時中の隣組そのものではなかっただろうか。

 今、新型コロナウイルスに感染した人たちもこれに近い、まるで犯罪者のような扱いを受けていないか。感染することが罪なのだと。コロナ・ピューリタニズムなる言葉まで出現した。誰が感染しているかも分からない状況を、人類誰もが背負うというキリスト教の「原罪」になぞらえた表現だ。


 なお、コロナ騒ぎですっかり話題をそらされてしまったが。日本の就職氷河期世代に対する扱いも似たようなものだ。激烈な競争に勝ち残れず、非正規雇用に甘んじても自己責任。


 その世相は1995年、就職氷河期のまっただ中に発売された人気RPGにもしっかり描かれている。主人公候補となる少年少女が6人いて、彼らの宿敵となる悪の勢力が3つあるが。6人のうち勇者になれるのは3人だけで、悪人側も2つの勢力が中盤で聖剣をめぐる争奪戦に敗れて退場してしまう。勇者たちに倒されるわけでもなく。

 この過酷極まる出番争いこそ、就職氷河期そのもの。後日分かったことだが、このシナリオがほぼそのまま手を加えず再現されたことで。2020年の4月下旬に発売されたフルリメイク作は予想外のヒットとなる。


 同人の世界で長く愛されたタイトルだけに、6人の少年少女が一緒に旅する内容の漫画や小説もたくさんある。イーノも大好きなゲームなのだが、ある意味世の中が変わっていないこと。就職氷河期の過ちがそのまま放置され、なおかつそれが賛美までされているように思えて。違和感と共に、イーノは戦慄した。


 世界で巨木が死んでいる、115年間で原生林の3分の1超が消失。そんな記事を読みながら、イーノは宇宙樹の根をかじるニーズヘッグたちの姿を空想する。


 どうりで、マイナスの精神エネルギーを求める異世界のテロ組織「ガーデナー」が自分たちで地球を侵略して地球人を苦しめるよりも、何もしないで地球人たちが自ら過ちを重ねるのに任せた方がいいと判断するわけだ。日本人として、地球人として恥ずかしくないか。


「その思惑、ひっくり返して差し上げますわ」


 ガーデナーたちが新型コロナ騒動に乗じて魔女狩りゲームを運営し、憎しみや悲しみなど負のパワーを集めたり、地球人を扇動してフリングホルニ侵攻の手駒にしようと企むなら。

 そのゲームを逆に利用し、夢の中でコロナ禍のストレスを発散させてしまおうと。それがイーノの作戦。一方的に狩られる人々を守るべく、わざと魔女ユッフィーを演じて戦う理由だった。

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