第2章 ふられたってレジスタンス 

第7夜 遥か遠き永遠の都

「いま、ヴェネローンはどうなってますの?」


 現在、地球で起きていること。そうなった背景をかいつまんでエルルに話した後。暗い話題を変えようと、ユッフィーはエルルに聞いてみる。


 かつて、イーノが「夢渡り」で飛んだ異世界の街、氷の都ヴェネローン。本当は別の名だが、こうして小説に書く関係上「地球人が分かりやすい」コードネームをつけることにした。秘密の多い都市なのだ。


 どれくらいかというと、偶然迷い込んだイーノに退去命令を出すくらい。本来そこは限られた者のみに門を開く伝説の都。多くの旅人や冒険者が探し求めるが、資格なき者には決して到達できない幻の存在。


「ユッフィーさぁんの『勇者候補生』計画が却下されたあとぉ、ヴェネローンは男も女も徴兵制になりましたぁ」


 イーノがユッフィーとして知り合い、交流を深めたゴルゴン族の石工ゾーラや、アラクネ族のコスプレ職人オリヒメも市民軍の仕事に関わっているらしい。


 ミカや銑十郎は、イーノと違ってヴェネローンに行ったことがない。イーノがかの氷都から締め出された後、現地の人材不足を補うため考えていた腹案を地球でテストしようと数少ない友人に声をかけ。できたのが今の魔女チーム。


「皮肉なことに、ガーデナーの方が地球人を上手く活用してるね」

「王女が会ったオーロラの女神様、私も見てみたかったわね」


 銑十郎の言葉に、エルルが少し難しそうな顔をしながらも付け加える。


「『勇者の落日』のあとぉ、地球人を受け入れるかは向こうでも意見が分かれてたんですぅ。だからヴェネローンではダメでも、外で鍛えるのは黙認してくれましたぁ」


 三年経って、状況がようやく動いたことを知り。ユッフィーは努めて明るい表情をエルルに向けた。


「エルル様の親代わりの、神殿長エンブラ様。彼女はわたくしの提案を蹴り、地球人を締め出す決断を下しましたが。重責を考えれば仕方なかったかもしれませんの」


 ユッフィーがミカと銑十郎に語る。ヴェネローンは多元宇宙の各世界から数多くの勇者や英雄が集う、ヒーローチームの本拠地みたいなものだと。そしてもうひとつ、エルルのように住む世界を失ったり、迫害を受けた難民たちの暮らす街でもあると。

 一見して共通点が無いように見えるが、元は落ち武者の隠れ里。宿敵に負けて落ち延びて来た者たちが発展させた都市だ。助け合いの精神が根付く一方で、よそ者への警戒心も強い。


 しかし三年前、ある事件が起こりヒーローたちの8割ほどが壊滅した。自分もまた偶然その場に居合わせ、責任感から見込みのある地球人を「勇者候補生」として鍛えてくれないかと頼み込んだ。地球人の好む、ゲーム仕立てのスタイルで。

 けれどそれは、過ぎたおせっかいでもあった。素人に勇者の代役が務まるか、そんな考えも当然あっただろう。イーノのアイデアは皮肉にも、ガーデナーが運営する魔女狩りゲームとして現実のものになった。


「イーノさぁん、お友達のみなさぁん、ご苦労おかけしましたぁ」

「エルル様の努力には、及びませんわ」


 自分のことを差し置いて、他人の心配をしてしまうイーノ。世知辛い世の中ではそれが実を結ぶこともなく、結局無職のまま出版のあてもない執筆生活に落ち着いている。誰かと限られた椅子を奪い合うのは、もういいと思ったから。


「結局のところ、わたくしたちの関わる魔女狩りゲームは『痛みなき戦争』ですの。本物のヒーローから見れば、子供の遊びに過ぎません」


 ヴェネローンの人々が置かれた状況を鑑みて、ユッフィーが己の未熟さを恥じる。おっさんが女の子キャラを演じる分には、見た目に完全な変身だから大して気にならないが、内面の拙さはどうにもごまかせない。まだまだニセモノの王女なのだ。


 誰も死ぬことのない、やられたら夢だったで終わる…形の上ではそう思われている夢の中での戦い。けれど悪夢が人の心を蝕んで、間接的に死に追いやるとしたら。仮面をつけて誰かを無責任に攻撃することは、ネット上の誹謗中傷と変わりない。

 イーノ自身も、子供時代からたびたびいじめられ。大人になってからは匿名掲示板で叩かれた。ADHDであるため「他人と同じに振る舞う」ことが難しく、どうしても悪目立ちしてしまう。その様子は、まるで現代の奇形フリークショー。


「ユッフィーさぁんと、ミカさぁんに銑十郎さぁん。その他、ガーデナーと戦う魔女チームのみなさぁんは」


 自嘲気味のユッフィーに。一度言葉を切って、エルルは力強く宣言する。


「わたしぃが見込んだ、勇者様の卵ですぅ!」


 そう言うと、一同に満面の笑顔を見せるエルル。


「蝶の羽だから妖精っぽく見られますけどぉ、わたしぃは勇者をヴァルハラへ導く戦乙女ヴァルキリー。ユッフィーさぁんがヴェネローンへ踏み入ることができたのはぁ、都市の守護神アウロラ様もきっと素質を認めていたからですぅ!」


 だからこそ、エルルも地球へ渡ろうとしていた。夢でどんなに迷子になっても。


「ありがとうございますの。エルル様は、やっぱりわたくしの戦う理由ですわ」


 エルルの健気さが、ユッフィーを演じるイーノの思考を前向きにさせる。昔ひどいいじめにあったけれども、そのおかげで他者への優しさを育てることができた。世の中を違う視点で見れるようになった。間違った常識に傷つけられるのを避けることができた。その結果が無職でも、まあいいじゃないか。


 ひきこもりだって、世の中の役に立てる。そう思えば、いい時代になったものだ。


「こんどぉ、みなさぁんをフリングホルニにご案内しますぅ!」

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