第5夜 ヴェネローンの巫女
「彼女を助けに行きます!」
時は少し、さかのぼる。全プレイヤーに向けられた会話の中に忘れもしない声を聞いた、ベネチアンマスクの「王女」ことユッフィーは即座に決断した。
「知り合いなの?」
般若の面をつけた「近衛騎士」ミカが、不思議に思って問いかけると。
「あれはエルル様ですの。わたくしの戦う理由」
自分の胸に手を当て、ユッフィーは目を閉じた。まるで無くしかけた大切なものを探すように。
「前にユッフィーさんが話してくれた、氷の都ヴェネローンの巫女さんだね」
縁日の露天で売ってるような、日曜朝の変身ヒロインのお面をつけた銑十郎が王女の心を察した。見た目は中年のおっさんで、オタクそのものだが。優しい気配りとのギャップにミカも驚く。
魔女チームのメンバーはみんな、ミカも含めてあるオンラインRPGの参加者だ。そこでは「恋愛ごっこ」が静かな人気を得ており、ユッフィーと銑十郎も友達の延長線上にあるようなカップルだった。そこ、おっさん同士キモいとか言わない。
日本の古い歌には、男性歌手が女性の心情を表現したものも多いけど。それを変だと思う人はいないだろう。あれもなりきりの一種だ。
中の人の素性は問わない。どんな立場の者でも、分け隔てなく友人を作れる場として「なりきりには、なりきりで返す」のがロールプレイの作法だ。夢の国の遊園地はコロナ禍で閉鎖中だが、同じような場所ならネット上にもある。
「ドワーフなら夜目が利きます。煙幕くらい平気ですから」
ユッフィーが即興の救出作戦を説明する。彼女のアバターは、洞窟や地下で暮らす小人族ドワーフだ。暗闇を見通し、赤外線を見る力があるとも言われる。
「あれ、でもぼくたちって精神体だよね。体温あるのかな?」
「想像すれば、その通りになるのが夢見の技ですの」
ここは夢の中。魔法なんだから何でもありだと、素直に言える幻想の世界。仮面のハンターたちはゲームの枠に囚われて、自由な発想を失っていると。王女は熱を込めて仲間に語った。
「分かったわ、王女。でも今度は、仲間の力を信じなさいよね」
「はいですの、ミカちゃん」
それから数分後。ユッフィーたちはハンターを煙に巻き、エルルの救出に成功していた。きっかけは単純だった。
体温や赤外線でなく、心の力そのものをサーモグラフィのように見る。たったそれだけの、発想の転換。彼女がイメージしたのは、光学迷彩で姿を消し熱を視覚化して獲物を狩る異星のハンター。
「あいつら、追ってこなかったね」
「泳がされてるのかもしれないわ、私たち」
夜の公園で、追っ手を避けるため木陰に身を隠しつつ。ミカと銑十郎が周囲を警戒していると。
「ユッフィーさぁん! 必ず来てくれると思ってましたぁ!!」
お互いの距離も構わず、エルルがユッフィーの小柄な身体をぎゅっと抱き締めた。そもそも地球人じゃないし、精神体だから気にするつもりもないんだろう。
夢見の技で実体化した、エルルの控え目な胸が頬に当たってきて。ユッフィーは思わずドキドキさせられた。自分の方がおっきいのに。
「おともだちのみなさんもぉ、ありがとですぅ!」
助けてもらった恩は忘れない人柄なのか、ミカと銑十郎にまでハイテンションで目を輝かせて、両手を握って上下に激しくブンブンしてくる始末。でもなぜか、嫌な気はしなかった。
「王女の戦う理由…ね」
「エルルちゃん、癒し系だなぁ」
ミカと銑十郎が顔を見合わせて、それぞれ笑顔を浮かべた。
「ユッフィーさぁん。地球はいったい、どぉなっちゃったんですかぁ?」
3年ぶりの再会。王女と巫女には、積もる話もあったけれど。地球へ来るなり突然攻撃された不可解さに、エルルの中では謎が深まっていた。
「…フィンブルの冬が来た。そうとも言えますの」
ユッフィーの意味不明な返答に、疑問の表情を浮かべる地球人ふたりとは対照的に。エルルの表情は大きな驚きの色を示していた。
「地球人の想像力と、夢見の技が合わさったら脅威になる。マリカ様の懸念が現実になりましたの」
現代の地球は、テレビやインターネットや映画館…そういうメディアに不自由しない立場の人間なら。一般人でも、相当な数の「発想の引き出し」に恵まれている。
コロナ禍の影響で制作に支障が出ても、日本は星のように多くの漫画やアニメや、小説や映画、ゲームにあふれている。ちょっとやそっとでは変わらないだろう。
もし、新たな創作作品を発表することが、3Dプリンタで出力できる銃のデータを全世界にばらまくような行為だと言われたら。あなたはどう思うだろう。
かつて、ユッフィーがエルルと一緒に夢見の技を特訓したとき。指導役を引き受けてくれた栗色の髪の少女マリカ。彼女の懸念は、ヴェネローンと敵対する指導者無きテロ組織「ガーデナー」が地球での疫病に乗じて「魔女狩りゲーム」を開催し。事情を知らぬ地球人をゲーム感覚のまま、戦闘員に仕立てる企みで現実となった。
「火種は以前からくすぶっていました。疫病の流行が社会の歪みをあぶり出し、一気に火をつけたのです」
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