第4夜 フェアリーを狩らないで

 地球人も善人ばかりじゃない。あの男の誠意を疑うわけではないが、考えなしでプランに乗るのは危険だ。

 あるベテラン冒険者の言葉が、エルルの脳裏にフラッシュバックする。


「どぉしてぇいきなりぃ、攻撃してくるんですかぁ!」

「決まってるだろ。お前が魔女だからだ」


 今晩も、魔女狩りの夜がやってくる。夜の街に響く、起きている者には聞こえない幻の銃声。


 光の翼をはためかせ、あたかも蝶のように宙を舞ってハンターたちの銃撃や斬撃を危なげに避け続ける、金髪のスレンダーな女の子。フィッシュボーンに編んだ髪が、不規則な回避機動に振り回されて激しく揺れた。

 背丈は人間サイズの等身大だが、彼女の少し尖った耳と、淡い燐光を放つ背中の羽はファンタジーの世界から飛び出してきた妖精フェアリーそのものだ。


 むかしむかし、野蛮な地球人は権力者に都合の悪い者を「魔女」に仕立てて火あぶりにしたの。今でも大して変わっちゃいないわ。

 エルルが地球へ飛ぶため、夢見の技を教えてくれた少女の言葉が耳によみがえる。


 それにしても、どうしてこうみんな奇妙なお面をつけているのか。彼女にはまるで見当がつかなかった。ホッケーマスクにニンジャマスクに、トラのかぶりもの。


「さあミナサン! 新種の魔女っ子の登場ですよ!!」


 どこからか、司会者の楽しげなアナウンスが全プレイヤーの耳に届く。一応はゲームだから、ゲームマスターとでもいうべきか。


「わたしぃはぁ、わるいまじょじゃないですぅ!」


 立ち止まれば、数の暴力であっという間にすり潰される。借り物でない、生まれ持った蝶の羽を巧みに羽ばたかせてエルルは飛んだ。地球人たちに敵意がないことをアピールしながらも、視線は誰かを必死に探している。


(イーノさぁん、どこですかぁ?)


 内心の不安に抗いつつも。やっとここまで来れたのだからと、エルルは自分を振るい立たせた。

 人は誰でも、夢を見る。夢を見ている間は、誰だって見知らぬ世界に心を飛ばしている。けれどその行き先を自在に操ることは、簡単でない。毎晩あっちこっちの異世界へ、何度も迷子になり続けること3年近く。やっとたどり着いた地球なんだから。


「あの子、テイクアウトしちゃっていいんだろぉ?」

「もちろんです。でも魔女の本拠地『フリングホルニ』ならもっと、よりどりみどりですよ!」

「ひゃはは、オレはもっとグラマーな子がいいな」


 オオカミだか、ハイエナだかのかぶりものをしたハンターたちが、下卑た声音でマスターに問えば。道化じみた滑稽なトークが即座に返ってくる。ここは世紀末の荒野か。


 聞き覚えのある単語に、エルルの耳がぴくりと動く。もしこの会話が、彼にも聞こえているのなら。けれどもう、逃げ続けるのも限界だ。圧倒的な数のハンターたちが四方から壁となって迫ってくる。実力行使をためらってる場合じゃない。


 そのときだった。


「密ですわよ! ソーシャル・ディスタンシング!!」


 1対100以上、深夜の鬼ごっこに突然の乱入者。ハンターたちが急に見えない衝撃に突き飛ばされて、玉突き事故のように次々とぶつかりあってゆく。彼らの数に比べればそれほど広範囲でないが、それでも後から殺到するハンターたちが水面に落ちたしずくのように被害を広げてゆく。

 いてっ、うわっなどと方々からぼやきが上がり。中にはどっちが先にぶつかったとにらみ合うハンターたちの姿も。そこへ立て続けに放り込まれる煙幕弾。これもまた魔女狩りゲームのアイテムだ。


「こちらですの」


 エルルもまた、煙に巻かれた直後。誰か女の子の手が彼女の手をぎゅっと握って、撤退先を誘導した。小さいけど、力強い手だった。


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