第3夜 僕らはヒーローじゃない

「昨晩みたいな無茶はダメだよ、ユッフィーさん」


 スマホに新着通知が入っていたので、チャットアプリを立ち上げてみる。メッセージの主は、チームメイトからだった。

 ハンドルネームは銑十郎せんじゅうろう。魔女チームのスナイパー役だ。彼はステレオタイプなオタクそのもののおっさんアバターということもあり、先日のハンターたちの説得作戦では後方支援を引き受けてくれた。


 もっとも、見た目を可愛らしい女の子アバターにしたくらいでなびいてくれる相手ではなかったが。もちろん、正論を説いても反発されるだけ。人を動かすのはかくも難しいのか。


「ご心配おかけしましたの、銑十郎様」

「『夢落ち』にできると分かってても、気分のいいものじゃないから」


 悪夢のゲームと言っても、敗者に何か怖いペナルティがあるわけじゃない。ただ、悪い夢を見るだけだ。それでも…それが問題なのだ。

 重篤な肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの流行で、感染を避けようと人々が家にこもるようになってから。奇妙な夢や悪夢を見る人が増えたという。先の見えない不安や、経済的な困窮も重なれば無理もない、誰もがそう思うだろう。しかし。


 世界の裏側では、この状況につけ込む火事場泥棒が暗躍していた。それこそ昨夜の夢を利用したゲームの運営者だ。

 目的は、金でも知名度でもない。どこにも課金できるところなんかない。それでもゲーム内で使える通貨はある。「病魔を操り、疫病を振り撒く魔女」を狩ることで得られる賞金。それで「仮面」の機能をアップグレードしたり、より強力な装備を入手できる。そうやってプレイヤーのプレイ意欲を煽り、狩りを続けさせる。


 けれど魔女たちの正体は、NPCでなく他のプレイヤー。仮面が偽りの姿を見せて地球人の分断を煽り、歪んだ正義を振るう暗い欲望を増大させている。その真相を知る者には「奴ら」の企みを止める責任があるだろう。


 たまたま、ゲームに巻き込まれた者の中に知り合いがいたので、彼らに事情を説明して理解を得ることができた。いつものオンラインゲームと同じアバターだったのですぐに分かった。それが昨夜一緒だったスナイパー役の銑十郎と、般若の面をつけた女性アバターのミカだ。


「私は、王女を守る近衛騎士よ。あなたひとりで背負い込まないで」

「ごめんなさいですの」


 チャットで詫びを入れつつも。極度の男嫌いな彼女には、昨夜の悪趣味な連中の相手は荷が重すぎたろうと振り返る。不本意ながら、こちらから攻撃して夢落ちログアウトしてもらったほどだ。そうしないと、仮面の連中の上位プレイヤーが持つ「一定時間夢落ちさせない」スキルの餌食にされただろう。


 他には、中の人がイラストレーターの「ハリネズ」さん。可愛らしい女の子アバターだが、れっきとしたおっさんだ。彼はコロナ禍の最中でも、家賃確保のためにリモートで仕事に追われている。リアルは疎かにできない以上、仕方あるまい。

 数年前にオンラインゲーム経由で知り合った、中国在住の「テイセン」さんには、向こうでの魔女狩りゲームの様子を探ってもらっている。夢を媒介に広まる以上、これは人の往来を制限したって止められない。


「僕らはヒーローじゃない。決して強くもない。けど、他の誰かが止めてくれるなんて思ったらダメだよ」


 チーム専用のチャットで檄を飛ばす。今は耐えるときだと。


 古来より、感染症は人類の歴史に多大な影響を及ぼしてきたという。世界に変革をもたらす黙示録の四騎士は、天使の名を冠した機動兵器じゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る