第16夜 竜使いの魔女
好き放題の略奪を想定していたハンターたちの甘い期待は、ゲリラ並みに訓練された住民の迅速な避難と、ヴェネローン市民軍の救援によって予想外の反撃を受けた。地球から夢渡りしてきたハンターと、地球人の負の感情から「生産」された悪夢獣が主戦力のガーデナー側は、ここに来て予想外の足止めをくらうことになる。
「ハンターたちの復帰はまだか! 諦めてもう帰ったのか?」
指揮に当たる上位ランクのハンターが、ままならぬ戦況に苛立ちを漏らす。
「やむを得ん、ドラゴンを暴れされて復帰までの時間を稼ぐぞ」
その指示に
「勝ったの?」
「いえ、この気配は…!」
ミカの疑問に、ユッフィーが警告を発する。
「黒き竜が来ます!」
咆哮をあげて空気を震わせ、10メートルはあろうかという飛竜が雪の街上空へ迫ってくる。
「何すか、あれ?」
「ブレスに備えてくださいませ!」
ゾーラがあっけに取られていると、ユッフィーの叫びで各自が防御行動を取る。
「建物に隠れましょう」
オリヒメの誘導で、ゾーラも紋章術で強化された建築物の影に入った。次の瞬間、竜があたり構わず黒き炎を吐き散らす。ルーン魔法や、紋章術での守りを焼き焦がすほどの闇の炎が、壁を黒く煤けさせてゆく。竜の目は怒りと憎しみに満ちていた。
「あれは、わたくしから生まれた『影』。なんとか鎮めてみますわ!」
「ちょっと、無茶よ!」
夢見の技の師匠、マリカが止めるのも聞かず単身飛び出してゆくユッフィー。よほど、先日の失点にこだわっているのか。生みの親を視界に認めると、黒き竜は羽ばたきながら空中で攻撃の手を休めた。
「王女!」
「竜が…止まった?」
ミカも止めようとしたが、時遅し。一同が息を飲む中で、ドワーフの魔女と黒き竜が向かい合う。銑十郎が驚きの声を上げる。彼はユッフィーの元ネタを知っていた。それを元に、魔女チームの面々はアバターを組み上げたのだ。
「確かに、僕たちが一緒に遊んでたオンラインRPGじゃ。ユッフィーさんはチビ竜をお供に連れてたけど…」
「ユッフィーちゃん、愛のハグなの!」
魔女狩りゲームが始まる以前のことを、銑十郎が思い出していると。モモが元気いっぱいにユッフィーを応援する。
「
「生みの親ならできるのか…ごめん、あたしも竜はちょっと専門外」
心配そうなエルルに、マリカも申し訳なさそうに告げた。悪夢獣の使役は主にガーデナーの領分であり、夢渡りの民にも獣使いはいるが、竜ともなると未知だという。
「さあ、おいで」
恥だろうが何だろうが、目の前にいるのは自分自身から生まれた影。こういう時は影に打ち勝つか、影を受け入れるか。多くのRPGにも取り入れられているお約束に従って、ユッフィーは両手を広げて竜の頭を抱こうとゆっくり近づいてゆく。
まだまだ未熟な偽王女だが、このときばかりはみんなの目に少しだけ本物に近づいたような印象さえ与えていた。
「おい、やばくないか?」
頼みの綱のドラゴンが動きを止めたことに、ハンターたちに焦りの色が広がる。
「また、アナタですか…」
道化がやれやれといった様子で、ため息をつく。フリングホルニ侵攻前にハンターたちのストレスを発散させられそうになったから、アドリブで悪夢獣の「出産」を見せ物にした。そうしたら今度は、それを逆手に取られた。次はどうしてやろうと思いながら、無機質な人形が異様に細い腕を黒き竜に伸ばし、親指を下に向けた。
「よしよし、いい子ですの」
黒き竜の頭を胸に抱くようにして、鼻のあたりを優しく撫でるユッフィー。竜が大人しくなったのを見て、つい気を緩めてしまったが。その時、両眼がギラリと怪しく光った。
「ユッフィーさぁん!」
エルルが悲鳴を上げる。ユッフィーが気付いて、離れる間も無く。黒き竜の振り下ろした鋭い爪がユッフィーの
「魔女たちを殲滅なさい」
あの竜はもともと頑固で、使役するための支配術の効きが悪かった。あまりに強く術をかければ暴走し、制御がきかなくなる恐れもあるが。少しくらいはいいだろうと思い、道化は口元を歪めた。
「くっ、王女!」
我を忘れて前に出たミカが竜の尻尾に打ち据えられ、地面に叩きつけられて夢落ちする。銑十郎やモモは必死に抗戦するも、遮蔽物ごと闇の炎で焼かれて姿が薄れてゆく。ゾーラやオリヒメ、マリカも姿が見当たらない。
「シャルロッテさん、すまない!」
「ちょっとお! 日焼け止めもっと塗っとくんだったの」
小柄な身体が幸いしてか、かろうじて直撃をまぬかれ物陰に滑り込んだシャルロッテ。泣きそうになるのをお子様じゃないからとこらえるハーフドワーフの女の子を、一緒に逃げ込んだエルルがぎゅっと抱きしめる。残るふたりで竜の相手をするのは、さすがに荷が重すぎだ。
開戦より4時間余り。遺跡船フリングホルニの雪の街は、陥落の危機に陥った。
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