十一、証明途中

 電車を乗り継いで遠くまでやって来た。見知らぬ景色にあくびをしている前で、彼女は僕が貸しているスマホに釘付けになっている。きっと、向かう場所を何か所かピックアップしているのだろう。

 あるだろうとされている場所は廃屋。何故、そこなんだと言っても彼女はうやむやにして話そうとはしなかった。

 少し気持ちわるさを感じていたが、ネタになると思えばそうでもなかった。名前の分からぬ建物をつまらなく眺めていると、目的の駅に止まった。

 駅を降りて、彼女が調べた道を頼りに最初の廃屋へと辿りつく。

 「なんか、違うな」

 彼女は艶やかな口を動かした。

 「へぇー。外観だけで解るのか。」

 不信ながら聞いてみると、感じでね、と曖昧にはぐらかされた。

 何故死体を見つけたいのか、無理に知りたいとは思わない。大切な人を独自で探しているのか、SNSで流行っているものに便乗しているだけか。見当が着かないことも無いが、全てを憶測の範囲内に留めておく方がよい気がした。

 「中に入って、確かめのないの。」

 探索を催促するも、唸って足を動かそうとはしない。時折風が吹いて、廃屋の中へと通じて音を鳴らした。

 「違うかな。」

 そう言って、メモを取り出し。廃屋の名前を記したと思ったら、それを消した。

 「時間の無駄だし。次行こ」

 彼女はそう言って踵を返した。砂利が音を立てて遠ざかっていく。

 持っているカメラはずっと廃屋の中に吸い込まれ、入れ!入ってくれ!と言っている。しかし、あくまで彼女の目的に準じているために、我慢して後を追いかけた。

 砂利の音に追いつけば、アスファルトが現れた。彼女は曲がった。

 「惜しい?あの廃屋」

 意地悪な笑みを浮かべて尋ねる。僕はそんな笑みを冷たく見て、別に、と言う。あ、そうと彼女は気にも留めずスマホに目をやる。

 二つ目の廃屋についたときには辺りは暗くなっていた。

 廃屋に通ずる道の最後の街灯の下で、外見を窺った。

 何やら、憶えていることをメモしていたようで、メモに書き留めていた特徴に少し合致していた。しかし、彼女は違うと口に出した。

 「こんな開けたところでは無かった…」

 記憶をたどるように頭を傾けると、廃屋の名前を書きこんだ。少し間があって消そうとしたが、僕がそれを阻止した。

 「暗くて良く見えないし、ここじゃないと判断するにはまだ早いんじゃないかな。明日、夜が明けて出直してもいいんじゃない。時間はたっぷりあるんでしょ。」

 彼女は少し困って、ぎこちない笑顔を作った。

 「わかった。そうする」

 名前を消さずに、目の前の廃屋を一旦後にした。

 もう時間は8時を回っていた。

 「宿、あるかな」

 僕は不満げに言うと、彼女は唸っただけで具体的な答えは返ってこなかった。

 丁度マップを開いているのだから、夜を明かせそうな場所を検索すれば良いと思い、検索を任せた。

 近くにネットカフェがあり、そこで一夜を明かすことになった。

 個室に入るなり早速パソコンを起動させ、地図を開ける。目ぼしいところを片っ端からメモしていた。

 「そんなに大事なのか。」

 猫背になっている彼女に問いかければ目を離さずに、うん、とだけ答えた。

 「どれだけの必要性だ。」

 「必要性なんて考えてない。只、探さないといけない気がする。」

 曖昧な衝動に突き動かされているのは、思春期特有のことだが。移動範囲が異常だ。

 「そうか」

 深く掘っても言いそうになかったので、話はやめにした。

 一つの個室に2人が入るのは、狭く僕は膝を折っていた。

 スマホを開いてはなちゃんからの着信を確認する。着信は無し。はなちゃんにはいつもの日常が流れていると思うと、少しほっとする。仕事が忙しいに違いない。

 カメラの電池がもう半分切っていることがわかると、少しの焦燥感に駆られる。バッテリはこれしか持ってない。しかも、メモリの容量も心配になって来た。早いうちに、もう一台買うことが求められてしまった。

 息を吐くと、疲れたの?、と労いの言葉が彼女の口から聞こえた。

 「うん。まあね」

 そう。僕は淡泊な返事を残し、彼女はまだペンを走らせ続けていた。

 「カメラ気を付けてね。じゃあ、僕寝るから。」

 「うん、おやすみ」

 ペンが走る音が耳に心地よくて、すぐに眠りに落ちた。

 人を殺す夢を見ていた。


 目を覚ますと体が固まっている。伸ばそうとすると、痛みが走った。

 彼女はパソコンの前で眠っていた。器用にペンを持って、そのままの姿勢で目を閉じていた。紙が真っ黒だった。

 個室を出て、飲み物を二つ紙コップに入れた。好奇心に誘われ、本棚にあった漫画を何個かてきとうに選び脇に抱えた。まだ6時半で、ネットカフェは朝の静けさに襲われていた。

 戻ると、突っ伏していた。ペンを傍らに転がしメモも閉じられていた。扉の開く音でどうやら目を覚ましてしまったらしい。その様子を見ると、遅くまで起きていたのだろう。しばらくは寝かしておこうと、彼女の隣に飲み物を置いた。

 暇つぶしに漫画を開く。わからないアクション漫画に新鮮に浸っていた。

 彼女が伸びをして目覚めた。8時を回ったところだ。

 眠たい目を擦りながら、またメモ開き書かれてあることの確認を始めた。隣にあった紙コップに気付いたらしく、低速で手が伸びた。

 「おなか減ったから、コンビニに買いに行こうよ。」

 僕は空腹を超え感覚が無くなっていた。さすがに、飲み物だけでは忍べなかった。

 「確かに、昨日軽く食べただけだし」

 と傍らのパンの袋を見る。

 「さて、出ようか」

 誰からともなく彼女が言い、スリープだったパソコンをシャットダウンして、ネットカフェを出た。

 昨日の廃屋を目指す途中、昨日歩いた道はこんなんだったかとあたりを見回していた。しばらくして、見覚えのある廃屋が遠くの方にあった。

 到着したが、やはり昨日感じたのと変わりなく違うかったらしい。名前を消して歩き出そうとする彼女を止めてちょっとだけ中を覗いた。いい感じに壁や天井が壊れていた。カメラをずっと向けていると、彼女が少し怒って歩き出した。僕はあわてて後を追った。

 これから行く廃屋は少しここから距離があった。途中のコンビニで朝ご飯を買うことになった。

 買ったパンやおにぎりを開け、歩きながら腹を満たした。十分とは言えないがないよりかは力が出た。

 歩き出して数十分。到着した廃屋は最近人が居なくなったような感じで、綺麗さがまだわずかに残っていた。 

 「ここは、完璧に違う。」

 と名前を消した。

 次のところは電車を使わなければいけないらしい。駅を目指して歩いている間、昨日考えていたことを言うと彼女は調べたことを復唱した。 

 これからいくところの近くにでかい家電量販店があるらしく。そこで買って、昼食も済ませることにした。

 電車に乗り込むと、空調の聞いた空気に心地よくなった。歩いていたら、少し汗が出た。

 彼女も服の襟元に少し滲ませていた。汗は頬をつたって、真剣に見ていたメモ上に落ちた。

 「ハンカチは。」

 ズボンに手を入れて確認している様子を見ると無いようだった。

 「駅の近くの家電量販店ならデパートも隣接してるだろうから、ついでに必要なものを揃えよう。着替えが無いのは不便だろ」

 彼女は自分を匂って、「匂う?」と尋ねた。どうやら、遠回しに臭いと伝わってしまったようだ。話が進まないよりは婉曲して話が進んだ方が良いと思い、「うん、まあね」と自分の本心を濁した。

 彼女は心配そうな目をして、軽くうなずいた。

 お昼前なのか、人が思っていたより少ない。少なからず、全員椅子に腰かけていた。

 目的の駅に到着した。

 時間が中途半端で、お昼にしてはまだ早く店も開いていなかった。買い物をするにも買ってしまえば持って移動することになり大幅な疲労の懸念がされた。

 時間もあるので先に廃屋に行くことにした。何個か回ったものの、それと思しきものはなかった。只、こんな感じだったなとメモにスケッチをして、写真を撮っていた。

 時間も13時を回り、戻った時には人が一杯いた。昼食をとって、残り少ないカメラのバッテリを心配しながら、新しいカメラを購入してメモリも一番容量のあるやつを2枚購入した。領収書を見たときは涙が出そうになった。しかし、これもお互いの潔白のためと思い堪えた。

 続いて、デパートで服や必要なものを購入してデパートを出るときはリュックに色々なもの膨れ上がっていた。それでも、移動を考慮してなるべく品数を減らして、お互い必要最小限のものしか買っていない。

 衣類はコインランドリーでその都度洗濯すると決め、その他はコンビニに行けば大体揃うので最低限にした。

 止まるところが無いため、次の目的地近くに移動している間、電車内でホテルをネット予約した。ビジネスホテルの2人部屋を借りれた。

 駅の近くに会ったので、荷物を置いて次の目的地へと向かった。

 大きなコンクリートの塊は僕たちを圧倒した。「こんなところ殺されたら、絶対に見つかんないや」とホラー映画の見すぎと言わんばかりの呟いた。

 「死体があったら、逆に嬉しいけどね。」

 確かに、と言ったがどういう意図があってそう言ったのか図りかねた。

 「ここなら、ありそうか。」

 彼女は思案して口を開いたら、わかんないと言った。

 「中に入ってみようよ」

 彼女は砂利に踏み出した。

 中は荒涼としており、とても好きでは入らないだろうと思った。新しく買ったカメラにモチーフを吹き込んでいることを嬉しく感じた。

 崩れ落ちそうなコンクリートは上まで続いているらしく、天井は穴が開いており一部雨ざらしだった。鉄さびをまとったコンクリートは光を鈍く跳ね返していた。

 奥の暗がりに足を踏み入れると、ビニールシートがかけられたものがあった。彼女がそれを剥がすと、鈍い白の物体が転がっていた。それを見るなり彼女は歓喜の声を上げた。

 「あった」

 それは死体だった。

 

 

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