八、やみにさいたころのうめ

 私は警察官の父親の下で育った。だからか、父の口うるささが嫌になって、おと大人というものが嫌になった。そしていつしか、それが学校というものにすり替わっていった。それに、気付いたのは小学校六年だった。

 母は元気であったが、突然倒れて病院へ入院するはめになった。

 最初はあの父が家事も手伝いもせず、典型的な亭主関白を気取っていたせいと思っていた。だが、私にも非があると医者に言われた。

 その頃、私は中学だったがろくに授業も聞かず、こそこそとスマホばっかいじっていた。成績ももちろん悪く、このまま行けば進学できる高校はないとまで言われていた。それを、個人懇談の度に母は担任から聞かされていた。私は隣で、他人事のように聞いていて母の横顔をうざったく盗み見していた。

 子供の不出来を思い、最初は私を叱ってばかりだったが、やがて私が家出を始め繰り返すうちに、母は父ににまで責められ始めた。

 母も自分に負い目を感じていたところに、追い打ちをかける様に父は母を罵った。それをリビングに通ずるドア越しに聞いてしまった夜は、自分を無理やりにでも反省させ、なんとか高校入学は叶えた。

 しかし、依然としてあの口やかましい大人共がどうにも好きになれず、態度は中学と同様だった。

 友達といる方が楽しくて、中学のサボっている連中と時々学校をサボって遊んだりした。それを、たまたま学校の教師に見られ、直ぐに担任に連絡された。

 その時ばかりは、父親も呼び出せれ、家族全員で頭を下げたことを私は頭のどこかで、羞恥心と恐怖心と両親のコンプレックスとを混ぜ置いていた。

 より、父親のコンプレックスが進む中、母親が死んだ。

 過労だった。精神的にも身体的にも窶れ疲れ果てていた。それを聞いた私はついに、母親のコンプレックスまでも抱いてしまった。

 そこから、何度も、頻繁に家出するようになり、父は私どころか、いない母にまで当たり散らしていた。兄はいるにはいるが、母が死んだ後の父の変貌ぶりを見て、こんな親見てられないと言い残し、私を置いて出て行った。

 家出を繰り返すうちに、私は悪い連中とつるむようになり、深夜原チャリの後ろとかに乗せてもらったりもした。

 万引きもした。人も騙した。セックスも、した。私はもうその頃には、滅茶苦茶だった。色んな意味で。

 ある日、遅くに家に帰ると、父が散らかったリビングで寝ていた。私は知らんぷりをして、自分の部屋へと向かおうとすると、父は大きな声で私を呼んだ。

 呆れて、リビングに引き返したら、酒臭い息がふっと頭上を通った。

 胸に手があった。私は後ろから、父に襲われた。下腹部へと手は伸びており、ズボン越しに触ってきていた。胸もいつのまにかブラジャーが外れており、激しく揉まれた。

 「ちょっ!変態!キモイ!離せ!このクソが!」

 私は必死の抵抗を見せたが、警官である父の逞しい腕はびくともしなかった。

 気に障ったのか、より激しく手を動かす。自然と喘ぎ声が出る。

 「お前、百合ゆりと似た体に育ってんなぁ。ほら、俺に見せてくれよ。」

 と、父は服の間に手を入れて、乳房を露わにさせた。おお、子供にしてはでかいのか?とか言いながら、私の乳首を弄んでいた。

 「おい、糞が!やめろ!やめろ!」

 私は父の腕を思いっきり噛んだ。痛っ!と呻き父の身体が緩んだ。その隙を狙って父の股間に向けて、思いっきり拳を振り下ろした。

 形容しがたい声を上げ、その場で悶絶した。すぐさま、頭をけり上げた。

 「この変態!訴えてやる!お前なんか、男でも、ましてや人間でもねぇ!死んで詫びろ、このクソが!」

 吠えたてた私に怒号がまき散らされる。

 「このクソガキ!ちょっと抱いてだけでいい気になりやがって!まだ、女子警官抱いてた方が勃ったわ!お前みたいなガキなんて女じゃねぇよ!消えろさっさと!」

 舌が回っておらず所々聞き取り辛かった。女じゃねぇよ!だけが鮮明に脳裏にこびりついた。

 私は妙になり、父に腹を立てた。

 「私だって、女になれよ!」

 と涙声で叫ぶと同時に家を出た。

 私は全速力で走り、スマホを取り出し電話を掛けた。いつもつるんでいる男の一人に『今から、セックスしようよ』と言った。男は嬉しそうな声を上げ、待ち合わせ場所を指定した。

 そのままの勢いで男とその場でセックスした。ゴムは?と聞く男に、そんなのない方が気持ちいいにきまってんじゃん、と強く言い、生でやった。

 そして、中に射精をお願いした。。女である証明がこれくらいしか浮かばなかった。

 数日後、吐き気に襲われ、もしや、と思い人生初の産婦人科を受診した。

 「おめでとうございます。」

 私は勝った、と思った。

 父にも必然的に伝わった。しかし、父は断固として中絶を言った。私の話なんか無視して中絶を押し通した。

 今では、父に感謝している唯一のことだった。あのときは、父に勝ったと思う優越感に浸っていたために正常な判断が出来なかったからだ。

 中絶後、私は何を思ったのか、父に女として認めてもらえなかったと逆上して、父には隠れてお酒を飲み始めた。

 父の言う通り、子供にしては少し大人びた体であったために、店員を騙すのは難しくなかった。

 呑み開けているうちに、一人の男の人と話し始めて、そのとき過去最高に酔ってたから記憶はないが、気付いたら、私は路上で姦されていた。自分の喘ぎ声と、相手の喘ぎ声がわんわんと頭の中に響き、気が遠くなって行くのがわかった。

 酔いが醒めたときにはパトカーの中にいて、隣には冷たい目の婦人警官がいた。

 外では何やらもめ事があって、父の姿が見えた。

 「お前、ずっと一緒に仕事してきたのに!裏切ったか、このクソ野郎!俺の、娘に手を出したな!この!」 

 と車内にまで届くような大きい怒鳴り声が父から聞こえてきていた。相手の男も負けじと反論してるのが見えた。

 私は冷静になり、ことの重大さを悟った。中に精子がある、そう言われたとき全てが終わったと初めて思った。

 私は私のすべてを悟り、再び反省し、罰し、束縛し、自分を二度と立ち直れぬよう独房に葬り去った。

 私が悪いんだ。初めて思ったことに、強烈な後悔が押し寄せる。その場で、震え出して、泣き、恐怖のあまり失神した。

 その後、私の悪事は明るみになった。母が死んで一年まで、私は取り返しのつかないところまで来ていた。

 私は少年院へと入れられた。厚生の余地ありとされ、短い期間で済んだ。それでも、もう高校生活の三分の二は終わりを告げる。父は、階級を下ろされたと、後から聞いた。

 少年院を出たころには、周りの様子が変わっていた。父は住処を変え、アパートで暮らしていた。帰って来たとき、父は頬は窶れ、身体も細く、白髪が出ていた。とても、40代には見えなかった。

 「お、帰ったか。入れ、荷物、重かったろ?」

 昔の父の姿はそこには無かった。私は申し訳なくなり、涙を流した。

 「泣くなよ。」

 父は軽く言って、家に招き入れた。

 そのとき、父と、加えて申し訳なく思う母への、コンプレックスは最高に達した。

 それ以来、父は優しくしてもらったが、その優しさが余計拍車をかけ、現在に至るまで、父と言葉を交わせなくなってしまった。


 形容しがたい気持ちになって、隣の綾梅あやめを見た。

 非行少女がこうして、何かの興味を持ったことが奇跡のように感じた。

 「そう、なんだ。」

 口にしないでもわかる。どうしてか何か話せなければと状況が私を焦らせた。

 「無理に何か言わなくてもいいよ」

 怖いし、彼女は弱々しく呟いた。

 私は慰めるように言ったのか、それとも納得させるように言ったのか。

 「良かったじゃん。はっきり言えば、犯罪、犯してきたんだね。でも、それはあなたのSOSだったかもしれない。それを、こうして今、あなたが私に、誰かに、はっきり言える様になったのはすごく良い事だと。」

 私は思うけどね。逃げたように、言ったはずなのに綾梅は泣いていた。

 「初めてなの、こんな風に自分のこと言ったの。それに、真剣に耳傾けてくれた人、初めて」

 母親にも言えなかった。悔やんでいそうな声。人の目を考慮してか、派手には泣かなかったが、私の胸に飛び込んだ。

 服が温かく滲んだ。涙がくぐもった。

 不安定な子供の頭をそっと撫でてやることしか出来なかった。

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