七、つきがでるころ

 昼食を食べに出かけたついでに、チェックアウトした。どこに行く当てもなく、彷徨っている内に、お腹が空いてきた。食堂を見つけて滑り込んだ。

 「なんで、忘れていたんでしょうね」

 軽い口調で七椿なつが言った。お冷を煽りながら、なんでだろうね、と七椿の言葉を反芻した。

 頼んだ定食をお互い無言で食べ続け、残りも僅かというところで、この後カフェでもどうですか、提案された。

 軽い頷きと共に私は残りの味噌汁を啜った。彼女は食べ終わり、紙ナプキンで口を拭いていた。

 私も残った最後を口にしながら、紙ナプキンで口を吹いた。水を飲み、喉に流し込む。

 「出よっか」

 私が腰を浮かせたと同時に、七椿も腰を浮かせた。財布を取り出し、レジへ向かおうとした。

 「あ、私が払うよ。」

 「え、そんな。申し訳ないですよ。」

 「昨日、私の方が申し訳ないことしたし、そのお礼ってことで」 

 そうですか?ごちそうさまでした。と彼女は、先に表に出て行った。

 会計を済ませ、表に出る。空には高く登っている太陽。何故か、今日は暑い。

 近くのカフェを探し歩き、見つけたときには2人とも疲れていた。暑さに体力が奪われ、喉が砂漠化していた。

 水を飲む頃には、体温も落ち着いたように感じた。

 持ってこられたコーヒーを目の前に、私は口を開いた。

 「じゃ、さっきの話の続きね。」

 七椿は頷きながら、汗の掻いた頬にコーヒーを含んだ。

 店内には、昼の情報番組の微かな音が、ブラウン管テレビから聞こえて来る。


 「だから、こういうデザインになったの。」

 私の言葉をノートに記していく途中、綾梅あやめの細かなアイコンタクトに安心感がある。ちゃんと聞いてくれているという意識が働き、教えることが楽しくなっていた。

 「女子高生の相手、行ってきます」と言えば、「楽しそうだな。」「なんか、笑顔だな」と同僚たちに言われた。自然と顔が緩んでいたかもしれない。

 私を女子高生の適任と言った部長と言えば、「良かった。仕事で暗い顔してたから」と言った。

 心のどこかで、仕事に対して嫌な印象を持っていたかもしれない。それも綾梅のおかげで仕事にメリハリが付いて、嫌な気分は無くなってることに気付く。

 「へー。そうなんだ。なんか、歴史とかいらんねーよとか、知らねーよって思ってたけど、案外大切なんだね」

 「そう。歴史知らないと、やっていいこと、やられたこと、まだされてないことがわからないからね」

 確かに、と綾梅は頷いた。

 「じゃ、日本史とかと並行してやったら、もっと面白いってことかな?」

 「そうかもね、綾梅ちゃんが気になってる、警察官の制服のデザインやエンブレムについて深く知れるかもね。」

 綾梅は好奇心が滲んだ笑顔をするとともに、複雑な笑顔を作った。

 彼女は教えてる際中、警察官に関して変な関心を示していた。変と言うのは、自分では気になってるのに、人には聞いてほしくないような。それを考えてる内に複雑に思い、尋ねるのが戸惑われた。カケルが一瞬フラッシュバックした。

 「ねぇ」

 綾梅はコーラをストローで吸って、自分を落ち着かせているようだった。

 「ん?」

 「どうして、聞かないの?」

 「何を?」

 「ずっと、変でしょ?毎回、警察について変に聞いてるし。本当は何か言いたいんでしょ?」

 憐れんでほしいのか、自分を。私は、子供を前に冷酷になってしまう。

 ここ一週間ちょっと、彼女は妙に警察官の制服というものに触れていた。あえて口には出していないが、違和感は否めない。

 「どうして?警察官のこと執拗に聞くの?」

 いざ、聞いてみると目に見える様に、顔を歪ませた。

 「…やっぱり、無理だわ。友達にも、言わせるように仕向けたことあったけど、やっぱり、いざ言われると…無理」

 身勝手にそう言った。

 事情を知らなければ、根本が始まらないが、コンプレックスかプライドか。それとも、その優しさが怖いのか分からないが、彼女の中の何かがほじくり返されるのを嫌がっているようだ。

 「誰だってそうだ。」

 思ったことを口走ってしまった。我に帰り、ストローに口をつけてごまかした。ちらっと彼女を窺えば、きょとんとした子供の顔があった。女子高生で大人の入り口と揶揄される年齢でも、精神的にも社会的にも、やはり未熟な子供だった。

 諭すように、ごまかすように言う。

 「そんなの、皆そうじゃない?その仲の良い?友達だって、誰にも言えないことの一つや二つぐらい持ってるよ。」

 届いただろうか。また口にストローがつく。必死に何かをごまかしている自分がいた。

 ごしごしと目を拭い、ふっと息を漏らす。

 「笹咲さささきさん、優しんだね。」

 初めて言われた気がした。かつての学校、今の職場、カケルでさえ、私にそう言わなかった。

 「そうかな…わかんない」

 照れをごまかしながらグラスに手を伸ばすと、グラスが勝手に動いた。

 「もう、人がこんなになってしゃべってるのに」

 と彼女は入ってるオレンジジュースを全部飲み切った。

 「え、何してんの。」

 笑みを作り、綾梅は言った。

 「完全に、笹咲さんを信用した。」

 時々訳がわからなくなる娘であった。教えている間、変に理解するところがあるし、時に真理をついた質問を投げかけ、答えれなかったら小馬鹿にするし。よく、わからない。

 「笹咲さん、なら全部話していいと思った。」

 彼女は息を整えて、緊張する様に喉を動かした。

 「私の黒い全部、しゃべっていい?」

 そんなに抱えていたのか、今の子供はそんなに黒いのか。kとか疑問に思いつつ、曖昧に首を縦に振って見せた。

 「ありがとう。暗くなるけど、ごめんね」

 そう前置きし、夕方に差し掛かる頃、彼女の黒い花が咲き始める。

 

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