五、回想

 起きてすぐ違和感は如実に表れた。

 うろうろと部屋を歩き回っている間、泣きはらした七椿なつが目を覚ました。

 「おはよう、なっちゃん。ごめんね、昨日は。」

 七椿は起き掛けの割にきまりの悪そうな顔でうつむく。

 「すみません。あんなこと言ってしまって。」

 七椿の肩に置いて、大丈夫よと声を掛けた。安心したのか、あくびが出た。

 「ちょっと横になっていいですか」

 頷くと、七椿は昨日のベッドに横になった。

 私はおなかがすいたので、近くのコンビニへと足を向けた。

 行道、帰り道、朝の違和感について考えを巡らせたのだが、期待していた答えは得られなかった。

 適当に買ったおにぎりにありついている間、テレビを控えめな音で流していた。

 毎日、代わり映えもしない情報番組の内容を流していると、昼のニュースへ。

 一人の女子高生が行方不明になったと報道していた。

 七椿の妹、カケル、そしてこの女の子。生きているうちに続けて周りで行方不明者が出ていることに、妙な因果を感じた。同時、カケルを思う気持ちはいびつな傷を抱えて心の中に存在していた。

 パリッと乾いた海苔の音と同時、放映されている行方不明の女の子の名前が目に入る。違和感の正体がわかった気がした。

 遠藤綾梅えんどうあやめ。聞き覚えのある名前を忘れていたことに憤りを感じた。

 遠藤と同じ苗字。偶然ではなかろう。

 彼女は一か月前から行方不明だと家族が話していた。報道されている内容に耳を疑った。あの男は一か月もの間、最愛の娘を放置していたらしい。警察であれば、自分でも調査は出来ないことも無いと思うが、自分の職業を通して、届を出すのこと重要性は本人が一番知って居た筈だ。

 ただの家出と思って油断したのか。

 ごそごそとシーツが擦った。七椿が体を起こして、ぼんやりとテレビを見た。行方不明ですか、と悲しそうに呟いた。蒼桜あおい、どこ行ったのよ。怒気混じりに掛布団に顔を埋めた。

 暗い雰囲気を醸すしかなかった。

 「遠藤、あの人と同じ苗字ですね」

 「だね。」

 そう力なく話す私は、次に移った彼女の顔を見て立ち上がった。

 この娘、見たことがある。

 テレビに寄って、まじまじと見れば見る程にあの期間のことが鮮明に思い出された。

 遠藤の娘と私は知り合いだった。

 「どうしたんですか?そんなにテレビに寄って、」

 七椿ははっきりした声で、どうやら目が覚めたらしい。ゆっくりと立ち上がり、私に寄ってくる。

 「私、この娘知ってる。」

 え?府抜けた、七椿の息を横に感じる。

 「この娘、急に居なくなったんだよ。」

 「急に居なくなった?どうゆうことですか?」

 まあやは私を椅子に促す。集中して思い出そうと、私は頭をフルスロットにする。

 「この娘は、家出で居なくなったわけじゃない。」

 「どういうことです?一から説明してください」

 心当たりのある方はこちらまで。

 音声が流れたとき、私は回想を始めた。


 「笹咲、お前ちょっと、下言って来い。」

 部長の言葉に疑問を感じた。

 「どうしてですか。」

 机を挟んで私は少し声を荒げた。

 「まぁ、そんな怒んな。下に女子高生がデザインについて教えろってうるさいんだよ。」

 「だったら、追い返したらいいじゃないですか。」

 「そうも、行かなくてね。」

 2週間だ。部長は呆れ半分、驚き半分、そして尊敬の念が少しの目をした。言わんとしていることはわかる。大した粘りだ、と。しかし、私はまだ入社して時を経てない。教えるとか以前に、早く仕事を覚えてしまいたかった。

 一度を受けてしまえば、本人が納得するまで続くだろう。

 「なんで、私なんですか。他にいるじゃありませんか、教えるの相応しい…」

 「お前が適任だ。だから、言って来い」

 投げやりに割り込んで、部長は私を黙らせた。この会社で何か起きたら、便乗してパワハラで訴えてやる。睨んで私は、はいと言った。

 デスクに戻り、デザインに関する本、筆箱、そして小さなノートを持って部屋を出た。

 「ああ、もう最悪…!」

 エレベーターに向かう途中の廊下で、叫びたくなった。

 イライラしてエレベーターに乗り込み、そのままの怒りでボタンを押す。静かに、扉は閉まった。

 「担当のものがまいりますので、もう少々お待ち…」

 「ねぇ、また、追い返すんでしょ」

 ロビーに響き渡る、甲高い声の女子高生は、スタッフに喧嘩腰になっている。スタッフは笑顔でなだめているが、内心このガキ、と思っているに違いない。

 「すみません。もう大丈夫ですので、お話はゆくっり聞きますので。」

 と女子高生の肩をぎゅっと持ち、笑顔でスタッフから引きはがす。

 「離して!私は、デザインの話が…!」

 「幾らでも答えるから、そのうるさい口を閉じて!」

 耳元で囁く。しばらく、暴れたがようやく誰だかわかったのか、素直に従った。

 「ちゃんと、歩くから。」

 手で払いのけられて、初めて彼女を直視した。

 女子高生特有の制服に権威を感じるが、いかんせん、子供であるために幾分はおとなしく見えた。しかし、メイクは施してあるし、スカートの丈も短くなっている。極め付けには、厚底のスニーカーを履いていた。

 見て目だけで判断すれば、到底人の言葉に耳を傾けてはくれそうにない。私は、溜息をついた。

 「何、おばさん。溜め息ついてんの。」

 ああ、おばさんと呼ばれるほど、私老けて見えるかな。と悲しくなっているのもつかの間、話は次に進んでいた。

 「おばさん誰?さっき、出てきていくらでも話してくれるって言ってたけど。」

 横できゃっきゃしている女子高生に、冷ややかな目線を送り、私はこんな面倒な子供を見なきゃならないのか、と部長を呪った。

 「うわっ、何その嫌な顔。いかにも、って感じじゃん。」

 察してくれたのはありがたいが、察するところを他にも向けてほしいと思った。

 「何、聞きたいの。」

 重すぎる口を開いたら、即座に噛みついて、デザインのこと!と声を上げる。

 「簡単に言うけど、目的は?デザイナーにでもなりたいの?」

 彼女は迷った仕草をした挙句、知りたいからとか、興味あるとか、何とか言って私の耳を痛くした。

 好奇心は褒めるが、仕事している人の労苦を少しでも知ってほしかった。

 「先生の方が、詳しいんじゃないの?」

 「先生に聞いたら、嫌な顔して、お前にはわからない。て言われた」

 先生の言動で彼女が、日頃どんな態度で過ごしているか、目に見えた。それじゃ、誰も教えてはくれないだろう。

 「あ、そう。先生も大変だな…」

 小声で言ったつもりが、聞きとられていた。

 じっと見つめてくる目は、何処か寂しそうで、またか、と言っていた。

 「ごめんね。悪意は無いのよ。只、あなたはわからないかもしれないけどね、私まだ入りたてなの。だから、教えられることあるか心配で、その」

 とそれなりにごまかしていたら、顔はそのままに私に吐き捨てた。

 「本持ってるし、大学出てるじゃん」

 私は耳を塞ぎたかった。絶対に逃がしてくれそうになかった。

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