四、不調

 7時待ち合わせに10分早く着いた。

 七椿が美味しいそうなお店を見つけたと連絡が入った。遠藤が訪れてから三週間も経ったらしいが、生憎プロジェクトで忙しかった。とは言っても、納入よりも早く出来て、部下は早めの休養に入った。

 七椿との食事はこの三週間でもう、四回もしていた。今までこんな頻繁に約束する子じゃなかったから、内心驚いていた。

 「羽奈さん。早いですね。」

 いつもの、ブラウスが少し高そうに見えた。

 「なんか、雰囲気違うね。濃紺もブラウスだと、大人ぽいね」

 そうですか?と照れている彼女にカケルを重ねていた。

 あーあ、なんか寂しいな。早く帰ってこないかな。

 それにつけこまれ、デートで服を買ったときのカケルを思い出した。


 『はなちゃん。デザイナーなのに服のこだわりはなし?』

 『うん。なんで?いや?彼女が可愛くないと』

 『いや、そういう難しい話はわからないけどさ…やっぱり、美しい人には、美しくいて欲しいなぁ。じゃないと、その造形がもったいないよ。』

 など、話の半分は訳のわからことを言ってたけ。最終、カケルに選んでもらったんだけ。あれ、また着たいなぁ。カケルの前で。


 甘い蜜に溺れているが、七椿の声で現実へと引き戻される。

 「また、上の空だ。大丈夫ですか?本当に?」

 さぁ、どうだろう?投げやりに行ってみたかった。

 「大丈夫だよ。ほら行こう。」

 「さっきから、羽奈さんに行こうと言ってたの私なんですけど」

 「はて?何のことやら」

 「あ〜性悪な人」

 意地悪して先に待ち合わせのビルに入ると、続いてまあやも入ってきた。


 店内は高級そうな雰囲気で、テーブルクロスが嫌に清潔であった。所構わず首を振り続けると、まあやが微笑した。

 「こんなところ、よく予約取れたね。」

 「ぎりぎりでしたけどね」

 お会計はご自分で払ってくださいね。今までは私の分まで払ってくれていたが、さすがの価格に了承せざる負えない。

 「お金大丈夫でしたか?」

 「カードあるから、大丈夫だと思う。」

 事前に言ってくれればそれなりの額を下ろしたのに。しかし、これも七椿の好意と受け取れば、腹を立てずに済んだ。

 頼んだ料理がくると、うわーとか小声で言っていたが、ナイフとフォークを持てばお互い無言で口へと放り込む。

 「あの、羽奈さん。少し、ご相談が」

 半分に差し掛かったところを、見計らってか、彼女は手を止めた。

 「相談?何」

 七椿は両手に持っていたものを置き、紙ナフキンで丁寧に口を拭いてから語り始めた。

 「カケルさん、行方不明なんですよね」

 「そう、だけど?」

 また、寂しさが募った。カケル、今どこに居るの。

 「実は、その…」

 彼女は一旦、水を飲んでから呼吸を落ち着かせた。華奢な手が胸に被さる。

 「実は、私の妹も行方不明なんです…」

 眉間に皺を寄せる違和感があった。

 「いつから。」

 「丁度、カケルさんが居なくなってからなんです…」

 息が詰まる程の絶望感が私の身体中を駆け巡った。

 遠藤の娘同様、七椿の妹もまた、行方不明になっている。しかも、そこにカケルの尻尾が見え隠れしているようにも思われる。不幸なことを思いたくはないが、あのカケルだ、何を仕出かすかは予想がつく。

 息が詰まるのを堪えながらも、口をパクパクさせるが声に出ない。

 「大丈夫ですか。そんな、カケルさんのことを疑っているわけじゃ」

 わかってる。誰でもそう言いたくなるし、そう思ってしまいたいものだ。一層のこと、早く帰ってきてくれるなら、少女を誘拐した罪で捕まってほしい。もう一人の私も自己を保つのに必死だ。

 「カ、カケルさんの行方不明と、妹の行方不明との共通点はまだありませんよ。たまたま、だってことも」

 押し黙って、やっと口を開ける頃には、私は不幸をまとっていた。

 「どうだろうね。だって、あのカケルだよ?もう、そうなってもいいんじゃないかな…?」

 壊れかけた心は、今まで強がっていたことを象徴付けた。結局私は、カケルが居なと自分すらも支えられない人間なんだ。

 涙を堪えることが呼吸になっていたころ、私はまあやの腕に引かれ、食べかけの料理を残したまま店を出た。

 急ぎ、近くのホテルをとってベッドに入れてもらったことは記憶している。夢の中、何度もカケルが出て来るのに、声は七椿だった。

 「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで。」

 これを永遠と繰り返しながら、七椿の声を持ったカケルが離れていく。

 「カケル!行かないで!」

 カケルの腕を掴むと、カケルは優しい笑顔でこちらを向いた。

 「大丈夫だって。はなちゃん、そう遠くに言ってないよ。」

 嘘つき!この嘘つき!

 私は腕を大きく振り上げ、カオルの頬を思いっきり叩いた。

 瞬間、紙屑の如くカケルの頬は分散した。

 へ?

 「心外だな、はなちゃん。冷静になれよ。注目するのはその女の妹ちゃんだけなのかい?」

 酷く低い声が鼓膜に響く。段々と、太鼓のような音になり、海へ沈んだ。

 脆い感覚が私を支配する。カケルの言葉が反芻される。

 眠気と闘いながら、ない頭で考える。今は無理、寝よう。それが、結論だった。

 鳴き声が聞こえる。海が揺れる、女の声。七椿の声。自然と身体が浮く。太陽が空に揺れている。

 海面に顔を出したとき、半身が起き上がった私に戻った。酷く汗をかいている。

 カーテンから朝日がこぼれ出ていた。

 横では、一晩中泣いて疲れたであろう七椿。目が赤く盛り上がっている。


 



 

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