鷹橋カケルの場合

十、結論

 帰ってきて早々に、はなちゃんに会いたいが警察に誘拐犯扱いされている。

 目の前の警察官は仕事だかろだろうが、大声を上げたり、机を叩いたりして僕を恐喝する。僕は無表情で反論していた。

 早く、はなちゃんに会わせてくれと。言っても一向に会わせてくれなければ、自分の家にも帰してくれない。

 僕は散々に呆れ、半ば恐喝を無視していた。

 うんざりすること一日、二日経てば、僕がずっと映していたカメラの解析が終わったらしい。濃紺の作業服を着た男が大量のメモリーを汚らわしいようにビニールの袋に入れて持ってきた。

 聴取の様子を描きこんでいたパソコンにメモリは入れられる。一緒に見ろ、と言わんばかりに、画面をこちらに向けた。

 向けられても困る。こっちはその映像の中の張本人だ。大体、一緒にいた女の子を襲ったりするわけがない。興奮してペニスをいれるのも、そもそも興奮すら、勃起すらしない。例え誘われとしても、こちらから願い下げだった。現にそうしている。

 あの女の子、旅に巻き込んだ張本人、今は安静にしているが、旅の目的に集中しており、男を姦してやろうとは頭の片隅にも無かった風に見えた。目的を達した彼女の姿と言えば、全身に力はなくなって帰り道をお姉ちゃんと呟きながら歩いていただけだ。そんな人間が終始人を襲えると思うか?馬鹿馬鹿しくなっていくところで、扉が開いた。

 泣き腫らしたのだろうか、目元が赤くなっていた。はなちゃんは前の警察官を抜け、僕に抱き着いた。

 彼女の背中に手を置くと、震えていた。肩が濡れていく感触に襲われる。

 「よかった…カケル、おかえり」

 終始嗚咽が混じっており、解読には困難だったが。どうやら、帰宅を歓迎されたらしい。彼女の心配した顔が浮かぶごとに、帰りたいな、と思っていたものだから、彼女に触れられてやっと帰って来たと感じる。

 後ろには、少し警戒した顔の女の人が。どことなく、あの女の子と、あの死体の女の子の顔に似ていた。

 「大丈夫だった?」

 「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ、はなちゃん。」

 ちょっと痩せたかい、と彼女の顔を覗けば、彼女の頬は少し陥没していた。

 「仕事、ごくろうさま。忙しかったんだね。」

 他にあるのは分かっているが、人様の手前そっと頭を撫でてごまかす。より一層、彼女は僕に顔を埋めた。

 「笹咲さん、戻りましょう。聴取の途中ですから、」

 婦人警察官は後ろにいる女の子の脇をすり抜け現れた。力ずくで彼女を剥がそうとするが、彼女はそうしない。

 「大丈夫、早く終わるから。」

 そう言って、僕は彼女の手を婦人警察官に渡した。心配そうな顔に向かって、笑顔を返した。はなちゃんが連れられていく後ろに、さっきの女の子は付いて行った。元の部屋の様子へと帰り、緊張の糸が張ったのがわかった。

 「再生するぞ」

 男はスライドパッドを操り、僕の無罪の証明を再生させた。

 

 僕は最近買ったカメラでその辺を撮影し回っていた。

 どうやって金を稼いだかははなちゃんには言っていない。言いそびれて、早半年。僕はネットで小説を投稿していた。

 見てくれる人が多くて、お金に還元出来るポイントは伸びに伸びて、ついには生活できる額までポイントが増えた。

 余ったお金で買ったカメラはてかっていて、形状が美しく陽を浴びている。僕はここぞとばかりに楽しい感情になった。

 家を基準に周辺の建物を最初は撮り始めた。執筆の時間もあり、合間を縫って撮っていくことしかできなかったが、丁度長編が終了を向かえて、ネタ探しと称して執筆を止め、気の済むところまで映像を撮ろうと決めた。

 解放感に浸りながら、行動範囲を広げ撮影に没頭していた。

 ある日、夕日が沈んでいく道の脇にある溝を撮影しながら、遠くまで来てしまった。隣町の近くで、所々田んぼと畑が広がっていた。

 これはいい風景だ、と思いながら、カメラを回していると廃屋を見つけた。

 入ろうと思い、許可をもろおうと住民を探した。安全なところまでなら、と許可を得た。

 早速乗り込むと、何年も人の出入りがないので埃が絨毯を作っていた。爽快感を覚えながら埃を蹴散らしていた。束の間の楽しみも飽き、奥へと進んでいく。

 人の介入がないので、自然は心地よく、無我夢中に生命を伸ばしている。

 上へ登っていく内に、雨ざらしなのかやけに鉄さびが目についた。いい味を出しておりカメラの目が惹きつけられた。

 鉄がコンクリートに当たる音がして、僕は身体が震えた。

 上から聞こえた。この階は壁が朽ちていて、僕以外の姿は見えない。ランダムに穴の開いた天井は上の階の気配を漂わせており、夕日が差すのが確認できた。光線が一瞬遮られ、人の気配を感じさせた。

 警戒しながら、上の階へと足を向けると、また、鉄が擦れる音がした。今度はシートを上げる音、パイプをどかす音。どうやら、人がいるらしく、熱心に何かを探しているように思われた。

 慎重に移動しながら、カメラの目を先に向ける。

 光線が左から入り、闇と光を対比させ、バロックの絵を連想させた。美しく光る者たちは全て、カラバッチョが描いたかのようだ。

 はっきりした廃屋の中に、一人髪を乱して顔が泥にまみれているのを気にしないで、そこらじゅうのものをひっくり返している女の子がいた。下でも、一部同じことがされていた。

 「なにしてるの?」

 忙しく働く背中に問いかけると、女の子は制止した。こちらに振り向き、少し弱い声で尋ねる。

 「誰?」

 こちらも伺いたいところだが、相手に警戒されては何をしているのかを聞き出せない危惧があった。僕から名乗ることにした。

 「僕は、鷹橋カケル《たかはしカケル》。鷹に橋に、カケルはカタカナ。君は?」

 カメラを向けられるのは嫌だろうと思い自然な形で、カメラを下げた。

 「私は、」

 パイプの落ちる音がして、身体が震えた。

 「わからない。」

 「は?わからない?」

 それなりに警戒しているということだろう。知らないおじさんに声を掛けられても付いて行っちゃ駄目!という感じに。

 「そう、わからないか。でも、探し物はちゃんと憶えているんだね。」

 核心を突いたつもりだったが、彼女は一切動じなかった。僕から眼を逸らして、悲しそうに呟いた。

 「そう、憶えているの。けど、けど、」

 頭を抱えて、うずくまった。唸っており、また泣いており、見つけられない焦燥感からか情緒不安定だった。

 繰り返し続いているので「大丈夫?」と声を掛けても応答はなく。安全のためにも、彼女が気が済むまで作業を見守っていようと、そこらへんに腰を下ろす。

 そっと、カメラを向けていても彼女の姿は変わりなく、すっと頭を抱えていた。追加して、頭を振ったりしていた。その内独り言を始め、ついに狂気じみてきた。

 「本当に、大丈夫?」

 大声で尋ねると、こちらに勢いよく顔を向けてきたが、その顔はさっき見た彼女の顔つきではなく、少し幼く見えた。

 「ここはどこ?」

 幼い声は、きょとんとしている顔から発せられた。

 収集のつかない状況に呑まれながら、口を開こうとしたが、また元の顔つきに戻った。比較すれば、こちらの方が幾分大人らしい顔つきだった。

 「ここは、わからない。けど、探したいものがあって」

 また、呟いて。顔を元に戻した。

 立ち上がって。こちらに走って来た彼女は、僕の腕をしっかり掴んで、こう言った。

 「あの、ここら辺に、死体ありますか」

 切実な願いと言うのは声色でわかったが、探し物があまりにも物騒で僕は見上げた彼女を凝視した。

 熱量がこもった力を感じながら、尋ねる。

 「君、大丈夫かい」

 先程から同じことしか言っていないのにも関わらず、状況はめまぐるしく変化しており、脳は対応に追われている。

 彼女の熱い視線は変わらずにいた。

 「ないね」

 一言だけそういうと、彼女は考える時間が空いた。しばらくして、再び口を開ける。

 「じゃ、一緒に探して」

 お願いされたら断れないが、探すものが物騒過ぎて、探すのに一苦労だろう。それに、子供が探すものにしては余りにも怪し過ぎた。

 「手伝ってあげたい気持ちはあるけど、そんなもの見つけたくて見つかるようなものじゃない。簡単に見つけたければ、僕を殺すことかな。」

 冗談まじりで言ったつもりが、日に油を注いだ。

 「それじゃ、駄目なの!違うの、女の」

 彼女は言い淀んだ。 

 少し考えて、僕はある決断を下す。

 見つかりそうもないけど、おもしろうそう。そんな単純な好奇心に駆られ、僕は彼女の言えない理由を尋ねることもせず、了承した。

 「いいの?あっちこっち行くけど」

 お金がかかるうえに、ほとんどが移動に費やすとのことだった。

 子供の探しているものがそんな価値のあるものとは到底思えない。

 自分探しなら、自分でいける範囲でやるだろう。

 人の手を借りてまで探すという程のものが、この世にあるとは思えない。ましてや、子供の考えていることなんて視野の狭い話で、もっと別の目的があってもおかしくない。

 大人を騙して、やらして、脅して、お金をとることも想像に難くない。むしろ、そちらの方がこのご時世の学生の姿には似合っていた。

 「身体、目的じゃないの?」

 廃屋を出る途中彼女の背中に尋ねる。

 動きを止め、こちらに翻してくる。

 「そういうのには興味ない。てか、キライ」

 彼女は影のある顔をした。少し、歪んで見える顔に嘘はなかった。

 「そういうあなたは、」

 と指を刺された。権力を振りかざすように、その爪はこちらに向いていた。

 「ヤる目的?」

 尋ね返されたが、生憎、はなちゃんの身体以外興味はない。首を横に振らせてもらった。

 「あ、そう。でも、無いとは言い切れないよね?」

 言われてみれば、証拠が無かったら彼女は訴えて勝つことが出来るかもしれない。口では興味が無い、とは誰でも言えることで証拠としては力はない。

 「だったら、」 

 とカメラを見せて、言った。

 「これで、記憶すればいい。ずっと、回し続けて証拠を創ればいい。」

 なるほど。関心したような目はすぐさま次の疑問に行く。

 「泊まったときの、トイレとかお風呂は?」

 「なら、途中でもう一個買って撮ればいい。」

 また、次の疑問へ。

 「バッテリーは?」

 「買えばいい」

 「お金は?」 

 「ある」

 あ、そう。呟いて歩き出す。

 「あ、でも、忘れ物がある。家に帰っていい?」

 彼女に追いついたら、どこで待ち合わせする?と人の船に乗る気満々だった。

 「一人で探すのが、本当に無理なのか。」

 改めて問うても、変わらずの答えがやって来た。

 「家の近くのコンビニまで一緒に行くから、そこに居て。」

 と一緒に歩き出す。

 はなちゃんへの連絡は、長引きそうだと思ったら入れようと考えた。どうせ、子供のことだ、飽きて家に帰る選択を早くに取るかもしれない、と思ったからだ。

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