第13話:下衆勇者
正直なところ、ファルは《災禍の魔剣》を甘く見ていた。
代償こそあれど、今まで味わってきた呪いと異なり苦痛を強いるものではない。
鍛練で力を制限している間も大人しく、心のどこかで手綱を握った気になっていた。
しかし、いざ諸悪の根源と対峙した瞬間、楽観は一瞬で崩れ去る。
「どういうことだ? 俺たちより先に潜ってたヤツがいただと?」
「そんな! 私たちが入るまで、確かに封鎖されてたはずなのに」
「この禍々しい邪悪の気配、まさかあの剣が……!?」
戦士、魔法使い、僧侶の三人がなにか口々に喚くが、そちらは目に入らない。
ファルの眼に映るのは一人だけ。実用性より見栄えに力の入った鎧を着込んだ、髪型が尖ったツンツン頭の男。完全に装備負けした、まるで鍛えられていないひ弱な体格。そのくせ表情は優越感に酔った笑みを絶やさない、勇者気取りの下衆野郎。
そうやってヘラヘラと嗤いながらこいつは、こいつは村を――!
頭蓋の奥深くで、灼熱の激痛が理性を引き裂く。
思考は真っ赤に塗り潰され、眼前の不快な命を砕くという衝動で心臓が沸騰した。
「てめえ、なん、べげぇ!?」
言おうとしたのは『なんで生きていやがる』か『なんでその魔剣を持っている』か。
どちらにせよ言い切るより先に、黒銀の左手が下衆勇者の顔を掴んだ。頭蓋骨が軋んで悲鳴を上げる握力で、声音を聞くだけでも不愉快な口を黙らせる。
部屋の端から端まであった距離が一瞬。全く反応が追いつかず呆けた顔の戦士たちを、「マスター!?」と呼びかけるミーナも置き去りにして、ファルは駆け出した。下衆勇者の頭を壁で削りながら、通路を走り抜ける。
「あがががががががが!」
「グル、アアアアアアアア!」
通路の先、そこはガラス張りの屋根が覆う庭園だったと思しき広い空間。
だった、と過去形なのは、無残に破壊されて一面焼け野原と化しているため。
十中八九、下衆勇者たちが派手に暴れて焼き払ったのだろう。憐れ真っ黒なボロ炭にされた草花からは、まだ微かに煙が立ち昇っている。
ファルは一回転から大きく振りかぶって、下衆勇者を投げ飛ばした。
一回、二回と景気よく地面をバウンドするが、腐っても勇者。三回目は身を捻って足から着地した。それでも減速できず、地面を削りながら後退。庭園中央の噴水に足を引っかけて、水の中に倒れ込んだ。
「ぺっ、ぺっ。この、くたっ、くたばり損ないの脇役がぁぁぁぁ!」
全身濡れネズミになった下衆勇者が、立ち上がりながら絶叫する。
ファルは既にその頭上に飛んで、頭をかち割るべく魔剣を振り下ろしていた。
しかし、下衆勇者の右腕が、まるで独自に意思を持っているかのような動きで抜剣。当人が気づいてもいないファルの攻撃を見事に受け止めた。
大方、間合いに入った攻撃に対して自動的に防御するスキルなのだろう。
そのまま二合、三合と斬り結ぶ。剣戟の余波で、宙を舞う葉が弾け飛んだ。
「グルアアアア!」
「この呪い臭いゴミ虫が! どうやったか知らねえが、伝説の魔剣を手に入れて調子に乗っちゃったかあ!? そんなんで《村人》と《勇者》の差が埋まるわけねえだろうが! もう一度、身の程を思い知らせてやるよ! 【スラッシュウェーブ】!」
剣の一振りから、斬撃がいくつにも分裂してファルに襲いかかる。連続して放てば、それこそ津波のごとく飛ぶ斬撃が押し寄せる【剣術】スキルの上位技だ。
しかし、今のファルからすれば遅すぎる。
「グルア!」
黒銀に侵食された両手で柄を握り、力任せに魔剣を振るう。
黒銀の暴風が、全ての斬撃を一薙ぎで叩き落とした。
「嘘だろ!? 俺の十八番が、ぶげぇ!?」
大振りの勢いのまま身を捻り、繰り出した蹴りが下衆勇者の顔面を潰す。
宙で綺麗に一回転して地を這う下衆勇者。自分の顔から滴る赤い液体に気づくと、わなわなと全身を震わせた。
「血? 血!? 俺が鼻血だと!? ふざけんな! 無様に鼻血垂れ流して這いつくばるのは、てめえらゴミの役目だろうがよおおおお! 【ドラゴン・ライトニング】!」
立ち上がり、掲げた右手から雷が迸る。
雷は細長い体に角と足が生えた、竜らしき輪郭を形作ってファルに飛びかかった。
轟く雷鳴。咲き乱れる閃光。下衆勇者が轟音にも負けない大声で高笑いする。
「ヒャハハハハ! どうだ、《勇者》にしか操れない竜の雷は!? チャチな雷属性魔法とは桁が違うだろ! 引き立て役の分際で勇者様に逆らうからこうなる……あ?」
しかし、雷はすぐに治まった。黒銀の魔剣に吸い取られることで。
ファルが【捕食吸収】で喰い尽くしたのだ。
「温い。こんなミミズの成り損ないが竜だと? 竜を騙るなら、せめてこれくらいはやれ。――【雷竜王の剣鬼雨】」
ファルの全身から解き放たれる、下衆勇者とは比べものにならない規模の雷。
明確に竜の姿を象った雷は天井近くで解ける。一瞬の静寂の後、剣の形をした雷雨が降り注ぐ。庭園全域を呑み込む物量に、避ける隙間などどこにもない。
「うわああああ!? 【キャッスルウォール】! 【ギガシールド】! 【雷竜の鱗】! 【精霊の守護結界】! ひ、ひぃぃぃぃ!」
下衆勇者はありったけの防御系スキルを展開し、頭を抱えて蹲った。
何重にも張られた防御は、降り注ぐ雷剣の雨に砕かれながら、かろうじて使い手の身を守り切る。しかし遮断し切れなかった熱に炙られ、軽度ながら全身火傷を負った。
初体験の恐怖だったと見える。股間を濡らし、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、下衆勇者はなおも口だけは気丈に悪態を吐く。
「ちくしょう、ちくしょう。なにかの間違いだ、こんなの! 勇者の俺が、魔剣の力に溺れたゴミ以下に、脇役の村人なんかに……」
「貴様は一つ、勘違いをしている」
確かに自分は魔剣の力に頼っているだけ、未だ魔剣の乗り物に過ぎないだろう。
しかしファルが脇役だろうがなんだろうが、それでこの下衆でクソッタレな《勇者》ごときと《災禍の魔剣》の間にある差が埋まるものか。
「貴様の前に立ちはだかっているのは、魔剣の力に溺れた村人じゃない。持ち主を得て復活を遂げた、最強最悪の魔剣だ」
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