第5話:白銀の少女ミーナ


 しばらく間抜けな顔で謎の少女に見惚れていたファルだが、次第に疑念が湧く。

 白銀の乙女は、項垂れたままピクリとも動かないのだ。

 まるで、死んでいるかのように。


「…………!?」


 冷静さを取り戻し、近づきながら【神眼】で観察するに連れてファルは息を呑んだ。

 まず、少女は人間ではなかった。


 右腕が千切れて地面に落ちており、その断面から除くのは、金属とも水晶ともつかない材質の骨格と筋肉。よくよく視れば全身傷だらけだが、深い傷の下に同様の特徴が確認できて、負傷者よりも摩耗した道具や機械を彷彿させる。


「ゴーレム? マリオネット? いや、でもこんな人間と見分けがつかないほど精巧なもの、ありえるのか?」


 親から読み書きと簡単な計算しか習っていないファルだが、家には村人に奪われぬよう地下に隠された、秘密の書庫があった。そこの蔵書を読み漁って得た知識の限り、これほど美しい人形を生み出す技術が現代にあるとは到底思えない。


 そこで、ファルは思い至る。現代では不可能でも、古代なら?


 古代文明には、現代では想像もつかないほど高度に発達した機械技術があり、機械仕掛けでなんでもできたとか。地下迷宮というどんな【建築】スキルでも真似できない規模の建造物や、スキルもなしに転移を可能とする《帰還装置》もその一つ。

 つまりこの少女も、古代文明の産物なのだろうか?


 頭を捻ったところで疑問に答えてくれる者はいない、はずだった。


「――その、剣は」

「な」


 ギギギ、と錆び付いたような音を立てて少女の首が回り、目と目が合う。

 表面上こそ絶句するだけで済んだファルだが、内心では「うっぴょああああ!?」とか情けない悲鳴を上げていた。うっかり口から魂が飛び出しかねない程度には驚いた。


 戦っている間もそうだったが、今のファルは【智慧】によって精神に一定の抑制がかかっている。恐怖や痛みは感じるものの、それに精神や肉体が動じない状態。

 そのおかげで今も、まさに絶世と呼ぶべき美少女を前に醜態を晒さずに済んだ。


 腰に届く長さの銀髪は、人工の月明かりを受けて星を散らすように輝く。華奢な肢体は現代の如何なる芸術家も匙を投げるであろう、完璧にして再現不可能なバランスを保持していた。顔立ちもまた人間離れした整い方で、特に鈍い銀色の瞳は宝石すら霞む。


 しかし、同時に悪寒を禁じ得ないのは、痛々しく傷ついた姿だけが理由ではない。


 少女の硬質な美しさには、なんとも言えぬ不吉さと恐ろしさが内包されているのだ。異性を魅了するためでなく、これから死にゆく者に対するせめてもの餞別にも似た。


「そうです、か。ついに、その剣を継ぐ、者が、現れたのです、ね」


 途切れがちな少女の言葉で、ファルは今更ながら、彼女の傍らにある台座の存在に気づいた。丁度、ファルが持つ黒銀の魔剣が刺さりそうな台座だ。

 どうやら《災禍の魔剣》はここに封じられ、少女がそれを守ってきたらしい。


「お前は、一体」

「私のこと、は。【鑑定】を使った方が、早いでしょ、う」


 そういえば、【鑑定】は人に対しても有効だったか。

 いや、この少女の場合、【鑑定】は「人」と「物」のどちらと見なすのか?


 どうでもいい疑問を抱きつつ、ファルは【鑑定】を使用。

 そしてその結果で、自分が少女に覚えた悪寒の意味を知る。


《ターミネーター型番三七五六四》

〔古代文明が開発した人型兵器《ターミネーター》シリーズの一機。敵地に潜入してからの大量破壊・殺戮を目的とする〕


 人の形をした、破壊と殺戮のための兵器。

 ファルの中で少女に対する印象が、マイナス方向へ反転しそうになる。

 ――あたかも、それに異議を唱えるかのごとく。脳裏に表示される追記。


〔また、当機には先代魔剣所持者《ガゼフ》から個体名《ミーナ》が与えられている〕


「ミー、ナ?」

「……っ。ええ、ええ。それが私の、名前。お父様が下さった、大切な名前」


 その響きを抱きしめるように、ミーナは聞いていて切なくなる声で呟く。

 表情は変化に乏しく、しかし心ない人形には決してできない顔をして。


 それを目にしたファルの頭に、雷に打たれたような衝撃と共に流れ込んでくる、覚えのない光景・会話・感情。これはファルでない、誰かの記憶? そういえば【智慧】の解説で、魔剣には歴代所持者の記憶と思念の断片が焼き付いているとあったか。

 そしてファルの先代に当たるガゼフという人物が、ミーナの名付け親だという。


 詳しく尋ねようと思った、そのときだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と部屋全体が地響きを立てて震え出す。


「いけ、ない。《賢者》が、地下迷宮のシステムに、細工して生み出した、《ガーディアン》が。魔剣を手にしたばかりの、あなたでは」

「なにが出てくるか知らないが、この魔剣さえあれば――」

「ガーディアンには、スキルを封じる、妨害音波、が」

「え?」


 思わず呆けた声を漏らした直後、部屋の壁が大きく膨れ上がった。


 亀裂を内側から突き破り、まさしく地下迷宮から『産み落とされた』のは、五メートルはあろう背丈の巨人。迷宮の壁と同じ、【鑑定】によれば《精霊天鋼》なる金属で造られた巨大な騎士鎧だ。


 ミーナが《ガーディアン》と呼んだその巨人が、口もないのに叫びを上げる。

 彼女の言う通り、鼓膜を引っ掻く不快な音に合わせて、体中に満ち溢れていた全能感が嘘のように消え去った。


 ブワリと脂汗が全身から流れ、止まらない震えで奥歯がカチカチと音を鳴らす。

【智慧】による精神抑制までが停止し、恐怖心がファルの首根っこを掴んだのだ。


「逃げてっ。部屋から出て、距離が開けば。あなた一人だけなら、まだ間に合う」

「逃げる、だと?」


 言われるまでもなく走り出しそうだった足が、ミーナの言葉で止まる。


 逃げ場どころか、今までどこにも向かえず、あの村で燻ってきた。納得いかないこと、許せないことがあっても、見て見ぬフリしかできない自分が嫌で嫌で堪らなくて。


 魔剣という力を得てなお、同じ無様を繰り返すというのか?


「冗談じゃないぞ……! 俺はもう、女の子一人も助けられず見捨てるような、惨めな弱い自分には戻らない! かかって来いよ、このデカブツがあ!」


 怒りで恐怖心を塗り潰しながら、見上げるほどの巨人相手に啖呵を切る。

 足の震えを誤魔化すように、ファルは大きく一歩を踏み出した。


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