第6話:ガーディアン


 借り物の力に溺れた者など、英雄譚では大抵ロクな死に方をしない。

 あたかも、今まで好き放題に暴れたツケを支払うかのごとく。ファルもまた例に漏れない末路を辿ろうとしていた。


「【ブレイズ・キャノン】! 【メガスラッシュ】! っ、うああああ!」


 炎の砲撃と巨大化した斬撃で、襲いかかる鉄球を破壊。なお降り注ぐ鉄の礫から、悲鳴を上げて逃げ回る。【再生復元】が健在で多少の傷はすぐ治るとわかっていても、礫が皮膚を裂く度に痛みと恐怖で足が止まりそうになった。


 そこへ追い打ちをかけるように、視界の端から地面を削って迫る巨人の拳。


「【メガウォール】! 【メガウォール】! う、ぐああああ!」


 防御魔法を二重に張るが、魔力の障壁は呆気なく壊されて直撃を喰らった。

 瞼の裏で火花が散り、平衡感覚を撹拌され、地面に叩きつけられる。


「く、そおおおお」


 上げて落とすとはこのことか。一時の英雄気分からの転落で、惨めさと情けなさのあまり涙が堪え切れずファルの顔を濡らす。それでも魔剣がなければ、ファルはとっくにペシャンコに潰されているところだった。


 幸い数が多すぎるせいか、全てのスキルが封じられたわけではない。

 特に身体強化系統のスキルは健在で、そのおかげでなんとか命を繋いでいるような状態だ。しかしガーディアンを破壊できそうな攻撃系統のスキルは全滅。魔法も中級レベルの技しか出せず、ガーディアンの攻撃から身を守るので精一杯だ。


 なにより、【衆愚の智慧】が機能不全に陥ったのが致命的だった。

【智慧】の補助なしでは、どのスキルを使えばいいのかもファルには判断できない。

 魔剣に宿る膨大なスキルを使いこなすには、ファルはあまりに未熟が過ぎた。


『ピロロロロ』


 鳴き声にしては奇怪な音を発しながら、ガーディアンが騎士兜に納まった一つ目でこちらを見下ろしてくる。否、見下している。ミーナと違い、人間味など欠片もない正真正銘の操り人形。しかしその視線だけは、雄弁に嘲りの色を含んでいた。


 現に、ガーディアンは明らかに手を抜いている。いつでもファルを挽き肉に変えられる武装の質量と物量を見せつけながら、甘い照準で嬲り殺しにする意図が透けて見えた。


 これが製作者の意向だとすれば、《賢者》とやらは相当なクソッタレなのだろう。


「ふぐっ、うう、ぐうううう」


 どうする。逃げたい。どうすればいい。死にたくない。せめて彼女だけでも。

 精神抑制を失った思考は混乱する一方で、なんの打開策も定まらない。

 ファルの無様を愉しむように、ゆっくりとガーディアンが歩を進める。


 ――ガキン! と。鈍く大きな金属音と共に、その後頭部が揺れた。


「逃げて、ください。どうか、その魔剣を地上に、日の当たる場所に連れて行って」


 ファルが一方的に嬲られながらも、ガーディアンから引き離した花園。

 そこで蹲ったまま動けないミーナの青白い手に、古代文明の武器《銃》が握られていた。ガーディアンの注意を引くべく、無謀な攻撃をしたのだ。


 ガーディアンが嘲るように一つ目を細め、鈍重な巨体が踵を返す。

 念入りに花園を踏み荒らしながら、ミーナに近づいていく。


 ファルは追いかけようとするも、足がもつれて転んだ。肉体的なダメージではない。すっかり心が折れて、恐怖で足が竦んでいるのだ。


「よ、せ。やめ、ろ」

「私のことは、いいのです。私は所詮、人殺しの道具。人のフリをした機械に過ぎません。大昔に誰からも忘れ去られた人形が、壊れるだけのこと、ですから」


 悲しい顔で、ミーナは笑う。

 大切に大切に抱えてきた希望を押し殺す、優しくて悲しい笑顔だった。

 呪われた土地で苦渋を舐めた日々でも感じたことのない、強烈な痛みが胸を襲う。


「駄目だ。そんなの、駄目だ」


 彼女に、ミーナにあんな悲しい顔をさせてはいけない。

 魔剣を通じて《ガゼフ》の記憶を垣間見たファルは、もう知っているのだ。

 彼女がもう人形ではなく、父との旅路を経て人の心を得た、一人の女の子だと。


「お前は、確かに人殺しの道具として生まれたのかもしれない。だけど優しい親父さんに出会って一緒に旅をして、そこらのクソッタレより余程人間らしい心を手に入れて。まだ見たことのない景色をたくさん見たいって夢を持って、それなのに……!」


 そして、いつの間にかファルの意識には、ミーナ自身の記憶までが流れ込んでいる。

 おそらくだが、この部屋全体に焼き付いた彼女の残留思念を魔剣が読み取ったのだ。


 だから、ファルは知っている。

 ミーナが父ガゼフの亡き後、魔剣を墓標として魔物から守り続けてきたこと。

 壊れて放棄した武装に植物が根付き、父の慰めになればと懸命に育てたこと。

 少しずつ壊れていく体に、父との最後の約束は果たせまいと涙したこと。


「お前の人生はこれからじゃないか。まだなにも始まってないじゃないか。こんな暗い地の底に閉じ込められても腐らないで、親父さんの墓を守り続けた。そんな優しくて頑張り屋な女の子の人生が、こんな寂しいまま終わっていいはずがあるかよ!」


 そんなこと認めない。許さない。

 こんな報われない、お涙頂戴の悲劇なんか大嫌いだ。

 ミーナには、笑顔のハッピーエンドこそが相応しい。


「親父さんも、最期までお前の幸せを願っていたんだ。地上で、日の当たる場所で、お前にずっと笑顔でいて欲しいって。親が大嫌いな俺には、父と娘の絆なんてよくわからない。だけど、それが尊いものだって、お前らが報われるべきだってことは俺にもわかる!」


 ――今まで守るべき人も、守りたい誰かも、守るための力さえ俺にはなかった。

 ――でも、今は違う。守るべき人は目の前に、守るための力がこの手に。

 ――だから今こそ、今度こそ、俺は立ち上がらなければならない!

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