第7話:未来を切り拓く災禍
「グルオオ……!」
一度は心折れたファルを立ち上がらせたのは、ファル一人の怒りではなかった。
魔剣に焼き付いた、ミーナの父ガゼフの憤怒。娘を奈落の底に残して力尽きた親の無念が、ファルの憤りと共鳴しているのだ。
ガゼフだけではない。魔剣の歴代所持者は、誰もがファルと同じ「持たざる者」だった。嘲られ、蔑まれ、己が非力を呪い続けた弱者にして敗者。空っぽのまま死にたくない、成すべきことを成し遂げないまま死ねないと、死してなお魔剣に刻まれた怨念たち。
その怒りを、憎しみを、悔しさを、苦しみを、痛みをファルも知っている。
だから魂を蝕んでいく呪詛を、負の想念を、ファルは拒まない。
怒りと憎しみの濁流に身を任せ、一体となる。
「グルアアアアアアアア!」
吼えた。束ねた魂の奮えが、獣の雄叫びを上げた。
轟く憤怒の雷鳴は、ガーディアンの全身が発し続けていた妨害音波をかき消す。
『ピロ。ピロロロ。ピロロ、ピピロ、ピピピピ』
首を百八十度回してこちらを振り返るガーディアン。
不規則に乱れる機械音声は、あたかも動揺を表すかのようだった。
――妨害音波を、同じ波長の音で相殺するのは理屈に適っている。
しかし前提として、スキルを封じられたファルにはその術がないはず。
少なくとも《賢者》から入力された情報の全てが「ありえない」と告げていた。
アリエナイアリエナイと、人造の知能はエラーという混乱を繰り返す。
それはファルが態勢を立て直すのに十分すぎる隙だ。
「グルアアアア!」
一度スキルが使用できれば、【音魔法】で妨害音波は完全に無力化できる。ファルが《ダークストーム・レイダー》にやられたのと要領は同じだ。
ありったけの【身体強化】系統のスキルを全開にし、ファルは跳躍。
距離も高さの差も一瞬で埋まり、ガーディアンの眼前に躍り出る。「斬りかかる」というより「飛びかかる」が近い勢いで、全身ごと黒銀の魔剣を叩き込んだ。
『ピ、ギ……!』
大気そのものを砕くような衝撃と轟音。
鋼の巨体が、その重量感など嘘のように軽々とふっ飛んだ。
目を大きく見開いたミーナの頭上、花園を飛び越えて向こうの壁に激突。
同じ金属同士の衝突だ。壁は勿論のこと、頭から崩れ落ちるガーディアンの体にも、全身に亀裂が走っていた。しかし自己修復機能まであるのか、起き上がる間にその亀裂は塞がっていく。さらに全身の装甲が展開して、夥しい数の砲身が飛び出す。
そこから放つのは、散々苦しめられた鉄球砲弾。【捕食吸収】を警戒してか、魔法を一切用いない物理質量攻撃だ。
「大丈夫。俺が、俺たちが、守るから」
ファルはミーナの頭にポンと軽く手を乗せて、そう告げた。
黒銀の魔剣を天高く掲げる。なにやら右手が魔剣と癒着し、肘まで黒銀に侵食されていくが、構っていられない。怨念の大合唱で刀身が嘶くように震え、鮮血色の赤光を纏う。周囲のマナを喰らって輝きは膨れ上がり、暗黒の刃が伸びて天を衝く。
超高密度に凝縮された魔力の負荷に、強化された肉体がバラバラに砕けそうだ。
一つ一つが反則的な英雄たちのスキル。それらの多重発動で生成した、これだけのエネルギー。撃ち放てば自分も無事では済まないだろう。
それがどうした、とファルは笑い飛ばす。
魔剣の乗り物が関の山の、ちっぽけなこの命。
それ一つで、ミーナの未来を切り開けるなら上等ではないか!
「グルアアアアアアアア!」
ガーディアンの砲撃と同時に、魔剣を振り下ろす。
解き放たれたのは、赤雷纏う漆黒の瀑布。まさに災禍の具現たる、闇の奔流だ。
鉄球の雨が、それを撃ったガーディアンが、一瞬にして暗黒の渦に呑み込まれる。
『…………!』
精霊天鋼の巨躯がひしゃげ、千切れ、暗闇に咀嚼されて溶け崩れていくのを、ファルは【神眼】で確かに見届けた。ガーディアンを消し飛ばしても暗黒の渦は止まらず、地下迷宮の壁までも粉砕して突き抜ける。
一体どこまで続くのかという大穴は、ミーナの未来に立ち塞がっていた壁をも吹き飛ばしたかのようで。
「ああ、良かった――」
こんな自分にも、誰かを守ることができたのだと。
たとえ借り物の力に頼ったものだとしても、清々しい達成感が胸を満たす。
それは間違いなく、ファルが生まれて初めて掴み取った『勝利』だった。
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