第8話:魔剣の代償


 ガーディアンを倒した後、なんやかんやあってファルはミーナに自分のことを語った。魔剣を通じて自分だけが相手を一方的に知っているのは不公平だと思ったのだ。


「そうですか。呪いの結界を突破するための身代わりにされた挙句、突き落とされて……。それは、辛かったでしょう」

「こんな場所で何百年も過ごしたミーナに比べれば、大したことないだろ。オマケに、ミーナが守り続けてきた魔剣のおかげで命を拾った。借り物でも、この剣がずっと求めていた力を俺に与えてくれた。これはアレだ、足を向けて寝られません、ってヤツだな」

「では、なにも問題はありませんね。今も私に向けているのは頭ですし」

「いやうん、確かにそうなんだがな? この体勢はちょっとどうかと」

「無理に動いてはいけませんよ。まだ安静にしていなければ」


 ファルが言う「この体勢」とは、いわゆる膝枕であった。

 とても人造の存在と思えない、温かく柔らかな感触がファルの後頭部を優しく受け止めている。そして視界を占めるのは、芸術的なお椀型の双子山。要はお胸だ。母に膝枕された記憶は遠く忘却の彼方だが、こんな眼福がなかったことだけは間違いない。


 いけない。これ以上、阿呆な思考が続くとなにを口から滑らせるか。紳士的に膝枕を辞退したいのは山々なのだが、今のファルは指一本動かない状態にある。

 単に体力が回復していないだけではない。これは《災禍の魔剣》の代償だ。


 この魔剣の呪いは、生まれ育った村や上層の結界で味わったそれらとは些か毛色が異なる。呪いに侵食された体は戦っている間、燃え滾るような力を発揮したが、戦闘が終わると同時に酷く衰弱し切っていた。あたかも自分自身を薪にして燃えたかのように。


 ミーナの診断によれば全身の身体機能が低下しており、一時は心臓が完全に停止していたという。それでガーディアンを倒した直後にファル自身も卒倒。ミーナによる蘇生処置で息を吹き返したのが、間にあった「なんやかんや」である。


 全く、彼女がいなければ、どうなっていたことか。

 それこそミーナを見つけていなければ、調子に乗るだけ乗って地上へ戻る前に死んでいたのではあるまいか。そう考えるとゾッとした。


「幸い、マスターが持つ非常に高い【呪い耐性】のおかげか、時間さえかければ身体機能の低下は自然回復するようです。あれほどの力を発揮した反動から、この回復力は驚異的と言っていいでしょう。マスターと《災禍》の相性は、歴代でも群を抜いていますね」

「買い被りすぎだ。一回振る度に死にかけるような体たらくじゃ、魔剣の乗り物にすらなれていない。ミーナの親父さん、ガゼフさんの方が何倍も強かっただろ?」

「お父様の強さと素晴らしさを語るには、一日二日では到底時間が足りません。ですが、そのお父様でさえ、あそこまでは。魔剣に焼き付いた残留思念と共鳴し合い、複合魔法にも似た事象でその力を増幅する。あんな一撃は、私も初めて目にしました」


 ミーナの指先が繊細な手つきで、慈しむようにファルの灰髪を梳く。


「あなたは魔剣に宿る怨念を邪悪と拒絶せず、その叫びに耳を傾けた。お父様の無念までも拾い上げてくださった。きっと、マスターが《災禍の魔剣》を手にしたのは偶然ではありません。あなたには生まれ持ったスキルとは別の……陳腐な言葉になりますが、運命に選ばれるに足る『資質』があるのだと、私には思えるのです」

「だから、買い被りだっての」


 月の天使か女神かと疑う微笑みで、こうもヨイショされて正直悪い気はしない。


 しかしガゼフの記憶を、愛する娘をあらゆる悪意――古代文明の技術を狙う帝国、彼女を研究材料としか思わない研究機関、人間以外の人型を認めないカルト教団、その他諸々――から守り続けた、彼の誇り高き戦いの人生を垣間見た今となっては。


 ファルは己の未熟と自惚れを恥じる余り、穴を掘って埋まりたい気持ちだった。

 魔剣でも掘削困難な床の硬さを恨めしく思いつつ、軋む体を無理やり起こす。


「そんなことより、他に話し合うべきことが……」

「マスター、無理に起き上がっては」

「その『マスター』ってヤツ、どうにかならないのか? 確かに《主従登録》はしたが、あくまでミーナを治すためだ。俺はお前を従者か奴隷みたいに扱う気はないぞ」


 お互い床に座り込んだまま、もう体に傷一つなくなったミーナと向き合う。


 ミーナたち《ターミネーター》シリーズには、《主従登録》を行った相手の所有物となり絶対服従する機能があるらしい。ファルからすれば胸糞悪い話だが、これこそが半壊状態のミーナを救う鍵だった。


『魔剣が有する【再生復元】は、所持者の肉体のみならず、武器のような持ち物まで修復するスキルです。主従登録を行えば、私もファル様の所有物として【再生復元】の対象と見なされるかもしれません』


 ミーナを一貫して物扱いせず、そう見なす輩に怒りを燃やしたガゼフ。

 その記憶と想いを体感した身として、抵抗はあった。しかし失われた古代文明の産物である彼女を治す術など他になく、痛々しい姿のまま放っても置けない。


 結果としてミーナの読みは当たり、【再生復元】で彼女の体は元通りに。


 ボロ布同然だった服も修復されたが、これが肌に密着するようなピチピチの、本人曰く「ぱいろっとすーつ」なる現代では見たこともない類の服で。薄布一枚越しに体のラインが露わとなっているので、露出度は低いはずなのに恐ろしく目に毒だった。


 ともかく目的は果たしたのだから、主従登録など外してしまっていいはず。

 それを、なぜか他ならぬミーナが頑なに拒むのだ。


「いいえ。いいえ。どうか、このままで。この形を持って示された繋がりで、私を安心させてください。私の力は、きっとマスターのお役に立ちます。だから、どうか。私を、マスターと一緒に連れて行ってください」


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