第9話:パートナー


 地上へ戻った、その先も共に。ミーナはファルにそう願ってくる。


 遥か古代に生み出され、千年以上のときを経て目覚め、そしてこの最下層でまた何百年も過ごした。当然ながら顔見知りなど一人として残っておらず、唯一の家族にも先立たれた。そんな彼女が目に見える形で繋がりを求めるのは、無理もない話か。


 即答できずにいるファルに対し、ミーナが悲しそうに表情を曇らせた。


「やはり、こんな人形のようにというか実際人形であるが故にパーフェクトな、美しさだけが取り柄の骨董品カラクリガールなど、お呼びではありませんか? ヨヨヨ」

「お前、実は結構余裕あるだろ? いや、そういう問題じゃなくてだな」


 指先で顔を捏ねるように、わざとらしく悲痛な表情を作ったミーナに思わずツッコミを入れる。この少女、思ったよりイイ性格をしているようだ。


 ミーナの能力や人柄に対して疑うところは何一つない。

 むしろ、不安なのは自分自身に対してだ。


「地上までは、勿論一緒に連れて行く。だが俺に親父さんの代わりを期待しているなら、考え直せ。俺はずっと独りで、自分を守ることさえままならなかった。いくら魔剣があったって、他人の命まで預かる余裕なんて俺にはないんだよ」

「……私が地下に留まっていたのは、脱出自体が困難だったこともありますが。独りで地上に戻ったところで、お父様のように私を受け入れてくれる人と巡り合えるとは到底思えなかったからです。人間の大多数は、肌の色一つだろうと異なる者に石を投げたがる。ましてや人の形をしただけの機械人形など、誰が一緒に生きてくれるでしょうか」


 地上に待つのはどうせ、自分を迫害し拒絶し利用しようとする者だけ。

 だから父の弔いに残りの一生を使おうとしたのだと、ミーナは言う。


「でも、私はマスターと出会えました。私とお父様のため、まるで我が事のように悲しみ怒り、そして言葉通りの命懸けで戦ってくださった御方。これ以上の奇蹟なんて、この先二度とあるとは思えません。それをみすみす逃して、あるかどうかもわからない次の出会いを孤独に怯えながら待てと? とても無責任で残酷なことを言うのですね」

「うぐう」


 恨みがましい視線が胸にグサグサと突き刺さる。

 実際、ミーナの言うことは正しい。重荷だと思うくらいなら、いっそ彼女がガーディアンの囮を引き受けたとき、そのまま彼女を見殺しにするべきだったのだ。助けた後は知らんぷりで放り出すなど、あまりに無責任が過ぎる。


 それに、自分は彼女を守ると言ったではないか。だからこそ魔剣は応えてくれた。

 一度誓った言葉を曲げるような、惨めな真似は自分が許せない。

 その憤りが、ガーディアンとの戦いと同じようにファルを奮い立たせた。


「……わかったよ。親父さんの怨念に取り殺されるのも御免だしな。同じ理由で、登録こそ外さないが従者扱いも物扱いもしない。帰る場所もない日陰者同士ということで、アレだ。――パートナーとして、頼りにさせてくれ」

「っ、はい。どうか、よろしくお願いいたします」


 差し出したこちらの手を握ると、フワリと微笑んだミーナ。その微笑みは温度のない人形ではなく、柔らかな月明かりを受けた花のように可憐だった。


「ということで、マスター呼びもなしに「駄目です。様式美ですので」ええー……」





 話が纏まり、ファルの体も動ける程度に回復したところで、いよいよ地上を目指すことになった。しかし話はそう簡単ではない。


 そもそもミーナの話によると、ここは《災禍の魔剣》を封印するため、《大魔導士》や《賢者》たちが改造を加えた迷宮らしい。そのため上層への道は塞がれ《帰還装置》も破壊されている。ファルが期待していた最後の望みも断たれてしまった。


 しかし『マスターのおかげで別に道が開けました』とミーナが案内した先は、ファルが最後の一撃でガーディアンごとぶち抜いた壁の向こう。

 いくつかの部屋を通過し、最後の穴には地面が露出していた。


「もしかしてここは、迷宮の一番外側か?」

「ええ。どうやら上を階層ごと分厚く埋め立てた分、そのリソースを外壁から割いたためにこちらが手薄になっていたようですね。ここから地中を掘り進んで回り込めば、地上まで直にとは行きませんが、地上に続く階層へ出られるでしょう」

「掘り進むって簡単に言うがな、まだ魔剣を使える状態じゃないし……」

「ここは私にお任せを。【着装】《ドリル・アーム》!」


 凛とした掛け声に合わせ、ミーナが右腕を水平に構える。

 虚空が波打ち、生じた光の輪の向こうからせり出す影。それ自体は【アイテムボックス】などで知られる、希少だが驚くほどではない異空間収納のスキルだ。


 しかし、現れた金属物体の、見たこともない風貌にファルは度肝を抜かれる。

 砲身じみた巨大な筒。砲口の位置には、螺旋の溝が掘られた円錐状の先端が突き出す。

 槍というより攻城兵器じみた厳つい武装が、ミーナの右腕と一体化していた。


 そして螺旋の矛先がギュイイイイン! と回転を始めるのを見て、ファルは正体不明な胸の高揚を抑え切れずに叫んだ。


「なんだ、そりゃああああ!? え、なにそれ。いや、掘削するための機械なのは、なんとなくわかるんだが! なぜに腕と一体化してる!? 全く意味がわからん! それでいて、なんか見ているだけでワクワクするんだが!?」

「フフフ。残念ながらお父様には今一つ受けが悪かったのですが、マスターにはお気に召して頂けたようでなにより。そう、その胸の高鳴りこそが古代文明を象徴する理念。天の理も次元の壁も超越する勇気の合言葉。『ロボとメカは男のロマン』です――!」

「ロボ! メカ! なんだろう、たった二文字ずつの響きが、物凄くこう胸の奥底をくすぐるんだが! 古代文明ってスゲー!」


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