第10話:鋼鉄の武力とダークマター


 最下層からドリルで地中を掘り進み、ファルとミーナは地下七〇階層に出た。


 なぜ何階かわかったかというと、なんということはない。元が人工の建造物なので、ご丁寧に案内図があるのだ。経年劣化でほとんど読めなかったが、階層の表記は大きな数字で書かれてあるので、辛うじてまだ読むことができた。


 地下迷宮の階層は全部で一〇〇。古代文明では昇降機で簡単に行き来できたそうだが、当然とっくに壊れており、地道に階段で上がるしかない。


 そういうわけで階層を上がること、現在地下六五階。

 二人は魔物と何度目かの戦闘中だ。


「《キャノンボール・フィスト》!」


 手甲から砲弾のごとく射出された鋼の拳が、魔物を粉砕する!


「《スピンホイール・キック》!」


 鋭角な大型車輪と一体化した足が、魔物を蹴り削る!


「《ビームレイ・バイザー》!」


 顔を覆う鏡面から放たれる光線が、魔物を焼き穿つ!


「ブハハハハ! 本当に意味不明だな古代文明の武器は! なんでパンチを飛ばすんだよ、なんで足に車輪つけて蹴るんだよ、なんで光線を目の位置から出すんだよ! もうわけがわからない! わからないがとにかくスゲー!」


 仮にも今は戦いの、命の奪い合いの真っ最中。

 そう承知していても、ファルは爆笑と胸のときめきを禁じ得なかった。


 古代文明の技術が詰まった鋼鉄の武装。それを全身に纏ったミーナの大暴れで、魔物たちは瞬きの間に蹴散らされていく。


 人型兵器と称されるミーナだが、彼女の肉体そのものに武器は内蔵されていない。

 人間以上の身体機能を発揮できるものの、異空間に収納した武装群こそが戦闘力の本命。その異空間に接続する機能と、エネルギーを供給する半永久機関、つまり人造の心臓たる《マキナズ・ハート》が彼女の要だ。


 上層に昇った結果、最下層に比べて部屋や通路が狭くなったため、これでも大爆発を起こすような武装は控えている。しかし最下層の魔物さえ退けてきた武力だ。それより弱い上層の魔物ではまるで相手にならない。


「それにしても本で読みはしたが、本当に魔物の強さは階層の深さに比例してるんだな。一体どういう理屈なんだ?」

「地下迷宮の魔物は、古代文明で《エーテル》と呼称された物質から発生しています。これが深い階層ほど高濃度で充満しており、強大な魔物が発生しやすい環境になっているのです。そもそも地下迷宮は元々、――と、これ以上は話が長くなってしまいますので、また後日。……この辺りなら、敵の強さも丁度良いでしょう。マスター、戦闘準備はよろしいですか?」

「ようやくか。待ちくたびれたぞ」


 実は今の今まで、呪いの回復に努めて戦闘はミーナ任せだったのだ。

 暢気に笑ってなどいられたのもそのためだが、それもここまで。

 ここからは、鍛練の時間だ。


「ギギギギギギ!」

「ガルルルル!」


 鞍付きの大きな狼に跨った、人間と同じ背丈をした緑の鬼《ホブゴブリン・ライダー》が迫る。後ろに退いたミーナと入れ替わりに、ファルが前に出て魔剣を構えた。


 禍々しい魔力が全身に巡るが、最下層で見せたほどの勢いはない。

 魔剣の力は絶大だが、戦闘後は呪いの反動で身体機能が低下してしまう。

 反動は引き出した力の大きさに比例し、加減を誤れば生命維持すら危うくなる。


 とはいえ心停止にまで陥ったのは、魔剣を手にしてからガーディアンを倒すまで、休みもなく力を使い続けた反動が一挙に押し寄せたためだ。力を制限すれば、測定不能の【呪い耐性】で反動は最低限に抑えられる。


 大きな力も使い所さえ見極めれば、立って歩く程度の身体機能は残せるはず。

 だからまずは、限られた力とスキルだけで戦う術を身につける必要があった。

 如何にして戦うか、道中で考え抜いたスタイルを実戦で試す。


「【ダークマター】」


 剣を握っていない空いた左手から、黒い粒子が発生する。

 光を呑む闇色の粒子は、全身を覆い隠さんばかりの量だ。手も触れず意のままに動き、ファルの周囲を巡回していた。


「【ブラックメイク】【シールド】!」


 次なる掛け声で黒い粒子がファルの前方に集結。

 長方形の盾を形成して、ホブゴブリン・ライダーの突進を受け止める。


「ギャン!?」


 突き破る気満々と見えた狼は、しかし想定以上の強固な手応えに悲鳴を漏らす。

 盾の硬度は鋼鉄以上。加えて表面上は見えないが、床に杭で縫い付けてあった。


 よって盾は突進にも微動だにせず、騎手のホブゴブリンが勢いのまま狼から投げ出される。顔から地面に落ちたそちらは一旦捨て置き、俊敏であろう狼の方を優先。間に盾を挟んだまま魔剣を横薙ぎに振るった。


 本来なら盾に阻まれるところだが、盾の上部が再び粒子となって霧散。魔剣はなんの妨げもなく、狼の首を斬りつけた。胴体から斬り落とすとまではいかないが、骨にまで達する十分な致命傷に狼は息絶える。


「グギギアアアア!」

「ちぃ!」


 息つく暇もなく、肉厚の鉈で斬りかかってきたホブゴブリンの一撃を防ぐ。

 体勢が崩れて押し切られそうになるが、咄嗟に腹へ蹴りを入れた。

 距離が開き、互いに睨み合う。呼吸を整え、魔剣を握り直す。

 さあ、ここからが鍛練の本番だ。


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