第2話:魔性の剣
「グルルルッ」
自然と、獣じみた低い唸り声が口から零れ落ちる。
なんとも不思議な心地の良さだった。体は激情の熱で煮え滾っているのに、思考は冷たい湖に沈んでいるかのごとく冴え渡る。
「ゴアアアア!」
「キキキィィ!」
「グル――!」
そして思考するまでもなく手にした黒銀の剣が閃き、魔物たちを斬り裂いていく。
動きは一見して猛獣そのものな仕草だが、身のこなしに一切無駄がない。
矢継ぎ早に襲いかかる魔物たちの牙や爪を、必要最小限の動作で回避し、無防備な相手を一撃で真っ二つに両断する。まさに達人技というヤツだ。
鋼鉄どころかミスリル合金さえ紙切れのように引き裂くであろう爪牙。それが髪の毛先を持っていく距離でかすめても、全く怖くない。否、恐怖自体は感じている。恐怖に心が動じなくなっているのだ。恐怖は、脅威を知らせる警鐘としてのみ機能する。
一方で、当たらないという『確証』もファルにはあった。
なぜなら敵の攻撃の軌道が事前に、半透明の赤い線で視界に表れているからだ。
赤い線を避けて動くだけで、魔物たちの攻撃はことごとく空を切る。
おかげでこちらは一方的に相手を滅多斬り、なんと爽快な体験だろうか。
「グルアアアア!」
裂けんばかりの笑みで歪んだ口から、笑い声の代わりに咆哮が飛び出す。
……それにしても。視界に浮かぶ謎の線といい、考えごとをしながらでも勝手に体が繰り出す達人技といい、一体これはなんなのか。
そもそも上層からの落下で片腕片足が折れたはず。ところが手足の骨折どころか、爪と皮の剥がれた手も、果ては服の汚れまで綺麗サッパリ元通りになっていた。まるで何事もなかったかのように、ここが奈落の底でなければ白昼夢でも見ていた気分だ。
状況からして、この黒銀に輝く剣が原因だとは思うのだが――
【再生復元】
〔肉体と装備のあらゆる損傷を修復するスキル〕
【未来演算】
〔魔剣が蓄積した膨大な戦闘経験に基づき、超高精度の未来予測を行うスキル〕
【神を断つ絶剣の理】
〔神域に達した存在すら断つ、【剣術】スキルの極み〕
なにやら、脳裏に妙な文字列が浮かび上がった。
体が勝手に動くのをいいことに、五回ほど文字列を読み直す。
要は【再生復元】で体の重傷は服まで治り、【未来演算】で敵の攻撃を予測し、【神を断つ絶剣の理】で達人技を繰り出しているらしい。
なるほど納得――などと、軽く済ませられる話ではなかった。
体はつつがなく大暴れを続けながら、頭が真っ白になるほど驚愕する。
つまり、なにか。この剣は『使い手にスキルを与える剣』だというのか。
《スキル》とは人間が何世代も経て体内に育んだ異能。
人間以外、ましてや生物ですらない武器に宿るはずがないのだ。
世には《魔道具》という代物もあるが、アレは主に迷宮から採取できる素材、その特殊な性質を利用した機械仕掛け。スキルのように特殊な現象を起こせても、それはスキルに劣る域での話に過ぎない。
しかし、この剣は魔道具の域を遥かに逸脱した異常な代物だ。
ファルが軽く念じれば脳裏に羅列されていく、眩暈を覚える文字列の量。
三つ四つどころの騒ぎではない。膨大な数、それも一つ一つが理不尽なほどの
手にしただけで村人を英雄以上の怪物に変える、まさに《魔剣》だ。
スキル至上主義とも呼ぶべき今の世を、根本からぶち壊す魔性の剣。
「そういうこと、か」
ファルの中で二つの疑問が解消される。
一つは、この迷宮に対して抱いていた違和感。ファルが連れ去られる原因となった呪いの結界もそうだが、後から人の手で封鎖された真新しい痕跡があった。おそらく、この魔剣が誰の手にも渡らぬよう封印するためだったのだ。
そしてもう一つは、自称勇者どもがわざわざファルを連れ去ってまでこの迷宮に拘った目的。そう、この魔剣こそが連中の狙いだったに違いない。
「く、くくく、グルルルッ」
これが笑わずにいられようか。
魔剣を手に入れるためファルを呪いの身代わりに利用し、用済みだと奈落へ捨てた結果、魔剣はこうしてファルの手に渡った。
――あの下衆勇者、とんだ大間抜けにも程がある! いい気味だ!
今なら、これまで受けた数々の仕打ちさえ許してしまえそうだ!
…………いや、やっぱり殺そう。
ただし、嬲り殺しから即死させてやるくらいの手心を加えて。
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