災禍の騎士~【呪い耐性】測定不能につき、チートスキル満載の呪われた最強魔剣で下克上~

夜宮鋭次朗

第1話:呪われた少年は奈落の底で


 突然だが、【呪い耐性】と【呪い無効】の違いがわかるだろうか。


 まず【呪い無効】は言葉の通り、呪いが無効化されて一切効かなくなる《スキル》だ。

 対して【呪い耐性】とは、呪いに耐性を持つがあくまで「効き難く」なるスキル。


「呪い」を「火」に変えればわかりやすいか。【無効】であれば決して火に焼かれることはない。しかし【耐性】だと、火力が耐性を上回れば最低でも火傷は免れない。


 要するに、【耐性】は【無効】の下位互換なのだ。

 どれだけ性能が高くても、たとえ数値では測定不能なほどでも、【呪い耐性】では呪いを完璧に防ぐことはできない。


 ――そのことを、灰髪灰目の青年ファルは、今まさに我が身で思い知っていた。


「あ、ぐうう、あぁ……!」


 呪いとは、肉体と同時に精神を直接蝕む毒のようなモノだ。

 喉が焼け爛れたように熱く、思考は千々に乱れ、口から零れるのは亡者めいた呻き声ばかり。魂が削り取られるかのような苦痛は、実際に体験した者にしか理解できまい。


 そうやって芋虫のごとく地を這うファルを、暗闇の向こうから見つめる目があった。

 翼の生えた獅子。直立して斧を担ぐ牛頭。全身から結晶を生やした大トカゲ。

 その他様々な異形のモノから、一見ただの動物と変わらないモノまで。

 本でしか見聞きしたことのない怪物たちが、大群となってファルを取り囲んでいる。


 しかも、ファルは本能的に理解した。地上に跋扈するそれらとはと。

 一体一体が英雄譚どころか神話の住人、並の英雄では餌になる他ない超怪物だ。

 ましてや戦闘系スキルなど一つも持たない、呪いで瀕死の村人など……。


「ガルルルッ」

「フシュウウ」

「キキキ!」


 徐々に輪を狭めてくる怪物たち。

 食われる。このままでは食い殺される。


 助けを呼びたくても声が出ない。出たところで誰も来ない。

 洞窟にしては床も壁も滑らかな鉱石で造られたここは、地下迷宮の最下層。

 それも世界最悪の魔窟、その前人未到だとされる奈落の底だ。


 自分は地上近くの上層から、用済みのゴミとしてここに捨てられた。

 なぜ、自分がこんな目に遭っているのか。

 未だかき回されっ放しな意識の中、ファルの記憶が過去へと遡る。





 物心ついた頃から、ファルは不満と苦痛と疑念と憤りの中で生きていた。

 辺境も辺境の寂れた村の、そのまた端っこ。呪いに侵され作物も満足に育たない土地で、ファルの一家は不毛な畑仕事の日々を強いられた。


 なんでも、一家の先祖が犯した罪の罰を、子孫代々受けているらしい。罪の内容など、もう誰も覚えていないくせに。ただ、「こいつらにはなにをしてもいい」という暗黙の法が村にはあった。ファルたち一家は、村人が憂さ晴らしするための道具だった。


 そうやって代々呪われた土地で生きる一家に、いつしか宿った【呪い耐性】のスキル。《魔物》を倒せるわけでもなく、畑仕事の役にも立たない無意味な能力。


 そもそも《スキル》とは、遺伝し継承される「才能」であり「技能」だ。

 昔からそうではなかったらしく、「いつから」「なぜ」そうなったかはもう誰も知らない。ともかく、才能や技能は血脈を通じて遺伝し継承される。


 親が育んだ能力を子が引き継ぎ、子がさらに育んで孫へ受け渡す。そうして代を重ねるうち、それは超常的な力を発揮するまでに至った。【剣術】であれば斬撃を飛ばし、一振りで三つ四つの斬撃を繰り出すといった具合に。


 いつからか、生まれ持ったスキルが人生の全てを決めるようになった。

 剣士の子は剣士に、英雄の子は英雄に、村人の子は村人に。

 だから自分たちもこの呪われた土地で一生を過ごす運命だと、両親は全てを諦めた。

 そんな両親が、自分たちを嘲り笑う村人が、ファルは嫌いで憎くて堪らない。


 強くなってやる。こんなゴミ溜めの村を飛び出して、《魔物》を片っ端から倒しまくって。誰も馬鹿になんかできない、《勇者》みたいに偉大で立派な男になってやる!


 その一念でファルは棒切れを振り回し、己を鍛えた。

 誰に笑われようとも胸の奥で輝いていた未来への希望は、しかし一瞬で砕かれる。


 ほんの一週間前。「勇者とその仲間」を自称する、ならず者にしか見えない面構えの連中が村にやってきた。彼らは飯を強請り、酒がないと暴れ回り、やりたい放題で村を荒らした後、ファルを力づくで村から連れ去る。


 ファルが十数年かけて鍛えた技は、なんの抵抗にもならなかった。

 不毛の土地で育ったファルより、遥かに軟弱な体つきの自称勇者。しかし彼奴が宿す【勇者】スキルは、ファルが懸命に積み重ねた歳月を虫けらのごとく踏み潰した。


 道中も遊び半分に暴行され嘲弄されながら、たどり着いた先は大陸でも最悪と名高い地下迷宮。そこで道を阻む、「呪いの結界」こそ彼らがファルを連れ去った目的だった。


 高位の《僧侶》でも解呪できないほど強力な呪いで満たされた結界。下層へ続く分厚い扉を開くには、その結界の中を通って鍵を祭壇に差し込まなければならない。


 勇者すら耐えられないだろう呪いを受けて、代わりに扉を開くための「身代わり」。

 それがファルに求められた役割の全てだった。


 脅迫に逆らえず役割を全うし、命こそ拾うも指一本動かせなくなったファルを、勇者など名ばかりの下衆野郎は「用済みのゴミはゴミ箱に、だよなあ?」と捨てた。最下層まで続くと噂される縦穴から、誰も戻ってきた者はいない奈落の底へ。


 ――そして今、まさしくゴミのように食い散らかされて死ぬところというわけだ。

 道具として使い捨てられ、魔物の餌になり、独り惨めに死んでいく。

 それがファルの末路。運命。人生の全て。やはり負け犬は最期まで負け犬のまま。



 ああ…………クソッッッッ喰らえだ!



「ふざ、けるな」


 爪と皮の剥がれた指先で床を引っ掻く。

 落ちたとき、壁に手を削られながら減速を図ったのだ。

 その試みが成功したにしても、高さを考えればまだ死んでいないだけ奇蹟だが。


「こんなところで、死ねるかよ」


 それでも無事とは言い難く、片腕片足はあらぬ方向にへし折れた。

 頭も打って流血したようで、右半分の視界が真っ赤に潰れている。

 内蔵も潰れたか、断続的な吐血が止まらず、食われる前から既に死に体。


「だって、まだ、なにもしていないんだぞ」


 仮に五体満足だったところで、神話級の魔物たちを前になにができようか。

 英雄や勇者のような力どころか、戦闘系スキルの一つさえ持たない身で。

 息も絶え絶えに体を起こしたって、無意味で無駄な、足掻きですらない愚行なのに。


「なにも、成し遂げていない。なにも、掴み取っていない」


 所詮、両親や村人たちの言う通り。全ては無価値な徒労だったのだ。

 ここで終わりだ。ここが限界だ。これが絶望だ。諦めて楽になってしまえ。


「まだ、ただの一度だって、勝っていないんだ」


 ――ああ、それでも。

 理性が、常識が、頭の冷静な部分が何度も「諦めろ」と大声で喚き散らすのに。

 もっともっと強い音で、心臓が脈打っていた。


「まだ、終われるかよ。嗤われたまま、馬鹿にされたまま、見下されたまま、惨めな気持ちのままじゃ死ねないんだよ! 死んでも死に切れないんだよ! クソ勇者どもをぶち殺して、誰もが認める英雄になって、そして美人の嫁さんと温かい家庭作るまでは!」


 怒りで、心臓が鼓動する。憎しみが、血潮を全身に駆け巡らせる。

 それは諦めを認めず、絶望を許容せず、希望を求めることを止めない命の叫び。

 絶体絶命の死地を前にして、なおもファルの魂は屈するなと咆哮する。


 一度だって報われたことのない二十余年の人生で。抗い続けることだけが、ファルの守り通したプライドなのだ。


「かかってきやがれ! まとめて腹の足しにしてやらあ!」


 立ち上がり、魔物たちを睨みつけて血反吐混じりの啖呵を切る。

 足は生まれたての子鹿よりもおぼつかず、ゴブリンでもわかるほどの虚勢。


 しかし、どういうわけだろうか。

 魔物たちはブルリと身を震わし、道を譲るかのように左右へ退いたのだ。

 まさか、自分の気迫に圧倒された? そんなファルの夢想は瞬時に両断される。


 魔物の群れが割れてできた一本道、その向こうから飛来する一筋の閃光に。


「え? ――ガッ!?」


 衝撃。灼熱。

 暗闇から矢のごとく飛んできた剣が、胸に突き刺さった。

 そう理解した次の瞬間、ファルの体は背中から壁面に叩きつけられた。


 足が地に着かない高さで、標本じみた串刺し状態。剣は、左胸を貫いている。

 ああ、今度こそ駄目だ。致命傷だ。もうどうにもならない。


「うるせえ、知るか」


 だって心臓を貫かれている。心臓に剣が刺さって死なない人間がいるものか。

 勇者さえこれは死ぬだろう。自分が叫ぼうが足掻こうがどうなるというのか。


「うるせええええ! 死んでたまるか! 死んでいられるか! 俺は、俺は! こんなところで死ねない……………………なんで死なないんだ、俺?」


 流石にファルも、異常に気づいた。

 いくら虚勢を張ろうが、助からない傷だと理性では悟っている。

 しかし、一向に死ぬ気配がない。これっぽっちもない。


 むしろ剣の刺さった心臓から、かつてなく力が漲ってくる感覚さえ――


「うう!? うぐ、ぐる、グルルルッ」


 一切の苦痛が消え去り、代わりに溢れ出す、体が爆発四散しそうになるほどの熱量。

 剣から流れ込んでくる「ソレ」は、ファルにとって二十年慣れ親しんだ感情だった。

 すなわち、憤怒と憎悪。眼前に立ち塞がる、あらゆる理不尽への破壊衝動だ。


「グルアアアアアアアア!」


 拳を叩きつけ、剣ごと体を壁から引き剥がす。

 その一撃で壁が陥没し、床や隣の壁面にまで達するほどの亀裂が走った。

 結構な高さだが、落下が不自然に減速し、羽毛のように軽やかな着地。


 ふと右手に重量を感じて目をやると、黒銀に輝く剣が収まっていた。

 はて、自分は一体いつ胸から剣を引き抜いたのか?


 そんなことは後でいいか、と一旦脇に置く。明らかに尋常ならざる事態が我が身に起きているというのに、自分でも呆れるほど気持ちが落ち着いていた。

 なんなら、歌でも口ずさみたいくらい軽やかな気分だ。


 憤怒と憎悪は依然として嵐のごとく荒れ狂っているが、それはいつものこと。


「グギャオオオオ!」


 九頭の蛇を体に絡みつかせた巨大な獅子――【鑑定】――《ハーキュリーズ・レオ》が飛びかかってくる。しかしそれは獲物を前に我慢ならないというより、恐怖に駆られたかのような印象をファルは受けた。


 恐怖も絶望もまるで感じない。あるのは、視界を塞ぐ図体への煩わしさだけ。


「退け」


 暴力的な衝動のまま、ファルは黒銀の剣を振るった。

 繰り出されたのは竜の爪牙を錯覚させる、剣技の域を逸脱した暴威。


《ハーキュリーズ・レオ》の巨体が、食い千切られるようにして真っ二つになった。

 獅子のみならず、剣閃の延長線上にいた魔物全てが、剣圧で吹き散らされていく。


 それはドン詰まりだったファルの人生を粉砕する、災禍のごとき一撃だった。

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