第11話:報われる喜び


「グギイイイイ!」

「ああああああああ!」


 地下迷宮の不気味な静寂を破るように、鋼と鋼の打ち合う音が響く。

 ファルは黒銀の魔剣で、ホブゴブリンの鉈と互角の剣戟を交わしていた。


 武器の質はこちらが上。身体機能は相手が上。経験・技の熟練度はほぼ同じ拙さ。おそらくこのホブゴブリンは発生して間もない個体なのだろう。最下層での無双っぷりが嘘のような泥臭い戦いに、ファルは苛立ちを隠せなかった。


 こんな雑魚、魔剣の力さえ全開にすれば……そう焦れる気持ちを必死に押し殺す。

 ただの力押しで勝っても意味がない。自身の地力を磨くため、あえてスキルの大半を封じているのだから。


 ――魔剣の乗り物でいればいい、という考えはガーディアンとの戦いで消し飛んだ。

 スキルを封じられてしまえば、親とはぐれた幼子のごとく逃げ惑うだけ。あんな醜態は二度と味わいたくない。かといって魔剣なしでは戦いにならないのも厳然たる事実。


 迷うファルに、ミーナはこう提言してきた。

 曰く、「スキルから学べ」と。


『スキルとは本来、先人が培った技術と経験の結晶です。故にそれを宿した者は、鍛練を積まずとも先人と全く同じ技を再現できる……と、世間一般では思われていますが、それは大きな誤りです。なぜなら同じ技術であっても使う人間が異なれば、その技術を最大限に発揮するための「最適な体の動き」もまた異なります』


 たとえば、剣を振るう際に伴う足運びや体重移動といった体捌き。

 その適切な塩梅は、十人いれば十人異なる。考えて見れば当然だ。背丈も体重も骨格も全く同じ人間など、この世に一人としていないのだから。いわゆる『型』は、あくまで万人に通じる範囲を体系化したモノに過ぎない。


『スキルに依存する者は、先人との差がそのまま技にも「ズレ」となって現れ、技が本来持つ力の半分も引き出せてはいません。先人との「ズレ」を修正し、技の力を最大限引き出す「自分にとって最適な体の動き」を模索する。……そうすればスキルに宿る技術と経験はやがてマスターの血肉となり、魔剣に依存しない己自身の力となるでしょう』


 スキルをただ使うのではなく、スキルを教材として戦う術を学ぶ。

「言うは易し」となるかに思われたが、ここでファル自身の経験が活きた。


 体がより「最適な動き」をしたときの感覚。それは棒切れをひたすらに振り回す毎日で、ファルが何度も味わったモノ。指南してくれる師も参考になる教材もない中、ファルにとって唯一の達成感であり成長の実感だった。


 故に「最適な動き」の模索は、ファルにとって幼い頃から最も手慣れた作業だ。

 今も全身に切り傷を作りながら、まとわりつく「ズレ」を修正していく。


 踏み込みが浅い。重心移動が不十分。腰の回転が遅い。柄の握りが強すぎる。

 まだ違う。また不正解。どれだ? これか? 


「――――こうか!」

「ギ、ギャ!?」


 バラバラだった歯車が、然るべき位置でピッタリと噛み合う感覚。


 繰り出した魔剣の一閃は、拍子抜けするほど軽い手応えで、鉈ごとホブゴブリンの頭を両断した。頭の上半分を失った緑鬼の体が、鉈を振るった勢いのまま半回転して崩れる。


 ファルはしばし呆然とし、手に残った感触を確かめるように何度も開閉した。

 そして静観に徹していたミーナの方を見やると、彼女はふむと頷く。


「まずは一歩前進、ですね。今のは数を重ねてたまたま正解が出た、というまぐれ当たりに過ぎません。それに半分以上は魔剣の切れ味による結果でしょう」


 なかなかに辛口な評価。しかし、それは殆どファルの耳を素通りしていた。


「ですが正解の感覚を知ったのは大きな前進です。後はその感覚を何度も反復し、意識せずとも自然と、脊髄反射の域で出せるようになるのが目標です。それもあくまで第一目標。より優れた最適解を求めて、現状に満足せず常に精進を……」


 ミーナは言葉を途中で切り、心なしか気まずそうにちょっと眉を下げる。


「その、マスター? ここは『ちょっとは褒めろよ!』などの文句なりツッコミなりを返す流れですよ。そう素直に感動されますと、私もちょっと心苦しいと言いますか」

「感動もするさ。俺は今まで、どこにも進めずに足踏みを繰り返してきた。最下層では、魔剣に乗っかって前進した気になっているだけだった。だけど今度こそ、今度こそ俺は正真正銘、自分の足で一歩前に踏み出せたんだ」


 魔剣を手にした右腕から、全身にブルリと震えが伝播する。

 ガーディアンに勝ったときや、ミーナの謎武装の数々を目にしたときとは、また違った感慨がファルの胸を満たしていた。


 無駄な努力と嘲笑われながら、「もっと強く」と願うように棒切れを振り回す日々。その歳月が、たとえ小さな一歩でも確かに報われた。抗い続けた十数年間が、無意味ではなかった。積み重ねた血と汗と涙に、意味はあったのだ。


 それはどんなに圧倒的な力で偉業を成し遂げるよりも、ずっと嬉しいことだった。


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