第14話:因縁に決着を、そして旅立ちのとき


 下衆勇者との邂逅から、およそ十分足らず。

 それは戦いにすらなっていない、ただの嬲り殺しだった。


「あぎ、ぐぐぐ。この、くそがぁぁ」


 豪奢な鎧が見る影もなく、全身ボロボロになってのた打ち回る下衆勇者。

 この僅かな時間だけで彼の【勇者】スキルは、自惚れに溺れるのも納得の力を見せていた。剣と魔法に留まらず、竜や精霊の力までも操る、まさに未来の英雄となれる才覚。


 しかし、数多の英雄を喰らってきた魔剣の力は、それらをことごとく凌駕した。

 剣も魔法も竜も精霊も、全てに於いて上位互換のスキルが魔剣に備わっている。


 下衆勇者は【勇者】スキルを総動員しても、魔剣の攻撃からギリギリ命を繋ぎ止めるのが精一杯。それさえも、こちらがそうなるよう手加減した結果だ。ただ殺すだけなら一瞬だが、散々やられた分を徹底的にやり返さなければ、自分たちの気が治まらない。


「ふざけんじゃねぇぇ。俺は、俺は《勇者》だぞ! 俺は特別な存在だ、選ばれた世界の主人公なんだ! その俺に、脇役以下の村人ごときが、よくもこんなぁぁ!」

「そうやって周りの人間全てを見下して、自分が優越感に浸るためだけに、どれだけの人々を踏みつけてきた? 俺の村、俺の家族まで……」


 声が低く軋み、魔剣を握る右手は黒銀の浸食が進む。


 ファルにはもう帰る場所がない。目の前の下衆勇者に奪われた。

 ファルを村から連れ去った際、下衆勇者が村を雷で焼き払ったのだ。村人はひとたまりもなく皆殺しにされた。ファルの家族も含めて。


 いい思い出なんて何一つなかった。両親のことを毛嫌いしてさえいた。

 それでも自分が生まれ育った故郷で、自分を生み育ててくれた家族なのだ。


 故郷や家族を愛する気持ちなんて知らなかった。でも、かけがえのない大切なモノとしてそれを愛し、奪われた誰かの絶望が、今のファルには我が事のように理解できる。

 その名も知らない誰かの怒りが、今のファルの怒りと同調し共鳴していた。


「は、ハハハ! なんだそれは、家族の仇討ちとでも言うつもりか!? 笑わせるな! 蛆虫みたくそこらで湧いてるお前ら村人と、勇者である俺とじゃ命の価値が違うんだよ! ゴミ村人どもを何百人殺そうが、俺を傷つける大罪と釣り合うわけ、ギャアア!?」 

「もう黙れ。貴様が呼吸しているだけで反吐が出そうだ」


 口の減らない下衆勇者を、黒銀の鉤爪が生えた足で踏みつけ黙らせる。


 ガーディアンとの戦いでも現れた、黒銀の侵食。それが魔剣を持つ右手に留まらず、四肢まで黒銀の異形に変じつつあった。なぜか右手から広がるのではなく、全身のいたる箇所から黒銀の浸食は進行している。


 最早それを意識することもなく、ファルは黒銀の拳を下衆勇者に振り下ろす。


「ぎ」「ぐ」「ごの」「げっ」「ぐぞ」「じね」「ぶ」「いぎ」「やべで」

「グルアアアアアアアア!」


 何度でも肉を打つ音。下衆勇者の悲鳴。自分の雄叫びが、酷く遠くに聞こえた。


《災禍の魔剣》に宿る負の想念。数え切れない、それこそ無数の名もなき誰かたち。

 彼らの憎悪が自分の憎悪と混じり合い、境目が曖昧になっていくのをファルは感じた。


 このまま身を委ねれば、ファルという個は無数を構成する一部となるだろう。

 しかし、それに一体なんの問題があるだろうか?

 帰る場所も、帰りを待つ者もない。失った。奪われた。


 そもそも己など、惜しむ意味がどこにある。呪われた土地で石を投げられ、ただ行き場のない怒りと憎しみを募らせるだけの虚しい人生。なんの意味も価値も見い出せない「自分」など、炎にくべてしまえばいい。


 そうして自分自身が炎となって、こんな苦しいばかりの世界なんて、焼き尽くしてしまえれば。ああ、それはどんなに――





「マスター!」


 拳骨を落とされたような衝撃で、頭の中に火花が飛び散る。

 次いで背中から抱きつかれる感触に、ファルの意識は一挙に現実へ引き戻された。


「私がわかりますか? 私の声が聞こえますか? マスター!」


 振り返れば、懸命にこちらへ呼びかけるミーナが。表情こそ変わっていないように見えるが、瞳は切迫した色を帯びていた。


 しかし今の拳骨、彼女が落としたものではない。他に心当たりは一人だけ。

 ガゼフだ。魔剣に宿るミーナの父の遺志が、魔剣に呑まれかけたファルの未熟に鉄槌を下したのだ。しっかりしろ、と叱咤されたようにファルは感じた。


「悪い。かっこ悪いところ見せた」


 自分じゃなくなってもいいなんて、死んでもいいと同じ。ただの諦めだ。

 思い出せ。最下層で絶体絶命の中、自分を立ち上がらせた怒りを。

 それは決して、諦めから来る自暴自棄ではなかったはずだ。


 ファルが正気に戻ったことを証明するように、進行を続けていた黒銀の侵食も止まる。それを見てミーナが気持ち表情を綻ばせた、そのときだ。


「ヒャハハハハ! 女にかまけて油断しやがったなあ!?」


 いつの間に足元から脱出したのか、下衆勇者が斬りかかろうとしてくる。骨まで砕かれ崩れかかった顔を、残忍な笑みに歪めながら。

 大上段に掲げた剣が、膨大な質量の魔力で煌々と光り輝き出す。


「勇者の必殺剣を喰らって死ね! 【ディバイン・ストラ――」

「遅い」


 剣閃が横に走り、下衆勇者の剣が宙を舞った。

 必殺剣が不発に終わって地面に転がる剣に、人の両手がへばりついていた。

 手首から切断された自分の腕に数秒呆けた後、下衆勇者が絶叫する。


「ひぎゃああああ!? なんでなんでなんで!? 光速の必殺剣がががが!」

「光速だかなんだか知らないが、肝心の技が出るまでに時間がかかりすぎなんだよ。だから後出しでも俺の魔剣の方が速かった」


 ミーナも言っていた、スキルに依存した戦い方の弊害。使い手とスキルの間にある「ズレ」が、技の発生に致命的な時間差となって表れていた。だから光速の斬撃が放たれるより先んじて、勇者の剣を手ごと切り落とせたのだ。


 ファルは一度深呼吸し、今も魔剣から溢れ出しそうな憎悪の激流を押し留める。

 こいつを殺す。そこに変更はない。

 しかし、ただの力押しより相応しい決着のつけ方が、今のファルにはある。


「ミーナ。親父さんの剣、借りるぞ」

「それはどういう……!? その構えは、お父様の――」


 肩に担ぐようにして剣を構え、這うような低い姿勢で走り出す。

 魔剣からガゼフの記憶、経験を引き出し、その技を自らの感覚に合わせて調整。


 最下層からここまでの戦い、そして村で棒切れを振るった十数年。決して短くはない半生で積み重ねた全てを集約した一撃を、放つ!


「く、来るな! 来るなよ、ゴミ虫がああ! 【メタルボディ】!」

「【アイゼン流剣術】【金剛断ち】」


 防御スキルにより、全身を鋼鉄の彫像に変えた下衆勇者。

 その体を、黒銀の魔剣が縦に断ち割った。

 左右に倒れた彫像は、やがて鋼鉄化が解けて血と内臓をぶちまける。


 初めて人を殺したことに、思ったほどの動揺はなかった。

 ただ、終わったという感慨が乾いた風のようにファルの心を吹き抜けた。





「そうか。残りの連中は、ミーナが始末したか」

「はい。マスターに気を取られて呆けている隙に、後頭部を一発ずつ撃ち抜いて。……余計なことをしたでしょうか?」

「いや。正直、あのクソッタレを真っ二つにしてやり切った感あったからなあ。ただ、俺の個人的な復讐に付き合わせちまったみたいでさ。悪かったな」

「いいえ。私はあなたに付き従う者。ときに剣となり盾となり、あなたのこれからの旅路に寄り添うことが私の願いです。《災禍》を手にするあなたに、たとえ世界が敵に回ろうとも。人ならざる兵器の私は、だからこそ、どこまでもマスターの味方で在り続けます。――だから、どうか。私を置いていなくならないでください」


 父に先立たれてからの永い孤独を思い出してか、ミーナの手が震える。

 体勢の都合でその手を握ってやれない代わり、ファルは彼女の目をしっかりと見つめ返しながら言った。


「魔剣の力は、この先どうしたって必要になる。だから絶対なんて保証はできないが……それでも約束する。ミーナを独りにするようなことは絶対にしない。ミーナを悲しませたりした日には、親父さんに取り殺されかねないしな」


 最下層でファルを突き動かし、魔剣を呼び寄せた怒り。

 それは絶望に抗うため、希望を諦めないための気持ちだったはず。

 きっと《災禍の魔剣》だって、だからこそファルに応えてくれたのだ。


 魔剣に焼き付いた負の想念も、死んだって諦め切れない想いの裏返し。

 ガゼフの、娘の残して死んでしまった無念がそうだったように。

 もし、ミーナとの出会いも偶然でなく、ガゼフの無念が引き合わせたのなら。

 彼女を守り共に歩むことこそ、空っぽだったファルが掴み取った運命なのだ。


「俺は辺境の呪われた土地で、ミーナはこの迷宮の最下層で、お互い小さな世界に閉じ込められてきた。俺たちは、同じ孤独の苦しみと広い世界への憧れを知る同志だ。俺たちが二人で力を合わせれば、なにが待っていようがきっと乗り越えられる。だから、ミーナ。二人で一緒に世界を見に行こう」

「っ、はい!」


 今まで外の世界に強く憧れる一方、独りで飛び出すことに恐れを抱いてもいた。

 しかしミーナが隣を歩いてくれるなら、どこまでも行けそうな気がする。


 下衆勇者への復讐も果たし、もう二人の妨げとなるモノはない。

 瞬く間に階層を上がり、もう地上への出口は目の前だ。

 ここから広い世界に向けて、本当の意味での旅立ちが始まる。


「ところで、さ。この体勢はいい加減どうにかならないか? そろそろ俺も、自力で歩ける程度には回復したかなあ、なんて」

「嫌です。このまま運びます。大丈夫です、私にはお父様を同じように抱えて運搬した実績もありますから」

「ええー……」


 暴走した反動により、歩くどころか立つこともできない有様のファル。

 彼の旅立ちは、ミーナにお姫様抱っこされた状態でスタートを切るのであった。


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災禍の騎士~【呪い耐性】測定不能につき、チートスキル満載の呪われた最強魔剣で下克上~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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