第11話◇準備を進めるビルの中
さて、俺の新しい人生設計の為にはやることやっておかんと。フィリピンに単身赴任してる父さんに電話をする。あの父さんは、ずいぶんと日本に帰ってきてない気がする。ま、帰りたくないんだろうよ。仕事が順調ならそれで良し。
「それで、次の春休みにはひとりで旅行しようかと考えている」
『そうか。俺も学生時代にはひとりでバックパッカーとかやったなぁ。解った、旅費の足しに小遣い送ってやる』
「それは助かる」
『ゲームとかに使うよりマシだ。その代わり勉強して大学入れよ』
「努力する。どこの大学にするかはこれからだけど」
『ひとり旅か、懐かしいなぁ。ウチは家族で旅行とか無かったから、明日太にはいい経験だろ。どこに行く? 海外か?』
「いや、国内にするつもり」
ずいぶんとあっさりだ。父さんの方はこれでよし、か? 小遣いまでくれるとはね。
『明日太、アイツは変わってないか?』
「アイツって母さんのことか? 相変わらずだ。変わらないのが信仰に篤い信徒なんだろうよ」
父さんのため息が電話の向こうから聞こえてくる。
『明日太、お前よくあの気違いと同じ家で暮らせるなぁ』
「……」
なんも言えん。父さんよ、その気違いと結婚して俺を作ったのは、父さん、あんたなんだが。よく他人事のように言えるな。
俺は気を取り直して、
「大学はどっか遠いとこで、アパート借りてひとりで住もうとか考えてるんだが」
『それがいい。あの家からはさっさと出た方がいい。学業に専念できるように家賃は俺が出してやる。明日太がアイツに染まらなければ支援するぞ。俺に宗教の話をしなけりゃな』
「解ってる」
通話を終えたスマホを眺める。ところどころ恩着せがましく聞こえるとこが、相変わらずカチンとくる父さんだ。いつもどうりの平常運転。いつもどうりに偉そうに。
遠くてよく聞こえ無かったが、女の声で異国の言葉でなんか聞こえた。フィリピンだからフィリピン語か? 父さんの現地妻か?
これで父さんと母さんが昔に、じいちゃんとばあちゃんの反対を押し切って、強引にかけおち同然で結婚したってのが、信じられん。そんな熱愛結婚だとは。
それがどうしてこうなってる? 恋愛結婚の方が見合い結婚よりも、離婚率が高いとは聞いたことあるが。
流れる歳月とは、無情なものなんかね。
ほんと血の繋がった家族ってキモチワルーイ。
頭のいいやつはひとりで生きていけばいい。頭は悪くても、情があればそれで人と繋がって生きていけばいい。
俺のように頭も悪くて情も無い奴は、どうやって生きていけばいいのかね。社会ではどっちかが必要らしいけど。
まぁ、生きていけなければ死ぬだけだけど。生きていけなければ死ねばいいだけのことなんだが。
そこで無人島でも生きていけるスキルを身につけられるってのはいいな。
さくさく行こう、次だ、次。
学校が休みの土曜日、駅前で
ヤマねーちゃんと駅に行く為に、ヤマねーちゃんのアパートに迎えに行く。
天パの髪も後頭部で纏めて、化粧もして、スーツを着て、ピシッとした仕事モードのヤマねーちゃんがいた。おお、キリッとしてる。
いつも黒ジャージのだらしないとこばかり見てるからその違いに、詐欺か? と思う。
「女の化粧って、スゲェな。騙される」
「そう? 女が外に出るってこんなものだけど」
「けっこう印象変わるのな」
「褒めろ、もっとちゃんと褒めろ」
「あー、カッコいい、仕事のできる女って感じー。ステキステキ、オフィスの華ー」
「心が込もって無い。ちゃんと惚れなおせ」
「そーゆー1面もあることは解った。でも俺は化粧してないヤマねーちゃんの顔の方が、可愛いと思う」
「お、そうくるか。んふふ」
ヤマねーちゃんの機嫌がアップした。
ヤマねーちゃんは少し嬉しそうにこっちを見ている。
仲間にしますか? はい/いいえ
ヤマねーちゃんをパーティにくわえて駅前に行こう。
駅前の広場、待ち合わせの時計が埋め込まれた塔のようなオブジェの下に
「おす、トモロ」
挨拶する道真に、手を上げて返事する。
「道真、こっちが俺のいとこ、
「知ってる。ザーニスで会った」
「俺はそれをさっきヤマねーちゃんに聞いたばかりなんだが?」
「『Beyond Fantasy memories』の裏面に呼ぶ人物の、家庭環境やら調べたり、本人の素行調査なんてのをしてる部署で働いてんのが
「ヤマねーちゃん、そんなことしてたのかよ」
「んふふ」
入れ替わる人物の事前調査とかやってたのか。ヤマねーちゃんは開発って言ってたのに。ウソつきめ。
ヤマねーちゃんは自慢げだ。
「しっかりと調べておいて、当人が、ゲームの中で暮らしてもいいって考えてる感じの人にだけ、第4の報酬のことを教えるのよ」
「ログアウト不能の噂はネットにいっぱい出てるが?」
「噂はね。でも具体的な方法については、生身の口コミでしか知ることはできないのよ。加えてこちらで身許を調べた人が対象」
道真があとを続ける。
「俺達もトモロからのメッセが無ければ、シャドウリッチ戦で玉座の部位破壊なんて、気づかなくて試さない。あんなの只のオブジェだとしか思わんし。そして報酬をカーソルで選択せずに、口に出して選ぶとかする奴は、まずいない」
「やる奴は現実逃避願望があって、恥ずいことを本気でやる奴か」
「それをやれってメッセで送ってきたのは、トモロ、お前なんだが」
「意外なのは、ロードとサタヤンも本人の意思で向こうに行ったということなんだが。コレキヨと速撃ちマックは解るけど。俺に先のことちゃんと考えろよって言ってたのがロードとサタヤンじゃねーか」
「先のことをマジメに考えたからこそ、逃げたくなる気分も出る。そうじゃ無かったらキノコ大好キーで集まってゲームばっかりしてねーし」
「それもそうか」
加えてロードは先のこと考えすぎて向こうに行った節もある。
しかし、俺は知らないうちにヤマねーちゃんに情報伝達の駒として使われてたのか。いや、そのお陰でこれから電脳ゲームの中で余生を過ごせるのだから、いいように使われたことに少し不満はあっても感謝するとこだろ。
ヤマねーちゃんが俺の手を握ってくる。
「私は明日太の家のことも知ってるから。明日太が早く向こうに行けるようにって、明日太のパーティメンバーの現実事情を調べてたの」
ヤマねーちゃんは上目つかいで俺を見る。いつの間にか、俺はヤマねーちゃんより頭ひとつ大きくなった。昔は俺が見上げていたのに。
「……怒ってる?」
「怒ってねーよ」
ヤマねーちゃんの頭を繋いでない方の手でポンポンする。俺のためにやってくれてんのに、怒れるもんか。
道真が呆れたように言う。
「それなのに当のトモロが当日にゲーム機ブッ壊されるとか。トモロの母親、
「昔から母さんは狙い澄ましたように、俺の邪魔をしてくる。熱心な宗教者らしく神の啓示でも受けたか? 春休みの計画もあの破壊神様に潰されないかが不安だ」
ヤマねーちゃんが不愉快そうに。
「毒親って、子供の感情を磨り潰すためには手段を選ばないわね」
ほんとにね。そんなことに手間かけるなんて暇人というか、そこになんの執念を燃やしてんだか。
道真が後を続ける。
「そこは俺達もフォローする」
「そろそろ行こっか」
ヤマねーちゃんに促されて駅に入り電車に乗る。
行くのはヤマねーちゃんの勤め先、ザーニスの本社ビル。世界で1番の家庭用電脳ゲーム機
この町で最もデカイビルに到着。このビルの中でゲーム機に仕込む脳内麻薬プシャー装置の開発とか、それを阻止しようとした一部の正義感溢れる社員の抗争とかが、密かにあったなんてなー。なんてドラマチックな。
彼らの勇気と正義感に心の中で敬礼する。
ゲームを守ってくれてありがとう。
「こっちだよ」
正面からじゃ無くて裏口に回る。
地下駐車場を抜けて警備員が立つ扉に。ヤマねーちゃんと道真が警備員にカードを見せる。
警備員がカードと持ち主を確認して扉を開けて、俺達を入れてくれる。
中には警備室兼受付みたいのが窓から見える。通路の先の扉の脇にある機械にヤマねーちゃんがカードを通す。
「厳重だ」
「こっちの出入り口はね。正面の方も同じぐらい警備してるけど」
エレベーターに乗り、上に上がって別のフロアに。中に進んで仕切りに区切られた小さな面談室のようなところへ。
「座ってて、コーヒー淹れてくる」
ヤマねーちゃんが奥に行き、俺と道真は椅子に座る。綺麗なオフィス、ここに俺がいるのが場違いのような。
「トモロ、緊張してるのか?」
「少しは。道真は慣れてるのか?」
「『Beyond Fantasy memories』の裏面に行くためには、このフロアに来ないといけない。コレキヨもサタヤンも速撃ちマックもここに来たことある」
「お待たせー」
ヤマねーちゃんが3人分のコーヒーをお盆で持って来た。
暖かいコーヒーに口をつける。
ヤマねーちゃんが姿勢を正す。
「正規のルートじゃ無いから明日太にはここで説明するね。本来は『Beyond Fantasy memories』の『
「そうなのか?」
道真を見ると頷いて、
「第4の報酬を望む、と言った直後に転移した。神殿のようなとこで妖精のNPCに説明を受けた。そのときの面子以外に秘密をバラすと、俺達が裏面に行けなくなるってことなんで、トモロにも秘密にしなきゃならんかったわけだ」
「それで冬休み中、返事が無かったのか」
「VSWX無しでどうやったらトモロを呼べるかって、かなりヤキモキしたもんだ。俺達、特にコレキヨがAIの女神イシュタに、トモロはこっちに来るべきだって熱心に説得してな」
「コレキヨがねー。なんでだろ」
「俺が思うにバランサー、かな。ロードとサタヤンがAIの計画に乗り気になったのが、コレキヨにはちょいと不安になったみたいだ」
「逆だろソレ。俺とコレキヨの暴走を止めるのがロードとサタヤンだろに」
「いつものゲームならな。ロードもサタヤンもAIが介入して変化する社会に期待している。それでトモロがNPCの入れ替わりに気がついたら、協力者として引き込もうってことになった」
「そうか。気がつかないままだったら、AIにとっては無害だろーし、そこを怪しんだ奴は引き込むか口封じする必要がある、か」
「そういうこと。NPCとしては緩やかに介入してくつもりなんだが、ロードとか他に裏面に行った人間の中には、変化した社会で自分が生きるところを自分達で作ろう、って張り切ってたりするんだ」
「それでリアルスキル習得になるのか」
ゲームの中に入った奴等が現実の世界の心配をするとはね。いや、人ってそういうもんかもしれん。ロードとサタヤンは根がマジメだからなあ。
ヤマねーちゃんが微笑みながら教えてくれる。
「リリスもそうだけど、自分がどこでどう生きるかを選んだ人って、元気になるものね。生き生きとしてる」
「そういうものか?」
「『Beyond Fantasy memories』はその選ぶ選択肢を増やす役に立てるように、発展させていく予定なの」
それでリアルスキルのための専門学校みたいな師匠連が出てくるのか。伝統の保存と後進の育成にはいいのかも。
「話を戻すね。『Beyond Fantasy memories』の中で暮らすことを選んだ人は、ザーニス本社ビルのこのフロアまで来るの」
「なんのために?」
「最後の意思の確認と、記憶の読み取り。ここにあるCTで脳と脊髄に全身の神経網を読み取って、記憶もコピーする。それをコンピューターの中で再現してゲーム内のアバターに繋ぐ。そして、もとの身体に入るNPCに、身体と戸籍とマイナンバーをレンタルするのに同意して貰うの」
「ゲームにログインしっぱなし、というよりは記憶を持ったままゲームの世界に転生するみたいだ」
「その感じが近いかもね」
心とか魂とか自我の同一性とか意識とか、そのあたり煩く言う奴がいそうな話だ。私とは何を持って私とするのか。知らねえよそんなもん。
「明日太はどうする?」
「向こうに行くに決まってる」
現実の世界にはウンザリだ、未練も無い。
友人もヤマねーちゃんの本体も向こうで俺を待っている。俺の気に入った奴らが楽しんで暮らすとこ、俺が行きたいのはそんな世界だ。
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