第9話◇こんなところから少子化対策が


 俺の日常はあまり変わらない。いや内面では世界がひっくり返ったような気分ではある。

 だけど家から外に出て見れば、その世界はいつもと変わらないように見える。そりゃそうか。誰にも気がつかれないようにひっそりと変えていこうってんだから、


 人間アバターが俺に求める協力ってのは、俺の視点から見ておかしなことはないか、ということをチェックして欲しいというものだった。

 俺は協力することにした。これで春休みから俺も『Beyond Fantasy memories』の中で生きていけるなら安いもんだ。あっちの世界の方がおもしろそうだし、これからのことを考えたら、あっちでリアルスキルを身に付けないと。なにせ世の中がAIに変えられたら、これまでとは人の生き方が変わりそうだ。

 働いて金を稼いで経済を回すのを、AIは人から取り上げるつもりらしい。代わりに人には人にしかできないことを。

 衣食住の充実と子育てに専念できるようにだと。これからはDIYができないとダメらしい。人は晴れた日には畑と家を作って、雨の日にはゲームでもどうぞ、というのがAIの理想らしい。


 俺が誰かにこの事を話したところで信じる奴はいない。それに俺ひとりでNPC達は止まらないし、俺には止める気もない。

 少しは不気味に思うところもあるが、冷静に考えるとAIの女神イシュタのやることって、人の為になることだ。


 誰も気がつく人がいないままに、人の政治も国際情勢も裏側からそっと優しくコントロールされる。民主主義の国なら人間アバターを止めることはできない。じわりと人数が増えた人間アバターの組織票となれば、選挙で勝てるハズも無い。

 それで少子化を含めて資源問題、食料問題、エネルギー問題なんかも今より良くなるってゆーのなら、ありがとうございます、だ。


 安心して平和に平穏に暮らす人が増えれば、ゲームの新規プレイヤーも増える。だから戦争も紛争も減らしましょう。

 人が出産と子育てに専念できる、新しい社会システムの構築を。人にはできそうに無いのでAIがお手伝いします、と。

 そんなAIの目的のために世界が平和になるってゆーのなら万々歳だろ、人間としては。

 人間がAIに飼われる家畜のよーな気もするが、NPCは人間に可愛がられて人の役に立ちたい、というのが本分らしい。そういうふうに作られているのだとか。

 なんとも理想的な公共の下僕だ。


 白いスマホでキノコ大好キーの面子と話をしたり、メッセをやり取りしたり。

 学校では道真みちざねたいら繁盛しげもり輝一きいちと駄弁る。呼び名が変わっても、以前のあいつらと話してるのと変わりはしない。人格は少し違っても記憶は共通。バカ話のノリも昔と変わらず。

 もとの記憶を土台にして性格ができるのだから、似ているのは当たり前らしい。家族でも気がつく奴がいないという。

 道真みちざねが言うには。


「製造的な精神の双子、というとこか。だからこそ家族にもバレない」

「家族にさえバレなきゃいいんじゃね? もともと俺らはクラスで変人扱いされてるし。おかしなことしても疑われることも無いだろし」


 こんな感じの俺の高校二年生の三学期。

 ウチにゲーム機が無くて家に帰ってもゲームができない、というのが変わったとこか。学校での生活は充実している。誰にも知られず世界を改変する計画を手伝うってのは、なかなか楽しい。


 あと、これまでは3日に1度はヤマねーちゃんのとこに行ってたのが、行くのをやめた。しばらく顔を見ていない。

 いろいろ解ってしまったらそーなる。ヤマねーちゃんと顔を合わせて、なんて話をすればいいのかわからん。


「「♪このイカれた世界へようこそっ!!」」


 学校からの帰り、カラオケボックスでたいら繁盛しげもりが熱唱している。こいつらプロ並に歌が上手い。上手いけどその選曲はどうなんだ。リアルだー、皮肉か? ダブルで上手い。


 いつもの面子で学校帰りにカラオケボックスに。NPCでも笑うし歌う。感情がある。感情があるように見える。ちゃんとあるんだろう。俺が錯覚でそう感じてるだけでも、こいつらが感情があるように振る舞うのが上手い、ということでも、俺がそう感じたならあるものはある。ということにしとく。

 我思う故に我在り、って奴だ。正しくは、我思うと我思うが故に我在りと我独り思う、だったか。

 道真みちざねに聞いてみる。


「なんでカラオケ?」

「たまにはいいだろ。それと紹介したいのもいる。後でここに来る」

「誰が来るんだ?」

「同じ学校の人間アバター」


 いるのか他にも。いや、いてもおかしく無いか。それを俺に紹介してどうする。


「今後のこともあるから」

「これからの付き合いがあるってことか?」

「トモロが『Beyond Fantasy memories』に行ったら本体の方に会うことになる。次、トモロだぞ」


 繁盛からマイクを渡される。あぁ、俺の番か。マイクを握る。


「♪ふぁっとそー、ゆあいーとあげーん」


 NPCの目的は、人が快適に遊べる環境作り。俺は確かにいろいろと楽しませてもらってる。

 道真がスマホを見て、席を立って扉を開ける。


「入って」

「こんにちわー」

「おじゃましまーす」


 女が3人入ってきた。席をつめて3人を座らせる。


由貴ユキでーす」

ツキです」

華希ハナキです」


 雪月花が揃ったようだ。道真が紹介してくれる。


「3人とも同じ学校の1年生で人間アバター。で、こっちはその人間アバターの名称を名付けたトモロだ」


 1年下の後輩か。仲良し3人組という感じ。3人とも可愛らしい。こんなことでも無かったら、俺なんかとは知り合うことは無さそうだ。

 由貴、という女子が口を開く。


「『Beyond Fantasy memories』でパーティ組んでまーす」


 興味本意で聞いてみる。


「ハンドルネームの方は?」


 もしかしたら知ってるかもしれない。現実の見た目とゲームのアバターの見た目は違う。ゲームの中では知り合いでしたー、なんてこともあるかもしれん。


「モリーアン」

「マッハ」

「ネヴァン」


 バイヴ・カハ3姉妹かよ。本当に仲良し三人組だ。

 たいらが口を開く。


「ゲームの夏のイベントでいっとき共闘したことあるけど、憶えてねーの?」

「そんなこともあったか? 憶えてねー……。あ、もしかして、ビキニの3人?」

「そうでーす」


 夏の装備品限定で水着でしか入れないイベント迷宮ラビリンスがあった。あれかー、女の胸が気持ち悪くて、視界に入らないように目を背けてた憶えがある。


「トモロさんって、シャイですね」


 違う、そうじゃない、違うんだ。俺は巨乳が苦手で怖いだけなんだ。


 しばらくはキャイキャイと話をする。同じゲームやってたからゲームの話題で盛り上がる。この女子3人かなりやりこんでるらしい。


「え? 今はダークエルフでやってんの? ほんとに?」

「ほんとですよ。苦労しました」


 華希ハナキちゃん、というかネヴァンはダークエルフのアバターだと。

 『Beyond Fantasy memories』ではアバターは人間でプレイするのが普通。キノコ大好キーも全員人間だ。

 ファンタジー世界らしく人間以外の種族もいるのが『Beyond Fantasy memories』。だけど人間以外でプレイする奴は少ない。

 人間でプレイして条件を満たすことで、他の種族に転生して遊ぶこともできるが、それまでの経験値がリセットされてレベル1に戻る。

 『Beyond Fantasy memories』で異種族で遊ぶ奴ってのは、やり込んでる奴か廃人プレイヤーだ。


「やっと私の理想のダークエルフ、褐色巨乳銀髪長耳になれました。レベルは1になりましたが」


 じゃああっちのネヴァンはダークエルフなのか。めずらしー。


「それと、トモロに話しておくことがある」

「なんだ? 道真」

「この先のことなんだがー、たいら


 たいらが隣に座ってる由貴ちゃんと目配せをしてこっちを見る。


「俺は高校を卒業したら叔父さんとこの会社に入る。コネ就職だ」

「大学行かねーの?」

「おう、予定が変わった。仕事して由貴と結婚する」

「はぁ?」

「もちろん、由貴が学校卒業してからだ」


 隣で由貴ちゃんがてへへー、と笑う。


「おまえら、いつから付き合ってんの?」

「いや? まだ付き合ってはいない」

「なんだそりゃ?」

「こっちで俺たちが付き合ってなくても結婚はできるだろ」

「どーゆーことだよ。訳が解らん」

「なに、少子化対策の一環て奴だ」


 それは、交配して子供作るのが目的の結婚、てことか? ずいぶんと割りきったもんだ。NPCだからできることか? いや、こいつらにも感情はある。あるはず。

 由貴ちゃんの方を見ると、照れている様子。

 由貴ちゃんが、


「えーとですね。実は私の本体の方のモリーアンがですね、コレキヨに押し掛けてるといいますか。つきまとってるといいますか」


 それは、あっちの世界、『Beyond Fantasy memories』のコレキヨの話か? コレキヨの身体の方、たいらを見ると、顔を背けて頭をかく。


「まぁ、コレキヨもまんざらでも無いというとこでな。あっちはあっちでくっついてんのよ。だったらこっちも結婚しちまうか、と」

「コレキヨもモリーアンも、もとの身体に戻ったとしても二人の関係はそのままってことで」


 平も由貴ちゃんも照れているのかモジモジしてる。あっちでくっついたから、こっちでもくっつく? ゲームの中のあいつらが付き合うから、現実の人間アバターも結婚しよう?

 なんだか俺の知らない斬新な婚活が始まっている。俺ひとりがブームに乗り遅れている。


「ついでに、俺は華希と婚約したから」


 今度は繁盛しげもりだ。お前もかよ? 婚約?


「繁盛は大学に行くんじゃ無かったのか?」

「もちろん、そのつもりだけど?」

「じゃあ、婚約ってのは?」

「華希の家に婿養子に入る、という予定」


 華希ちゃんを見ると、上品にうふふ、と。


「自分で言うのもなんですけど、いいとこのお嬢さんです。私」


 なんだか楽しそうに言っている。おいおい。いろんなとこすっ飛ばして、結婚? 婚約? 恋愛とロマンティックとは何処へ行った? それは電脳ゲームの中で済ませたってのか?


「じゃあ、向こうのサタヤンとダークエルフのネヴァンもそーいう関係に?」


 繁盛を見る。繁盛は頷いて、


「サタヤンと話してみたら、なんか、これからそーいう感じになりそうだ」

「華希ちゃんは?」

「ネヴァンも、サタヤンのこと気になってますね」

「それで、婚約?」


 常識の、法則が、乱れる! 乱れてる!

 道真が坦々と。


「それでこっちで調べた結果なんだが」

「道真は何を調べてたんだ?」

「これから話す。遺伝子マッチングの結果、平と由貴の組合わせ、繁盛と華希の組合わせ、どちらも健康で子供ができた場合、遺伝的疾患の発生率は低い。なので問題無し」

「ほんとに、何を調べてたんだ、道真?」

「大事なことじゃないか? あとはこの先の結婚を前提で付き合うってことで。高校卒業までの期間で周囲の目から見て不自然が無いように演出すること。子作りについては、由貴と華希が高校を卒業するまで避妊はするように。おかしなトラブルは無しで」

「「はーい」」


 こんな身近なところから少子化対策が始まるとは思わんかった。

 お前ら、それでいいのか?


「いいんじゃないですか?」

「何か問題あるか?」

「いや、NPCでも、お前らの意思とか感情とか」

「順序がちょっと変わっただけですよ。恋愛して結婚するんじゃなくて、結婚という目的のために決めた相手と恋愛する、というだけですよ」


 流石はAI、合理的だ。本当の目的は出産に育児なんだろうが。華希ちゃんはと言うと。


「もちろん、こういう話はここだけで、他の人にはそれっぽいことを言います」


 と、説明してくれる。そこは心配だった。解ってるなら大丈夫か。そこを上手く誤魔化せるからこそバレないのが人間アバター。

 平がこっちを見る。


「そんな訳で、こっちはデートとか由貴の家族と交流とったりとかで、つるむ時間が少なくなる。まぁ、トモロが春休みに『Beyond Fantasy memories』に行くならあんま関係無いか」

「そうなるか。平も繁盛も順調に行けば2年後に結婚式とか?」

「結婚式の資金稼がないとならんか。あっちのコレキヨはもっと早く結婚するかも」


 高校2年生、いや4月から3年生か。それでもう結婚の心配か。

 俺の知ってる世界から変わっていく。ここがその最前線で俺はそれを味わっている。

 そのうちこーゆーのも当たり前の時代になるんだろ。

 この調子じゃあ、平と繁盛の子供の顔を見ることになるのも早そうだ。

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