ボディ・リサイクル・アゲイン

八重垣ケイシ

第1話◇プロローグ


「うーし、来たぜぇ」

「来たぜ来たぜ来たぜー」

「ちっと回復薬ポーション残量が心もと無いけどなー」

「さっきので、けっこう消耗したか?」

「ここ、ウザイ敵大過ぎ」


 ここはエセンディア東部、白雪山脈の山の中腹。迷宮ラビリンス、『不帰城かえらずのしろ

 俺達のパーティ、『キノコ大好キー』は迷宮ラビリンスの深奥、ラスボスの部屋の前まで到達した。


 ただ、俺達のパーティは本来5人なんだが、ここにはひとり足りなくて、今、4人だ。

 ラスボスに向かう前の最終点検、アイテムと装備品を確認しながらボヤく。


「なんでトモロが来てねーんだよ?」

「知らね、連絡もねーし」

「トモロがこの『不帰城かえらずのしろ』を見つけたっていうのにな」

「あいつの親、ゲームにうるせえって聞いてるわ」

「うるせえっつーか、俺、会ったことあるけどな、トモロの親」

「何? 勉強しろって煩いティーチャーママ?」

「いや、人んちの親にこーいうこと言うのも、どーかと思うんだが」

「なに? そんなスゲーお方なの?」

「……あんな気違い、初めて見た」

「うーわ、寒気がした」

「あれじゃ、トモロもおかしくなるわー」


 男5人のむっさいパーティ『キノコ大好キー』は、全員がリアルでも顔見知りというオンラインゲームでは珍しいパーティだ。

 というのも全員同じ学校の同じ学年で同じクラス。で、同じゲームで遊んでる。仲のいいゲームバカ五人でつるんで、学校が終わってからもこうしてネットゲームで遊んでいる。


 ただ、俺たち今、高校2年で来年には3年だ。3年になったら、もうこうして遊ぶこともできないだろうな。とか、と言ってたところで、じゃあ最後になんかしようぜ、という話が盛り上がった。

 

 俺も高校3年になったらゲーム卒業か。みんな大学受験か、専門学校か、それとも就職が待つ1年になる。この面子でゲームするのも、この冬休みが最後かもな。そんな風にちょいとしんみりしてしまう。


「なのに、『不帰城かえらずのしろ』に行こうぜ、と言ったトモロがいねえのかよ」

「なんかしまらねえな。どうするリーダー?」

「こういうときだけリーダー扱いすんな」


 他にやる奴がいないから俺がリーダーやってるが、このパーティ『キノコ大好キー』のお世話係はトモロだろうに。

 『不帰城かえらずのしろ』の噂を聞いてその在処を調べたのもトモロだ。

 不死アンデット系が多くて、出現するお宝もたいしたことなく、経験値も特に美味しくも無い。なのでこの迷宮ラビリンス不帰城かえらずのしろ』は人気が無くて人も少ない。

 場所も雪山の中で、ここに来るまでが登山みたいで面倒だし。


「まったく、謎を解明だって言ってた発見者がここにいないってのはなー」

「なにやってんだか」

「トモロが1番楽しみにしてたっつーのに」


 聖騎士のサタヤンがランスに耐久力回復の巻物スクロールを使い、武装をチェックしながら文句を言う。


「もうちょっとだけ、待ってやろーぜ」

「あいよー」


 俺たちはトモロがログインするのを待ちながら、ラスボス戦の前準備をする。不死系が多いところで、ラスボスもアンデッド。対不死系の装備にアクセサリーで、このレベルの迷宮ラビリンスは俺たちなら楽勝だ。


 ただ、このゲーム、『Beyond Fantasy memories』、いわゆる電脳体感ゲームのMMOなんだが、前回のバージョンアップから妙な噂が流れている。

 オカルトじみた奇妙な噂が。


「ほんとにここのボスが、アレ、なんかねー?」


 侍のコレキヨがボス部屋の扉を見ながら言う。不死アンデット系の多いとこのボス部屋らしく、骨を組み合わせて作った白いデカイ扉は不気味でカッコいい。

 トモロとは特にバカな話で盛り上がるコレキヨは、なんだか寂しそうだ。


「トモロはそー言ってたけどな。と、言ってもどこの掲示板から拾ってきた話なんだか」

「あり得るわけねーべ、そんなの。昔のラノベじゃねーんだから」


 俺もそう思う。あるわけが無いと。現実逃避じみた、夢物語。それこそマンガのような話だと。

 そうは思うが、もし本当だったら、と考えると少しワクワクする。いや、俺が大学に行くのも俺が決めたことだけど。なんと言うのか、これでいいのか、とか、先のことをどう考えたものか。未来も進路も真面目に考える程に、何が正解か、俺はこれでいいのか、なんて思ってしまう。

 そういうことから逃げたいのかもしれない。

 世の中そんな風に思うのが多いから、噂でもこんなバカバカしいのがあったりするんだろうさ。トモロの持ってきた噂の真相を確かめようと。


「そのへん確かめるにも、ここのボス倒したら解るだろ。それに『不帰城かえらずのしろ』はバージョンアップで増えたヤツだし、俺たちまだ未クリアだから埋めとこーぜ」

「うぇいうぇーい」


 しかし、トモロを待つとして、いつまで待つか。ここでこうして駄弁っててもいいんだが。

 そんなことを考えていると、メッセージが入ってきた。

 出したヤツは、当のトモロだ。


「お、トモロからメッセ来た」

「あ、こっちも」


 電脳ゲームにダイブ中は、俺の身体はヘッドギア着けてゴーグル着けてベッドに寝てる。電話やメッセがあってもすぐに取れやしない。

 だからスマホはゲーム機、VSWXバーエスダブルエックスに繋げてある。

 これでVRゲームしながら電話もメールもできる。ゲーム中に外と電話できるのは便利なんだが、なんか雰囲気壊れるんだよな。

 で、そのトモロからのメッセなんだが。


『俺を置いて、先に行け(ノД`)……』


 トモロ、何があった?


『母さんにVSWXバーエスダブルエックスを壊された(つд;*)』


 壊されたって、おい、トモロ?


『ゴーグルもヘッドギアも、金属バットでゲショゲショに( ;∀;)』


 お、おぉう……、金属バットか……。

 トモロの母親、怖ぇ……。


『俺も逝きたかった(T0T)』


 逝ってどうする、トモロよ。


『『不帰城かえらずのしろ』のボス、シャドウリッチは、杖、王冠、玉座の3ヶ所を部位破壊しろ。それで倒すと特別報酬に選択肢が出る。ただし、そこに表示される報酬を選んじゃダメだ!』


 表示される報酬を選んじゃダメ? それはどうすりゃいいんだ? タイムアップを待てばいいのか?


『選択肢に無い報酬を選ぶには、『第4の報酬を望む』と大声で叫ぶんだ! 恥ずかしがるなよ!』


 いや、恥ずかしいだろソレ! なんだそりゃ?


『これが例の噂に繋がる裏ワザ、らしい。まぁ、ダメもとで試してみてくれ。健闘を祈る( ・`д・´)b』


 そっか、トモロは来れないのか。一番楽しみにしてた奴が来れないってのはなぁ。

 というかVSWXバーエスダブルエックスをぶっ壊されたら、トモロ、ゲームできないじゃん。まだ冬休み始まったばかりなのに。あのゲーム好きがゲーム機壊されたらどうすんだよ。

 可哀想というか、残念というか。仲間達も口々に。


「トモロ、御愁傷様」

「いや、死んでないだろ、まだ」

「あのゲーム中毒ジャンキーが、ゲーム機壊されたら、死んだも同然だ」

「あぁ、廃人にはなってるか」

「生ける屍状態だろーよ。アルバイトして貯めた金で買ったゲーム機ぶっ壊されたら」

「まぁ、トモロが来れないのは解ったし」

「しょーがね、4人で行くか?」

「あぁ、トモロの弔い合戦だ」

「トモロ、お前の死は無駄にしない」

「あぁ、トモロの魂は俺達の中で生きている」

「進もう、トモロの屍を乗り越えて」

「お前らひでぇな」

「単に言ってみたかっただけだろ」


 トモロが来れなかったのは残念だが、仕方無い。俺は杖をクルリと回し。


「んーじゃあ、4人で行くか。隊列組んで。相手は不死アンデットのシャドウリッチ。みんな対不死アンデットの属性装備で固めてるからなんとかなんだろ。先に杖と王冠と玉座の部位破壊。そっから畳み掛けるということで。魔石爆弾も出し惜しみせずに派手に行こうか」

「「おー!」」


 雪山の中、廃墟の城『不帰城かえらずのしろ』その奥の奥、デカイ骨を幾つも組み合わせてできた、いかにもな重々しい扉を開ける。迷宮ラビリンスボスとやるのも久しぶりだ。


「さぁ、やるか。シャドウリッチの討伐報酬を、トモロの墓前に供えてやろう」

「「ロードが1番ひでぇ!」」

「墓前って、トモロ、もぅ埋葬済みかよ?」


 バカなこと言いつつ、ボス戦開始! 

 やっぱみんなでボス戦て楽しいわ。

 

◇◇◇◇◇


「あー、意外に長引いたな」


 シャドウリッチはギャオオ! と苦しみながら豪華なローブに火がついて、暗い炎の中でもがいてる。迷宮ラビリンスボスらしい派手なヤられシーンだ。

 こう、ボスが大げさなくらい、やられたーっ、とやってくれるとこっちも討伐したぜって気分になれる。


「うん、勝った、やってやった」

「部位破壊したらモードが変わるって、けっこう凝ったボスだったなー」

「何気にライフがヤバかったんだけど」

「部位破壊狙わなきゃ、楽勝ポイ?」

「そんな感じのボスだったな」

「んじゃ、その分、報酬に期待か」

「いやー、今さらこのレベルの迷宮ラビリンスだとなぁ」


 暗い炎の中にもがいてボロボロになって消えるシャドウリッチ。

 討伐完了のファンファーレが高らかに。ボス部屋は明るくなって、地面に散らばってる骨が崩れて消えていく。壊れた玉座が転がってる。

 

「で、問題は報酬なんだよな」


 討伐報酬に出てきた素材はまとめて保管。あとで識別して分けるとして。金貨銀貨は頭割りで今、分けて、と。

 バージョンアップしたことで、変化を持たせようとしたのか、ボス戦での特別報酬の選択肢。部位破壊とか弱点属性攻撃とかでこの特別報酬の選択が増える。

 このうち1つしか選んで持って帰れない。だから全部取ろうとすると、同じボスを最低3回はやらなきゃならない。倒し方に工夫もいる。その分、長く遊べるやり込み要素ってことらしい。

 で、この特別報酬、出てきたものは、と。


『暗黒の宝玉』

『シャドウローブ』

『闇の靴下』


 このうちひとつを持って帰れるわけなんだが。


「……闇の靴下は完全にネタ装備だな」

「ソックスコレクター用じゃないの?」

「あのシャドウリッチ、靴下履いてたのか? 足はどうなってんだ?」

「下半身は影に包まれて宙に浮いてたよなあ」

「俺、あと3つでソックスコレクターマスターの称号が取れるんだけど」

「お前、やってたんかい、集めてたんかい」

「カーソルを動かしてみても4つ目は出てこない」


 トモロのメッセでは、選択肢に出ない報酬を選べってことなんだが。


「まー、バカバカしいとは思うが、トモロの見つけた裏ワザらしいんで」


 振り向いて仲間を見る。この1年、同じゲームをやってきた仲間達を。

 コレキヨ、サタヤン、速撃ちマック。

 ロードの俺がリーダーで、ここにトモロがいれば『キノコ大好キー』全員集合だったけど。


「これも青春か? 夕日の海に叫ぶように、みんなでいっちょ、やってみるか?」

「試すだけならタダだし」

「じゃ、ロード、音頭よろしく」

「うし、じゃ、やるぞ」

「まてまて、文章確認させろ」

「『第4の報酬を選ぶ』だったよな」

「何も起きなかったら、闇の靴下ってことで」

「闇の靴下をトモロの墓前に供えるのか……」

「そのネタ引っ張るのか?」

「みんないいか? いくぞー! サン、ハイ!」


 男四人が声を揃えて、


「「第4の報酬を選ぶ!!」」


 これはゲームの中で他に見てる奴もいない。悪ノリ悪ふざけ、でも他人の迷惑にはならないように。電脳ゲームの中なら夜中に叫んでも近所の迷惑にならない。だから俺たちはけっこうバカなことしてると思う。

 でもそれが俺たち『キノコ大好キー』だ。

 ボス部屋に俺達の叫びが何度も木霊したような。明るくなった廃墟の城の中、俺たちの声が何処かに届いたような。


 ……このときはネタだと思ってたんだよ。噂というのもタダのオカルトだって思ってた。そんなことがあるわけ無い。それが本当なら、ニュースになってるだろうし、このゲーム『Beyond Fantasy memories』だって停止されてるハズだ。

 プレイヤーが電脳ゲームの中に意識を取り込まれて、帰ってこれなくなる。そんなことがあれば目覚めない人間が増えてるハズだ。

 ログアウトできなくなって、身体に意識が戻らなくなる。これが本当だったら植物状態のようになって、病院にそんな患者が増えるだろう。事件になってゲームを運営してる会社に警察が捜査に入ったりするだろう。

 でも、そんな話は聞いたことも無い。


 ゲームに入って帰ってこれなくなる。

 こんなことが、昔に流行した小説かマンガみたいなことが、現実に起きるハズは無い。起きるハズは無いけれど。

 でも、もしもそんなことが起きたらおもしろそうって、それで噂だけが広まってるんだろう。

 ま、現代にはそれだけ現実逃避したい人が多いのかもしれない。

 そんなふうに考えていたさ。


 まさか、俺たちがこのゲームからログアウトできなくなるとは。

 いや、できなくなるんじゃ無くて、しなくてもよくなる、が、正しいのか?

 ログアウトするのが、ちょいとめんどくさくなってしまっただけ、とも言える。


 なので、今も俺たちは、

『Beyond Fantasy memories』の中にいる。

 いつか、ここにトモロが来るのを待っている。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る