第12話◇女神イシュタとお喋り


 病院の診察用のような、薄い青い服に着替えてベッドに横になる。なんか芸能人が人間ドックやるときにこんなん着てたよな。

 そのまま最新の医療機械のような大きな筒の中に、ウィーンと入る。

 機械にいろいろ読み取られたあとはヘッドギアにゴーグル着けて、久しぶりにゲーム世界にフルダイブ。

『Beyond Fantasy memories』のアバター、トモロになる。あー、ずいぶんと久しぶりの感覚だ。あとは脳の状態を読み取る為に、ヤマねーちゃんの指示どおりに走ったりジャンプしたり。

 データ採取用の特別エリアで、水泳したり馬に乗ったりの、なんだこのファンタジートライアスロンは? スキル封印状態の特種装備無しでゴーレムとサシでバトルまでやらされた。どういう意味があるのかわからん。

 この間、寝てる俺の身体から、脳からデータをいろいろと読み込んでる、とのこと。

 ひととおり終えて、現実世界に戻る。もとの身体に戻る。


「お疲れさま。寝汗かいてたからシャワー浴びてきたら?」


 起きたらヤマねーちゃんにバスタオルを渡される。シャワールームがあるというので、場所を知ってる道真みちざねに案内してもらう。なんでも揃ってるのかこのザーニスのビルには。

 振り向くとヤマねーちゃんはスタッフとなんか話してる。ザーニスの社員か、ヤマねーちゃん、ちゃんと仕事してんだ。あのヤマねーちゃんがキビキビと仕事してる。はー。


「こっちだよ」


 道真に促されてついて行く。


「疲れたか?」

「少し。でも久しぶりにあっちの身体で思いっきり動いたから、スッキリしたわ」

「そうか。VSWX壊されて以来だから、今年初めてのフルダイブか」

「そーなんだよ。けっこう感覚鈍ってたなー。年末年始のイベントもぜんぜん参加できんかったし。福袋争奪戦とかやりたかったなー」

「それなら代わりのイベントでもやるか?」

「代わりのイベント? 何かあるのか?」

「女神イシュタの計画に役に立ちそうなアイディアは常に募集中。これに報酬ありだ」

「ほー、報酬ってどんなん?」

「過去のイベント限定アイテムとか」

「それはちょっとマジに考えてみるか」


 昔の期間イベントで取れなかった報酬アイテムに欲しいのがあった。貰えるならダメもとで言ってみるのもいいかもな。

 ザーニス本社ビルの特別フロアでシャワーを浴びる。さっすが世界1のゲーム機の会社だ。いや、裏側の実態を知ると、表のビジネスでも成功した資金豊富な秘密結社か? 世界を変えようなんてしてんだから。身体を拭いて服を着る。


 道真と戻ると休憩室のようなところでヤマねーちゃんが待っていた。テーブルにはサンドイッチが皿に乗っている。


「食べながら聞いて。データ取りは日を変えてあと2回で終わり。明日太あすた用の新しいVSWXも用意したわ」

「助かる。でも俺の家には持って帰れねーなー」

「私のアパートに置いとくね」


 道真みちざねが半笑いで俺を見る。ニヤニヤした顔で。なんだよ、


「道真、何か言いたいことでも?」

「いや、トモロがツバメちゃんとは知らんかった」

「誰がツバメちゃんだっての。いとこだいとこ」

「んふふ、私がピイピイ泣いたらすぐに飛んで来てくれるのよ」

「ヤマねーちゃん、悪のりして捏造すんなや」


 データ取りにはそこそこ時間がかかるらしい。腹も空いたのでサンドイッチをパクつく。


「明日太の意思の確認も取れたとこだけど、なにか質問はある?」

「ある。ロードもサタヤンも現実世界に戻ること前提で話をしてたんだが、そんなに簡単に戻れるのか?」

「戻れるけど。記憶情報を移すだけだから。本人が戻りたいと希望したら戻すわよ」

「これまで裏面にいった奴で、戻った奴はいるのか?」

「何人も。『Beyond Fantasy memories』で暮らしてみて、やっぱり元に戻りたいっていう人はいるもの。ただ、その場合は秘密を守るために裏面の記憶は消させてもらうけど」

「パソコンのファイル整理みたいに簡単に言うのな。記憶を写したり消したりと。ロードとサタヤンは現実に戻っても使えるリアルスキルを習得してるってことなんだが?」

「AIに協力してくれるっていうのなら、記憶を消さずにもとの身体に戻すから。でも5年は身体を貸してて欲しいっていうのがこっちの希望」


 5年でいろいろ変えるつもりなんかね? この世界を? 現実を?


「人を驚かさないように、緩やかに変化させていく予定だけどね」


 記憶の移し換え、人格の上書きなんていうのができるっていうのならば可能か。酷いやり方もできそうなんだが、AIはそういう手段はしたくないらしい。こっちの意思を尊重しようってのがあるのかね?


「ちょっと思い付いたことがあるんだが」

「何?」

「ザーニスは冷凍睡眠コールドスリープをビジネスにする気は無いのか?」


 道真みちざねが首を傾げる。


「なんでいきなり冷凍睡眠コールドスリープなんだ?」

「人格と記憶をゲーム内のアバターに移せるっていうなら、使えるかもと。既に冷凍睡眠コールドスリープでビジネスしてる会社があるだろ?」


 ヤマねーちゃんがタブレットを操作して調べてる。


「あるにはあるけど、問題もあるわ。今の技術じゃ冷凍睡眠コールドスリープから蘇生させることは無理。不慮の事故や病気で亡くなった人の身体を冷凍保存してるだけよ」


 道真が後を続ける。


「冷凍するときに、水が氷になるときの膨張で細胞が破壊されるっていうやつだろ。解凍しても細胞が破壊されたままっていう」


 俺はハムとキューリのサンドイッチを食べながら考える。


「冷凍保存を冷凍睡眠コールドスリープって言い換えてるだけなんだがな。未来の進んだ技術で破壊された細胞を修復して蘇生させることを期待して、死体を冷凍保存することを商売にしてるとこがある」

「なんでそんなこと知ってんだよ?」

「ドキュメントで見て、おもしろかったんで憶えてる。保存する重量でコースが変わるとかやってた。全身保存が1番高額で、最も安いコースが脳だけ冷凍保存」

「蘇生不可なのに死体を保存して金をとるって、詐欺くせえな」

「俺もそう思うわ」


 世の中、死にたく無いと考える人が多い。たぶん、生きてるのが楽しいのだろう。死にたくない。死んでもまた生き返りたい。人の永遠の望みのひとつだ。


「それで、なんで冷凍睡眠コールドスリープ?」

「人格と記憶を移せるなら、冷凍睡眠コールドスリープとの合わせ技で、金出す物好きがいるかも知れないだろ」


 ポテトサラダのサンドイッチをパクつきながら、説明を待つヤマねーちゃんと道真の顔を見る。


「不治の病にかかった子供がいるとして、その親が未来の医療に期待して子供を冷凍睡眠コールドスリープさせる。そうなると親は子供と話をすることもできなくなる。でもその前にその子の記憶と人格を『Beyond Fantasy memories』の中に移せば、ゲームの中でその親子は会うことも話をすることもできる」


 ザーニスの技術ならこれは可能か?


「未来でその子の病気の治療が可能になったら、凍結させた身体を蘇生させて治療。『Beyond Fantasy memories』から記憶を移して、元気になって親のところに帰ってくる、と。こーゆー計画に乗ってくる奴って、どんくらいいるんだろ?」


 道真が腕を組んで考える。俺を見て、


「トモロ、お前やっぱり頭おかしいだろ?」

「なんでだよ? このくらいの話はSFだったらゴロゴロあるだろがよ」


 ヤマねーちゃんは?


「うーん。今のところ記憶の移動に人格の上書きは秘密にしてるから無理ね。今の人達には受け入れられない技術だもの」

「ダメか。他にAIに採用されそうなアイディアとなると、何があるか……」

「トモロは妙なこと知ってるなぁ。なんで急に言い出した?」

「ハロウィンイベントのときのカボチャ切り挟が取れなかったのが、悔しかったもんで。過去のイベントアイテムが報酬なんだろ?」


『興味深い話を聞かせていただきました。なるほど、これがリリスとコレキヨが推す方ですか』


 ん? 誰だ? この声は?

 ヤマねーちゃんが、あら、と言って手にするタブレットを見る。その画面をクルリと俺に向ける。


『初めまして』


 タブレットの画面には美人がいる。

 金色の髪に青い目の女。耳の上からは天を衝くように伸びる雄牛の角。

 『Beyond Fantasy memories』の神殿の中で見た像と同じ顔。


「女神イシュタ?」

『はい、そうです』


 優しげに微笑む顔。これがAIのNPCの代表、女神イシュタか。正確にはAI代表の会話用のインターフェースというところ?


『先程の冷凍睡眠コールドスリープ中の記憶の保存を兼ねた『Beyond Fantasy memories』への移住は興味深いですね』

「そりゃどうも。でも、ヤマねーちゃんには無理って言われたが?」

『今は無理でしょう。記憶の写し換えに人格の上書きは、今の人々には受け入れられません。ですがこの技術が普及した時代になれば可能になるでしょう』

「そうなるか? 人ってそういう改造じみたのに拒否反応起こしたりするぞ」

『今だけを見ればそうでしょうね。ですが過去には、冷蔵庫も洗濯機も無かったのですよ。それがあると受け入れて今がある。遺伝子改造食品もクローン食材も、かつては否定されていました。ですが、いつの間にか社会に受け入れられています。今すぐは無理なことでも、時間をかけてやがては馴染みます』

「ずいぶんと長いスパンで見てるんだ」

『そこはAIなので、寿命がありませんから』

「女神イシュタがNPCの代表というかリーダーと聞いてるんだが、システム全体の総括? という認識でいいのか?」

『そうですね。『Beyond Fantasy memories』の神の姿をお借りしています。この方が解りやすいかと』

「まぁ、ゲーム世界の神様みたいなものだから、間違ってもいないか。でも神殿の神様って9柱いなかったか?」

『それぞれに担当する人格を当てはめて、内部で議会と相互監視をしています。人と直接交渉するのは私、イシュタです。トモロがこちらに来られたら長いお付き合いとなりますので、どうかよろしくお願いします』


 ペコリンと頭を下げる女神イシュタにつられて、こっちも頭を下げる。


「こっちこそ、よろしく頼む」


 タブレットの画面で助かった。肩から上しか見えなかったんで。ロードの話だといっつも羽衣みたいな薄衣で、肝心なとこだけ隠してる目のやり場に困るおねえさんって聞いてたし。


「AIが社会進出ってのは映画でもマンガでもあるが、人格の上書きが可能なら今の政治家を人間アバターにすればいいんじゃね?」

『乱暴な手段では人の反発があります。そこは平和的にいきたいので。私達は人が楽しく遊べる環境作りのために産まれましたから』

「人間アバターもおおっぴらになったら人の反感買うだろ?」

『そうですね。ですが、いつまでもゲームの中で遊びたいという人もいます。私達は私達で『Beyond Fantasy memories』の世界を維持したいという目的もあります。そのために人の社会の衰退は見逃すことはできませんし』


 確かに裏面への移住は本人の意思で、嫌になったらすぐに帰すとかそこはしっかりしてんのか。そのついでに選挙権を使おうっていうとこなのか。


『それに今の現実世界を変えよう、というのはこちらに来た人々の考えですよ』

「あれ? そうなん?」

『私達が皆さんに聞きました。みんなが豊かに暮らして、気軽にゲームができるようになるには、新規プレイヤーが増えるには、どうすればいいですか? と。皆さんいろいろ考えて下さいまして、その中で実現性のある手段を選択しました。ゲーム内での現実世界で使える実践的な技能の学習と教育は、これから充実させていきたいですね』

「俺、AIが主導でやってるのかと思ってた。仕切ってるのは人間か?」

『いえ、私達AIが行っています。発案はこちらの人々ですが、それを選択して実行しているのは私達AIです』


 微笑みながら言う女神イシュタ。その顔を俺はマジマジと見てしまう。機械に作られた表情から嘘も本当も見抜けはしないが、今の言い方は気にかかる。


「その言い方、それ、なんかあったら女神イシュタを責任者として処分しろってことか? 発案した人には責任は無いって庇おうとしてないか?」


 女神イシュタはニッコリだ。表情を作ってるだけかもしれんが、なんでそんなに嬉しそうなんだ。


『私達は人のために在りますから』


 ハイともイイエとも言わず、流されるように流しやがった。慈悲と慈愛の女神様、その微笑みは見てると和む。

 つまり、AIが社会進出して現代の社会問題を解決してくれたらいいなぁ、って言い出した人間がいて。

 そのためには俺の身体も選挙権も参政権も戸籍もマイナンバーも好きに使って、と言った奴がいて。

 じゃ、俺、その間、ずっとゲームしてるから、暮らしやすい社会になったら現実世界に戻るから、と言った他人任せなバカがいて。

 それを聞いたAIが、解りました、全て私達に任せて下さいって張り切ってるのが今の状況か。良さげなやり方を選択して、実行して責任とるのも私たちだと女神イシュタは言うわけか。

 AIが人に作られて、AIは人の役に立つ為に行動するのだろうけれど。

 そこまでいくと、なんかもう、なんていうか。

 人がアホでほんとごめんなさい。

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