第13話◇人格を書き換えよう
「春休みにはひとりで旅行しようかな、と、考えてるんだけど」
「どうして?」
家に帰り母さんと一緒に夕食を食べる。母さんと一緒に食べる食事は、紙を食べてるように味がしない。
カルトおすすめの謎の豆入りごはんは、それほど悪く無いのだが、歯応えあって顎が丈夫になりそうだ。
母さんは料理にほとんど調味料を使わない。これもカルトの教え、色の濃い調味料を使うと精神も染まるということらしい。高血圧にはいい食事なんかもしれん。
家には醤油もソースも無いもんな。黒い調味料は精神に良くないらしい。
あの宗教の奴らはプリンを食べるときどうするんだろう? カラメルだけ綺麗に削ぎ落とすのだろうか? テーブルの上にはカルト御用達の謎のナンプラーもどきはあるが、何が入ってるか解らんので使いたくは無い。
夕飯を食べながら春休みの予定、ひとり旅がしたい、というのを言ってみた。俺の人格書き換え期間を誤魔化す為の、偽のひとり旅計画を。
「ひとりでいろいろと考えてみたいな、と」
「今の
あっさり否定された。ギロチンのようにズッパリと。母さんは薄味の野菜炒めに、酢と謎のナンプラーもどきをかけてモリモリと食べながら言う。
「今の明日太じゃひとりで悶々としても、邪念に惑わされるだけ。真理を見付けたいなら精神の格を上げないと」
相変わらずの精神論だ。邪念だらけってのは認めるとこだが。真理ってなんじゃらほい。そしてまた精神の格かい。それ、何で測ってんの? リトマス試験紙でも使ってる?
酸性とアルカリ性、どっちの精神が格が高いんだ?
「だったら家で規則正しい生活をして、お経を唱えなさい」
まぁ、こんなものだろう。だが、俺がひとりで旅行をしたい、というのはこれで伝わった。
あとは書き置きでも置いてこの家を出ればいい。ハナから説得とかする気は無い。論理的思考のできない母さんを理屈で説得するほど、無駄なことは無い。
俺の人格の入れ替わりが上手くいけば、この家に戻ってくる新しい俺は、母さんとも上手くやっていけるだろう。
仕込みはこれでよし。話し合い? そんなものは会話の通じる相手とするものだ。
まったく、気軽に会話のできる友人というのは、本当に貴重な存在だとしみじみ思う。
念のために父さんにも電話しとく。
「とゆー訳で、母さんは俺の旅行に反対してる。黙ってこっそりひとり旅するつもりなんだけど、その間、母さんが父さんの方に連絡するかもしれない」
「おいおい、勘弁してくれ
「そうは言っても母さんを説得するのは不可能だ。俺だって家出をするつもりでも無いから、新学期までには家に帰るよ」
「まったく、めんどうだ」
「俺だってあの家で母さんと二人で息が詰まりそうだ。少しは息抜きさせて欲しい。残りあと1年、問題無く過ごすためにも。父さんだって実家で妻と息子が殺傷事件とか、起きた方がめんどうだろ」
「まーな。まったく、アイツに関わらなければ俺の人生、安泰だったのに」
そいつは、父さん、あんたに人を見る目が無かったってことだ。ホント、なんで結婚して子供まで作ったんだよ、あんたら。バカじゃねーの。
世の御家族もみんなこんな苦労をしてんのかね。
ヤマねーちゃんとこの親よりはマシなんだろうけれど。
電話の向こうからは微かに女の声が聞こえてくる。母さんが父さんとサクッと離婚してくれたら、父さんは現地妻と再婚できるんだろうが。
家族への無意識の嫌がらせが生き甲斐の母さんは、頑なに離婚届けに判子を押さない。ここまで憎みあっている夫婦が、昔は熱愛夫婦だったとはね。
じいちゃんとばあちゃんがもっとしっかり二人の結婚に反対してたら、俺は産まれなかっただろうに。まあ、父さんも母さんも人の話は聞かないか。
父さんが話を聞く相手は仕事の付き合いがある相手で、母さんが話を聞く相手はカルトで精神の格の高い生き物だけだ。
学校では3学期も終わり卒業式に。とは言っても俺は2年生から3年生への進級だ。卒業するのを見送る方だ。
それでもある意味、これまで
部活もやってねーから、同じ学校の先輩の知り合いとかいなかったハズなんだが、肩幅広いがっしりした先輩と話をしてる。
「こんなおもしろい後輩がいるって知ってたら、もっと早くに会いたかったぞ」
実はこの先輩も人間アバターだ。男で空手部だと。
「先輩、これから長い付き合いになりそうじゃないですか」
先輩なんで、いちおう敬語。先輩が同級生と肩を組んでるのを頼まれて写真に撮ったりなど。
この先輩は大学に進学するらしい。その大学で見込みのありそうなのを、ゲームに誘うのだろう。こうして人間アバターは着実に増えていく。じわじわと。
先輩が俺にこっそりと言う。
「向こうの俺ともよろしくやってくれ」
そういう言い方になるのか。そっちこそおもしろい先輩だよ。
振り替えると
待望の春休み。俺の新たな人生のために、新しい人生を初めるために。
書き置き残して家を出る。新学期までには戻るので、暫く自由にさせて下さい、と。あばよー、狂信者ー。これで二度と顔を会わせずに済むと思うと、スッキリする。ムニャムニャうるさいお経ともオサラバよ。
そしてヤマねーちゃんのアパートに泊まり込み。人格上書きのために、1日6時間のフルダイブ。電脳ゲームざんまいの日々。
「む、うー」
「あ、起きた」
ヤマねーちゃんが俺の頭のヘッドギアとゴーグルを外してくれる。見ると、コレキヨ、じゃなくて
「
「おう、おじゃまー。で、トモロはどんな感じ?」
「あー、頭が重い、クラっとする」
ヤマねーちゃんが俺の耳に体温計をあてて熱を計る。
「頭痛と発熱は我慢してもらうしか無いけど、吐き気はある?」
「それは無い。脳になんかするから体調も悪くなんのか?」
「もとの人格を押し込めて新しい人格を入れることに身体が抵抗しちゃうのか、そうなっちゃうのよ」
ある意味では今の俺が精神的に死ぬ、とも言える訳で。今の俺の人格がこの身体から消えるわけで。それで向こうの俺が元気に楽しく生きられるっていうならそれでいい。
「
「俺ら全員そうだぜ。『Beyond Fantasy memories』の裏面で楽しくやってる奴らを見て無けりゃ、止めてたかもな」
「辛くは無いが、なんかボンヤリするなぁ」
「そのうち慣れるって」
平がポイと投げるものをキャッチする。頭痛薬の白い錠剤だ。
「しっかし、トモロが幼馴染みのおねーさまとこっそりと同棲なんてな。なんだよ、オマエ巨乳恐怖症とか言ってたじゃねえか」
「それはマジで、ギャグでもネタでも
「ホントかよ? 実はぷるんぽよんヒャッハーなんじゃねーの?」
なんとなく意味が伝わるおかしな表現はやめろ。ヤマねーちゃんがお茶を持ってきてくれる。
「残念ながら、トモロはポインプニュンけろけろけろっぴよ。それさえ無ければいろいろしてるハズなんだけどね」
「俺をわけの解らん擬音で表現すんな」
「
「トップ96のE」
「あと4センチで1メートル!」
「平、お前、由貴ちゃんに言いつけんぞ」
「バッカお前、おっきいオッパイにテンション上げない男はオマエ男じゃねぇ」
「世界中の尻フェチに謝ってこい」
頭痛薬の錠剤を口に入れてお茶で飲む。枕元のスマホがブルブルいってる。見れば着信、母さんからだ。
「さっきから何度か鳴ってたぞ」
話をしたくないので無視。メッセの方を見てみると、『明日太、これを見たら返事をしなさい』というのが入ってる。
「ちょっと、ヤバイか?」
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