第14話◇破壊神様がやって来る
ヤマねーちゃんと顔を会わせる。
「ちょっと確認してみるね」
念のためにということで、母さんの財布に発信器を仕込んである。GPSで居場所を探れる。今、どこにいる?
ヤマねーちゃんがパソコンで破壊神様の居場所をチェック。
「……やだ、こっちに来てるみたい!」
「逃げよう」
「ザーニスから車を出して貰うわ」
「まずはここを出るとしよう」
ヤマねーちゃんの肩を借りてアパートの外に出る。足元が少しふらつく。念のために俺のスマホは電波を遮断する金属膜の袋に入れる。
「さすが、母さん。俺の邪魔をするなら世界1だ」
ヤマねーちゃんはいとこで、どこに住んでるかはヤマねーちゃんの家族に聞けば解るか。母さんがヤマねーちゃんのアパートに来たことは、これまで1度も無いんだが。
「トモロの母親って、これだよな」
「あぁ」
平の持つスマホの画面、そこには俺の母さんの顔写真がある。要注意人物で、こいつに気をつけろ、とみんなに転送した奴だ。寄るな、触るな、近づくな、と。
「平、ここに残って母さんがヤマねーちゃんのアパートの扉を壊したら、警察を呼んでくれ。それで足止めになる」
「あぁ、解った。噂のマジキチモンスターを見物するわ」
「こっそりと隠れて、顔を見られないようにしろ。アレと縁を結ぶとろくなことにならない」
ヤマねーちゃんと二人でアパートを離れる。こんなことなら最初からザーニスのビルに行けば良かったか?
住宅街をフラフラ歩く。頭痛薬が効いてはきたが、走れそうに無い。暫く歩いているとヤマねーちゃんが、
「明日太、お店に入ろうか? 少し休む?」
「距離をとった方がいいんじゃないか?」
「他の人の中に紛れよう。このお店の前にザーニスの車を呼ぶから」
2人でドーナツ屋の中に入る。
「明日太のお母さんを甘く見てたね。ごめん、私がふたり暮らししよって言ったから」
「いや、俺も書き置きひとつであのアパートには来ないだろって考えていたし。母さんには、今四国でお遍路してるってメッセ送ったのに、まるで信じてねーな」
さすが俺の母さんだ。家族のことを欠片も信じちゃいねえ。
ヤマねーちゃんがバッグからスマホを取り出す。俺のは現在、電波妨害中。
「もしもし? 平クン? どう? ……え? なんで?」
ヤマねーちゃんの顔がサッと青ざめる。
「ウソ……、ほんとに? 解った、平クンも気をつけてね」
「何があった?」
「えと、平クンが言うには、明日太のお母さんがね、私のアパートの中に入っていったって……」
「どうやって? カギはかけてきたろ?」
「カギを開けて、中に入ったって」
何をやってんだ、あの人は? なんでヤマねーちゃんのアパートのカギが? あ、
「……わりい、ヤマねーちゃん。俺のミスだ」
「どういうこと?」
「俺もヤマねーちゃんとこのアパートのカギは持ってる。おそらく、これの合カギを作ったんだ」
「そこまでする?」
「いつ、俺のキーホルダーから盗んで合カギを作ったのかはわかんねーけど、油断してたか、俺」
身内だからって気を許しちゃいけねーなー。俺の目を盗んでいつやってくれた?
「とりあえず、ザーニスに行って、あとはそれから考えよう。それと、ヤマねーちゃんはアパートのカギを交換した方がいい。平は?」
「扉を壊さずに入ったから、警察には連絡してないって。暫く見張っておくって」
まったく、やらかしてくれる。でも、あと少しだ。あの母さんから解放されるまで、あと少し。捕まってたまるか、さらば気違い。
その後、ドーナツ屋の前に来たザーニスの車に乗り込み、俺とヤマねーちゃんはザーニス本社ビルに。
後で平に聞いたところ、俺の母さんはカギも閉めずにヤマねーちゃんのアパートを出て行った。家捜しでもしたのか、アパートの中はグッシャグシャになってたと。
母さん、あんた人ん家になにやってんだ。なんであんなのが中学校の先生を勤められるんだ。世の中はイカれてる。
『こちらに来ても門前払いします。ご安心下さい』
壁にかかったモニターには雄牛の角持つ女神様。イシュタが微笑んでいる。女神様万歳。
「頼む。あー、胆が冷えた。驚いた」
ザーニス本社の特別フロア。そこにあるビジネスホテルのような一室。その部屋のベッドに腰かけて、ようやく一息つく。
ヤマねーちゃんは他のザーニス社員と話をしに行った。ザーニスの方でも、母さんにつけた発信器で居場所を調べてくれてると。
「しっかし、俺の身体に入れる人格は、あの破壊神様と上手くやっていけんのか?」
『ご心配無く、ゲームの中で暮らしたい、という人は家庭に問題があるというケースが多いので。私たちはこれまで様々な状況に対応してきました。その経験情報の蓄積があります。親に都合の良い子供、妻に都合の良い夫、いくらでもあらゆるタイプをご用意できます』
「頼もしい。これでくつろげる」
『トモロもリリスと同じく、ご両親がストレスの源なのですね』
「そんなの、世のご家族にはよくある話じゃね? それに耐えられない俺が繊細なヘタレ小僧ってだけで」
『そうでしょうか』
「『Beyond Fantasy memories』は駆け込み寺としては最高なんじゃねーか?」
『はい、そのために皆さん頑張っています。また、リリスの人格障害を診察した経緯から、ゲーム内特別病棟の建設を計画中です』
「それ、リリスは落ち着いたって聞いてるけど、境界例人格障害は治ったのか?」
『治ってません。リリスはその病と一生付き合うことになるでしょう』
「それで、落ち着いたって言うのか?」
『症状を自分の意思でコントロールできれば、社会生活は可能ですよ』
「人格の上書きなんてできるなら、そのついでに治したりできないもんか?」
リリスもその方がいいんじゃねーのか。NPCのヤマねーちゃんは同じ記憶だけど、人格が違うからか発症してないんだし。
『後天的な人格障害はその病理の原因は、個人では無く社会にあります。表面に現れる症状だけをごまかしても、その病の原因はそのままです。私達がその症状を抑え、社会の病理を治しましょう』
「女神様すげぇ、崇めていい?」
『改宗はいつでも受け付けています。お近くの神殿で手続きをしてください。なお、改宗した場合、これまで崇拝していた神への貢献ポイントはリセットされ、神の加護によるステータス補整、スキル補整も失いますので、ご注意下さい』
女神イシュタは笑顔で言うのは、それ、『Beyond Fantasy memories』の信仰システムの説明だ。ユーモアのセンスもあるAIか。
「冗談もいけてるね。しっかし、社会の病理ね。それを治すなんてのは無理じゃね? 生命は性感染する病原体なんだし」
『R=D=レインですね。状態を比喩として表していますが、私は気にくわないですね』
「気にくわない? なんか、AIらしくない感想が聞こえたけど?」
『私はリトを見てこう感じます。子供って可愛い、と。それを病原体と言い表したく無い、と』
「さすが、慈悲と慈愛の女神様だ。それで、特別病棟なのか? 身体が現実世界で暴れない精神病棟ってアリかもなー」
『発案はリリスです。彼女は現在、カウンセリング、心理学など学習しています』
「……そう、なの」
知らんうちに向こうのヤマねーちゃん、リリスはえらい元気になってるらしい。そして治療する側になろうとしてるらしい。
『心を癒すのに必要なのは、愛と責任感です』
思わず女神イシュタの顔をマジマジと見る。愛と責任感。それを口にするのがコンピューターの女神様。モニターに映る雄牛の角の女神様は微笑んでいるのだが。
「今のは、冗談……、じゃないよな。目がマジだ」
『はい。これはリリスの症状が良くなっていく経過を観察しての感想です。NPC
なんだか、聞いてて背中がムズムズする。
『トモロの愛がリリスを癒したのです。その愛に応えようとする思いが、リリスを強くしたのです』
……ちーん。
ベッドにうつ伏せに倒れる。顔を上げられない。なんだこの恥辱プレイは? あ、愛? 俺が? 身に覚えがアリマセン。ヤマねーちゃんを見捨てられないとか、そういうのはあるが、それが愛とか言われるとなんか違う。いや、違わないのか? よく解らん。
「イシュタ、それは間違いだ。俺が何をしてもヤマねーちゃんは良くならなかったし、ヤマねーちゃんは俺に何も言わずにそっちに逃げた」
『こちらは現実世界と違い、家族も無く世間体もありません。ストレスの少ない状態であなたの記憶をリピートすること、あなたとNPC影追夜舞がイチャイチャするとこを観察することで、わずか2ヶ月でリリスは日常生活が送れる程に回復しました。これが、愛、ですね』
何やらうっとりと語り、神聖なものでも見るように俺を見る女神イシュタ。やめろ、やめてくれ、俺はそんな目で見られるようなことなんて、何もしてない。
う、お、おおう。
俺がかつてこれほどの精神ダメージを受けたことがあっただろうか? あのアパートで俺がなにやってたか、全部、観察されてたってのか?
吐血したい気分を初めて味わったわ。
「?明日太、もう寝ちゃった?」
ヤマねーちゃんが戻ってきても、顔を上げられなくて、うつ伏せに寝た振りをした。
その寝た振りをしてる俺に、音を立てないようにそうっと近づいてくるヤマねーちゃん。俺の首の後ろ辺り。そこにヤマねーちゃんの息づかいを感じて、ちゅ、と小さな音が聞こえた。
何やってんのヤマねーちゃん。
これもバッチリ女神イシュタに見られてんのか?
……寝る。もう寝る。おやすみなさい。
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