第7話◇世界の裏側で


 夕飯食ってから、仏壇の前に母さんと並んで正座する。意味不明のお経を唱える。ガキの頃からやってるから慣れたもの。この時間が無駄としか思えない。

 それでも、これさえやっときゃうちの破壊神様のご機嫌はとれる。不毛な会話もしなくて済む。

 俺が疲労するだけで。メンタルが削られるだけで。

 あーもー、現実ってヤダー。


 昔、アメリカの金持ちが熱心な聖書原理主義者ファンダメンダリストで天動説を信じていた。

 地球が丸いと、太陽の回りを丸い地球が回っているという地動説を、嘘っぱちだと言っていた。大地は平坦でその周りを太陽と月が回っていると信じていた。

 それで、『自分に地動説を理解できるように説明して、私に地動説を信じさせた者には賞金を出す』と言って、エライ額の賞金をかけた。

 だけど、いろんな学者に知識人が賞金目当てに何人も挑戦して、全員がそいつに敗北した。人の信念は変えることが難しい。

 その金持ちは死ぬまで自分の立つ大地はパンケーキのような形で、その回りを太陽が回っていると信じていた。チャンチャン。

 結局、人は己の信じたい物しか信じないということで、科学は人の思い込みには勝てない。

 俺の母さんも同じで、狂った信念の中で生きている。同じ狂信のカルトの仲間達もいる。


 しかし、あれでうちの破壊神様が中学校の先生が勤まるというのだから、日本の未来が心配だ。あの母さんが学校ではいい先生らしい。ますます世の中が心配だ。

 あの母さんが何をしたのか解らんが、その学校の生徒の親から感謝のお手紙が来たことがある。それを自慢気に見せられて、だからこの宗教を信じることは正しいと、熱心に言っていた。みんな、頭は大丈夫なのか。

 母さんが受け持つクラスの子供が、精神の格の進化した新種の生き物になってしまうのか、と不安だ。


 人間アバターが頑張ってくれたら、世の中少しはマシになるのかね。

 次はサタヤンに電話する。

 ロードと同じくらいの優等生、ロードが文系でサタヤンは理数系というところか? あいつら成績はいいんだよな。


「もしもし? サタヤン?」

『お、トモロ、お久しぶり。ようやく連絡とれるか』

「今、なにやってんだ?」

『飯食ったところ。自分で釣った魚を捌いて食うってのは、なんか満足感ある』

「サバイバル生活みてーだ」

『それに近いものはあるか』

「で、まずは、こっちにいるサタヤンの身体の方はなんて呼べばいいんだ?」

『頭にNPC入ってる方か? 俺は繁盛しげもりって呼んでる』


 ハンドルネーム、サタヤン。本名は高河こうが繁盛しげもり。じゃあ、俺もこっちのサタヤンは繁盛と呼ぶか。


「サタヤンは繁盛と話をするのか?」

『わりと。自分の記憶を持ってる奴と話すのは妙な気分になる。繁盛が家族に怪しまれないようにしつつ、どこまでできるかって相談とかしたり』

「バレないように本人がサポートしてんのかよ」

『ロードに聞いたけど、トモロはあっさり見破ったって? よく解ったな』

「俺にはヒントが多かっただけじゃね?」

『コレキヨと速撃ちマックが、早くこっちにトモロを呼べって、女神イシュタに言ってた』

「俺も早くそっち行きてーけど、なんでコレキヨと速撃ちマックが?」

『それはまぁ、トモロはみんなが見落とすようなことに気がつくから。NPCのすることに穴があったら、それに気がつくのはトモロだからって』

「俺はそんなに目星スキルのレベル高いのか?」

『その代わりトモロは、当たり前のことには気がつかなかったり解らなかったりするけど。なんか視点が違うんだよ、常人と』

「それは俺が異常だってことか。このやろう」


 スマホの向こうでサタヤンがくくく、と笑ってる。うん、俺の知ってるサタヤンだ。


「で、サタヤンはそっちでリアル木工スキルのレベル上げしてるって?」

『そんなところ。漆をとるための山歩きとか』

「そこからかよ」

『ついでに弓でゴブリンとか狼を射ってる』

「そこはゲームのままか」

『いや、スキルで弓を使わずに自分で弓と罠を使ってる。これを応用すれば現実世界でも弓と罠で猿とか鹿とか猪とか狩れる』

「猟師かよ。確かに猿とか猪とか獣害が増えてて、猟銃の免許取るのに国が支援するとかやってたか。でも弓で猟師?」

『弓も矢も自分で木工で作った。あと釣竿も。それで木工関連を師匠連に教えて貰ってるとこなんだが、今はログハウスを作ってる』

「それもう木工じゃねえ。大工だ。サタヤンはどこに向かってるんだ?」

『タケさんが俺を孫のように可愛がってくれて、いろいろ教えて貰ってるとこだ。家を建てるのは難しいけど、これなら木と道具があればどこでも生きていけるかも』

「お前らゼロ円生活でもする気か?」

『このまま行けば、みんなゼロ円生活になりそうだ』

「どういうことだ?」


『金の価値が変わるってことだよ。働いて金を稼ぐ。稼いだ金から税金を払う。その税金でインフラとか作られる。これが今の社会』

「今の、というか昔からそうだけど」

『今は景気の悪化と貧困から税金の未納が問題になってる。でも金を稼がずに生きていけるなら、税金払わなくてもいいんだ。インフラだって自分達で作って自分達で管理できたら、それで問題無い』

「それができたらスゲーけどな。できるのか?」

『技術が発達するってのは、そういうことを簡単にできるようにするためなんだよ。税金が高くなりすぎたなら、税金を払わずに自分達でできるようになれば、コストは安くなる』

「電気は? 水道は?」

『それができるのを育てようってのが、師匠連でもある。電気は燃料を輸入に頼らなくて済むように、地熱発電と太陽光発電とか』

「本気で町作りか。スゲェ」

『もちろん問題もある。今の原子力発電と火力発電は簡単にはやめられないだろうし』

「燃料の輸入か」

『そういうこと』


 日本ってのは金出して他所の国からいろいろ買う国だから、ウランや石油や食料を日本に売る国からみたら、いい客だ。

 それが急にケチになって買い物しなくなったら、どうなるか?

 金払いのいい客は手厚くもてなされる。これからも金払ってくれるなら。

 だけど、ケチで金払いの悪い金持ちは?

 答えは簡単、強盗に襲われる、だ。


『日本が原子力発電を止めるには、自国を守れる軍隊が必要になる。他所の国からウランを買ってるから、今は襲われてない。これが今のままじゃ無理』

「AI政治家にそれがなんとかできるとも思えんが?」

『そうか? VSWXは海外にも売れてるんだぞ』

「それがどう……、おい、それは海外にも人間アバターの政治家ができるっていうのか?」

『国際の政治ってのが大きく変わるだろうよ。国同士が交渉しても、その政治家が実はNPCで、裏ではVSWXのサーバーで繋がってる同一AIとなれば』

「うわぁ……、民主主義の自称先進国が、全部女神イシュタの思いのままかよ」

『そこまでスンナリとは行かないかもだけど』


 世界がヤバイ。いや、ヤバくないのか? 人に任せるのが心配だからって、AIがお手伝いしてくれるってことなんだから。


「NPCの目的は?」

『それは、新規プレイヤーの増加。そしてゲーム世界『Beyond Fantasy memories』の維持と継続』

「それだけなのか?」

『それだけなんだよなあ。もともとが、プレイヤーが快適に遊べるようにするためのサポートとして作られたから』

「その範囲を現実世界にまで拡げようって?」

『あいつらにとっては自己の存続に関わる大問題だ。社会が安定して、子供が増えて、ゲームで遊ぶ子供がふえたら『Beyond Fantasy memories』は安泰だし』

「そのために景気を回復させて、少子化を解決しようってか。信じられねー。いや、動機と目的は解った。解ったけどなー。なんだこのネズミを退治するのにドラゴンATMアンチタンクミサイルを持ってくるようなチグハグ感は」

『ゲーム世界のように現実世界もサポートしましょうっていうことなんだろう。あいつらは自分の目的に誠実だよ』


 なんだろうこの頭の中が煮えたシチューのようになった気分は。俺の脳ミソじゃ想像の限界からサヨナラの翼がはためく。

 宇宙、そう、広大なる宇宙はビッグバンから始まり、じゃ、無くてだ。解るところに話を戻そう。


「ロードも言ってたが、お前ら簡単に現実世界に帰ってこれるのか? 帰る前提で話をしてるが?」

『それがNPCとの約束だ。戻りたくなったら身体を返すっていうのが。だけど、俺は女神イシュタが手出しして変化する現実世界を見てみたい。だから帰るつもりは無いし繁盛には好きにやってくれ、と言っている』

「それでいいのか?」

『このまま高校を卒業して大学に入ってどうなる? 世の中どう変わるか解らないなんていうのを知ってしまったら、トモロならどうする?』

「どーする言われても、流されるだけじゃねーの? そんな大きな流れの中で俺に何ができるっての」

『ここの師匠連からリアルスキルを教えて貰うことで、俺達、無人島でも生きていけるぞ』

「逞しいなお前ら。なるほど、何があっても生きている技術の習得か」

『そーゆーこと。あとは、女神イシュタには、人としての生き方を見直して下さいって言われたし』

「AIに怒られるとはなー」

『いや、まぁ、新規プレイヤー増やすためにも、結婚して子供を作って育てろってことなんだろーけど。ふう』

「なんでため息?」

『タケさん。おれの木工の師匠が、こっちにいる他の弟子の女と俺を見合いさせようとしたりとか、そういうこともあってだな』

「婚活か? 俺の知ってる『Beyond Fantasy memories』には無いイベントがめじろ押しかよ」

『なんせ、ここは裏面だから』


 クリア後のお楽しみステージかよ。そこで結婚の話が出るのかよ。

 しかし、リアルで使える技能の習得か。それは魅力あるか。畑作って木工に大工に狩猟? 無人島でも生きられるなら経済が崩壊してもなんとかやれそうだ。

 ロードとサタヤンはマジメに先のこと考えてんなー。この優等生が。

 しかし、なんだこのいきなり世界の裏側を知ってしまったような状態は。

 背筋がゾクゾクする。おもしろい。

 現実がゲームに侵食される。いや、もともと現実もゲームみたいなところはあるか。

 これからは新しい攻略法を考える必要があるか。

 このことを誰がどこまで知っているのやら。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る