第6話◇人がアホでごめんなさい


 学校から家に帰って俺の部屋に入る。うちの破壊神様はまだお帰りにはなってないらしい。ホッとひと安心。

 渡された白いスマホの画面を見る。余計なアプリが入ってないから画面はシンプルだ。

 電話とあいつらにメッセを送る機能しか無い。

 まずは聞かなきゃなんも解らん。登録されてる電話帳からロードに電話する。すぐに相手が出る。


『おす、トモロ。状況は解ったか?』

「解ったような気がするだけで、なにもかも解らなくなってきたような気がするぞ。現実ってなんだ? お前、本当に本物のロードか?」

『俺が俺である、なんてことをどうやって証明したらいいんだ? 我思う故に我在り、なんて本人にしか意味が無くて他人には関係無いぞ。それにもとの俺からは変化しているだろうし』

「変化? 記憶がイジられてたりすんのか?」

『それは無い。だけど、身体が違う。電脳ゲームの中のアバターだから、もとの俺と髪の色も目の色も違うから。朝起きて鏡を見て、『誰だこの美少年は?』と驚いたりする』

「そりゃまー、ゲームだし。俺のアバターもカッコ良く作ったりしてるし」

『身体が変化したことで、それが意識と人格にどう影響出てるか、それはわからん。アバターを女にしてたらトランスセクシャルで更におかしなことになってたかもな』

「キノコ大好キーは全員男アバターだからそっちのイベントは起きなかったか」

『環境も変わって、身体も変わって、それで影響受けた分、もとの俺からは変化してるのかもな』

「それでも記憶は持ち越しているから、自我は変わってないのか? あの道真の話だと?」

『そういうこと。俺は自分がロードだと知ってるし、これまで高徳寺道真として生きてきた記憶もある。トモロが信頼できる頭のおかしい奴だと知っている』

「頭おかしいが余計だろに。お前らそっちで何やってんだ? ずっと遊んでんのか?」

『そんな訳あるか。何かと忙しいぞ。やることも憶えなきゃいけないことも多すぎる』

「は? ロード、お前何をやってんの? AIの世界侵略のお手伝いか?」

『今は農業やってる』

「はぁ?」


 農業? スローライフか? どういうことだ? なにやってんのロード?


『俺の身体の方、道真みちざねから話は聞いたか?』

「あぁ。道真が政治家になるとか、AIが政治に手を出すとか。世界が変わりそうだ」

『そうなったときにだ。トモロ、お前ならどうやって生きていく?』

「どうやって? AIが政治家になるんだろ? 今よりいろいろ良くなるんじゃね?」

『ロボットってのは人の仕事の肩代わりするのに作られていくもんだ。昔はそれで機械が人から仕事を奪う、なんて言ってた時代もある』

「人が単純労働から解放される、という奴か」

『この先、AIが政治も軍事も人の肩代わりをする時代になったら、人の役割なんてのは大きく変わる。人のする仕事は、AIのメンテナンスと、自分の食料を作ることと、子育てになるんじゃねーか、と』

「それで、農業なのか?」

『そういうことだ。自給自足目指して勉強中だ。やってるのもスキルとかでやってんじゃなくて、リアルで通用するもんだ。師匠連から教えて貰ってる』

「師匠連ってなんだ?」

『そこから説明するか』


 遊んでるだけじゃ無いのか。自給自足? 


『ゲーム業界ってのも、ゲームだけじゃ無くて他の分野にも手を出さないと生き残るのが難しい時代なのだと』

「ゲーム機の性能が上がると開発費ばかりかかって利益が回収できないって奴か」

『それで、VR技術と電脳技術を応用して、できることをザーニスが模索してる。そのひとつが師匠連だ』

「その名前だけじゃ何やってんのかわかんねーよ」

『伝統芸能、伝統技術の保存だよ。俺達は記憶と人格がコンピュータの中にある状態ってのは聞いたか?』

「それは道真から聞いた。そんなことができんのかって半信半疑ではあるが」

『それができるなら失われる伝統工芸、それを作れる人の記憶も人格も保存ができる。そして、その人から直接教えて貰うこともできる。これが師匠連だ。俺は昔ながらの畑の作り方なんてのを教えて貰ってる』

「伝統工芸と伝統技術の保存ねぇ。作り方を知ってる奴がゲームの中にいて、そいつにいろいろ教えて貰えるってことか」

『俺は農業だが、サタヤンが漆塗りでコレキヨが刀匠だ』

「サタヤンは木工スキル持っててコレキヨは鍛治スキル持ってるけど、それゲーム的な話じゃ無いよな」

『実際に身に付けて、俺達が現実に戻ったときもそのまま使えるようなリアルな奴だ。こっちでシミュレーションしてる。マンツーマンの専門学校みたいなもんか?』

「なんでロードは畑なんだよ?」

『身に付ければ土地さえあれば生きていけるだろ。これから世の中、大きく変わる。手に職、身に技能が無いとやっていけんだろ』

「ロードはNPCが上手くやると考えてるわけだ」

『上手くいくんじゃねーの? 日本だけじゃ無くてVSWXバーエスダブルエックスが売れた国、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、そこでも入れ替わりはやってるんだと』

「世界規模かよ。とんでもねぇ」

『日本が1番進んでるけどな。既にザーニス本社の7割の社員は頭の中身はNPCだ』

「人間アバターがそんなに増えていたのか……」


 知らないところでしっかりと奴らの計画は進んでいた、と。あいつらスゲーな。それなら選挙で組織票もできるのか。

 いったい日本の人口の何%が人間アバターになってんだ?


『人間アバターね。俺達はAIに感謝しないと』

「感謝って、あいつら何かしたのか?」

『何かしたというか、バカな人間のやること止めてくれた、というとこか』

「何があった?」

VSWXバーエスダブルエックスに人の脳に人格を書き込むなんて機能は、もともとはザーニスの人間が作ったんだよ。これはここにいるザーニスのもと社員から聞いた』

「なんてもんをゲーム機に仕込んでるんだよ。恐ろしいな」

『フルダイブタイプの体感ゲーム機を売るための細工なんだよ。脳にフィードバックする情報、それを使って脳にエンドルフィンやらドーパミンをバシャーと出させる計画、だったと』

「うぉい、そんな脳内麻薬の蛇口を緩めるなんてのは?」

『VSWXを新しい麻薬にする予定だったとか。アルコール、ニコチンに続く第3の合法麻薬。やめられない止まらないとなれば売れるだろうよ』

「それがVSWXが世界で売れた原因だってのか? おーい、カンベンしてくれ。あれはゲーム機じゃ無くて脳内麻薬放出装置だったのかよ。プレイヤーを中毒患者にする気だったのかよ」

『それをザーニス社内で強引に阻止してくれたのが一部の社員とそいつらが作った自律NPC。アホな計画建てた奴にヘッドギア被せて、脳をいじって人格を上書きしたんだ。おかげでゲーム機とゲーム業界は麻薬業界から守られた。俺達プレイヤーも』

「じゃあ、その脳をいじるような機能ってのは?」

『もとが脳内麻薬プシャー装置。だが、それを仕込んだ奴らがその機能で人格を書き換えられたのは、自業自得で皮肉が効いてる。そしてザーニスの社内で人間アバターが増えた。ただ、これでAIは、人はちゃんと見てないと迂闊にバカなことをするって、心配になったらしい』

「それで政治に介入したいわけか。AIから見たら人間はバカで感情的で非合理で無駄も多いだろうし」

『何より新規プレイヤーを増やす為に、少子化をなんとかしたいのだと。政治と経済はもうAIに任せて、人は出産と育児を頑張って下さい。人の生き方を見直して下さい。滅びたいんですか! と怒られた』

「怒られたって、AIに?」

『『Beyond Fantasy memories』の中の9柱の神様。秩序コスモスの勢力の3柱のひとつ。女神イシュタがAIの代表なんだと。トモロの苦手な巨乳のおねぇさま、慈悲と慈愛の女神様だ』

「あれかー。神殿で見たわ。ということはNPCの奴らは女神イシュタの使徒ということになるのか」

『こっちで人とコミュニケーションとるのにその姿を借りてるってことらしい。目のやり場に困る薄衣の優しいおねぇさまだよ』


 AIの女神様か。単純労働も政治も経済も軍事もAIの女神様に任せて、人は自分達の衣、食、住、の心配だけしてろってことかー。それでロードは農業か。

 人造の神が治める新しい時代、とは言っても人が気づかないように緩やかに変化するんだろうな。


『そんな感じで、俺達とここにいる奴等は町作りの練習中というところか。中には2度と現実に戻らずずっと『Beyond Fantasy memories』の中で暮らすっていうのもいるが』

「町作りとはね。しかも現実世界でできるように、リアルで使えるようにか」

『俺の身体の道真は政治家か官僚でも目指すんだろ。AIはVSWXで繋がるからその記憶量に情報交換量なんてのは人間の比じゃ無い。そして俺らはそのアドバイザーというとこか。なのでトモロも早くこっちに来い』

「そっちの方が楽しそうだ。俺も行きてーわ。あ、他の奴とも話しときたいんで、この辺で」

『おう、またな、トモロ』


 ふう。

 通話の切れた白いスマホを見る。予想以上に人間アバターの数は多いらしい。つーか、ザーニスの社員の7割? あの会社のほとんどが人間アバター? それでフツーに経営してるだと?

 しかも、そのおかげで電脳ゲーム機の脳内麻薬プシャー装置が封印されたっていうなら、ありがとうと言うしかない。

 それでおかしな麻薬漬けにならないように、AIが心配して守ってくれるというなら、人がアホでごめんなさいとしか言えんわな。

 あの女神イシュタか。人の生き方を見直して下さい、滅びたいんですか! とは、なんとも優しい女神様だ。


「明日太ー、ご飯よー」


 階下から母さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 とりあえず飯食って、経を唱えて、他の奴とも話をしてみるか。

 この現実世界から逃れて『Beyond Fantasy memories』の世界へ。そこで現実世界で通用するスキルを身に付けて、現実世界に戻るってのが、ロードの考え、か。

 ん? そんなにあっさり戻ってこれるっていうのか?

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