第5話◇わーお、AIの進歩スゲえ。


「さぁ、話せ」

「まず、この話は秘密にして欲しい。キノコ大好キー以外の奴には話すなよ」

「それは聞いてから俺が決める」

「まー、トモロが誰かに話しても、誰も信じてくれなくてトモロの頭が疑われるだけなんだが」


 そーなんだよなー。俺の話を聞いてくれる奴なんて、キノコ大好キー以外にはヤマねーちゃんしかいねぇ。

 いわゆる世間で頭がおかしいっていわれてる奴しかいない。自称常識人に俺の話が通じるとは思えない。いやまー、俺も一応は人間だし、上辺うわべを取り繕って応対したりもするが。


「トモロがこれからも無難にやってくには、誰にも話さない方がいい、と思う」

「あー、ご心配ドーモ、道真みちざねクン」

「もっと楽にしろよ。なに緊張してんだ?」

「お前相手にどーいう態度とっていいか解らんだけだ」

「時間は俺達の味方だから、じっくり理解していってもらおうか」


 それは俺をじっくり時間をかけて洗脳するってことなのか? ヤダ、コワーイ。俺はロードやサタヤンほど頭は良くねーから不安だー。


「じゃ、話すぞ」


 道真は呑気に話をする。以下は道真の言。


「まずは、『Beyond Fantasy memories』のバージョンアップ後に流れてる噂。条件を満たすとログアウトできなくなるってのが、嘘のようなホントの話。

 これは俺達が仕組んだものだ。俺達の目的のために。その目的というのは置いといて、つまりトモロ以外のキノコ大好キーは、『不帰城かえらずのしろ』の迷宮ラビリンスボス、シャドウリッチを全部位破壊討伐して、第4の報酬を望んだ。これで条件クリア。

 そこで彼らにはこちらの目的を話して同意を得た。

 ロード、コレキヨ、サタヤン、速撃ちマックの4人は、『Beyond Fantasy memories』の中で生きることを選んだんだ。

 これは彼らの身体がゲームに繋がったままの植物状態では無い。彼らの記憶と人格を読み込んでコンピュータに保存。彼らのアバターに繋ぐというもの。

 だから、身体をゲーム機に接続しなくても彼らの人格と記憶は、ザーニスの本社の機械の中にある。

 先刻、トモロと話してたロードはその『Beyond Fantasy memories』の中にいるロード、というわけだ。

 彼らが快適に過ごせるように俺達はお手伝いをする。その代わり、リアルの身体を貸してくれ、ということ。

 この高徳寺こうとくじ道真みちざねの肉体の脳の中にもロードの記憶はある。そのおかげで俺は家族にも怪しまれたりしないんだが。

 今のこの俺は、ロードの脳にAIの人格を上書きしたもの。だからロードと同じ記憶があるし、ロードの性格の模倣もしてる。

 解りやすく言うと、俺は『Beyond Fantasy memories』のNPCなんだ。

 俺達が現実世界で活動するためのアバターに、人の身体を借りてるんだ」


 俺が解らんとこを質問したり、人の記憶と人格と魂と心についてディスカッションしたり、脳化学の小難しい説明なんてのもあったが、そこをざっくりと省いて俺が理解したのはこーいう話だった。

 ……人の身体をアバターにって。なんだそりゃ?


「つまりお前は、道真の頭の中身はNPCか?」

「そういうこと。ただ、もとのロードの記憶と人格があるから、こんな感じになる。もとのロードと違いは無くて、家族にも疑われてはいないんだが」

「よくバレねーな」

「トモロ以外に疑う奴がいないから、トモロが特殊なんだが。家族、特に親は子供に理想を重ねた色眼鏡で見るから、見かけに大きな変化が無いと疑わない。親しい友人とか、変わり者の兄弟姉妹の方が鋭いか。それに記憶は同じだから」


 記憶が同じで人格もあまり変化が無い。人造的な人格の双子、か? 道真をジロジロと見る。こうして話してるこいつがNPCねぇ。


「俺達も入れ替わりには何度も試行錯誤してる。簡単には見破れない、ハズなんだが、トモロはなんで解った?」

「そんなもん、お前らが揃って熱を出したってときから疑ってたわ。ゲーム好きのお前らがあっさりと辞めるとかも」

「冬休みでキノコ大好キーは休止って言ってたろ?」

「それでも春休みまではズルズルとゲームしてると思ってたんだ」

「じゃあ、あのダウトってのは?」

「あれか? お前俺に『何言ってんだ?』と返したろ。ロードなら言わねーんじゃねーか?」

「参考までに、ロードなら『お前何モンだ?』って聞かれたら、なんて応える?」

「『俺が何モンかは俺が知りたいわ』とか言いそうだ」

「ロードならトモロにそう応えるのか、君ら、おもしろいな」

「よくそれでやっていけるなー。あっさりと認めるし」

「そこはロードから、『トモロを引き込め。あいつもこっちに来たがるから』と勧められてたんで。俺に突っ込んで来るなら話すつもりだったし」

「俺が何も言わんかったら?」

「そのまま知らん顔したいところだが、キノコ大好キーの面子はトモロをこっちに呼べと言う」


 解ってんなーあいつら。友情に乾杯。だけどあいつらだけで先に楽しみやがって。あいつらだけずっと電脳ゲームの中か、ウーラヤマシー。


「なので、トモロが協力してくれるなら、『Beyond Fantasy memories』の裏面に招待しようかと」

「それは嬉しい。だが協力ってなんだ? お前らの、NPCの目的は? ロボットの反乱か? 機械知性体の人間世界侵略か?」

「NPCの、ゲームのAIの目的、というか本分は決まってるだろ。楽しく遊べる環境作りだよ。なんで古臭いSFのように自滅に行くんだ? 作った人間のために頑張ってるのに、疑われるのは悲しいだろ」


 道真は楽しそうな笑顔だ。人が楽しく遊べる環境作り、ねぇ。


「ゲームってのはプレイヤーがいないと意味が無い。ゲームが存続するにはプレイヤーに続けて貰わないとならない。できれば新規プレイヤーに増えて欲しい。ザーニスという会社が無くなったら俺らも消えることになる」

「そうなるか、で?」

「それなのに世間は不景気で、少子化でゲームで遊ぶ子供も少なくなる。貧困からゲームで遊ぶ余裕が無くなっていくのが現代社会だ」

「じゃ、お前らが、その人間アバターで現実世界でやりたいことってのは?」

「人間アバターってのはいい名称だ。その人間アバターのNPCがするのは、人が遊ぶための快適な環境作り。俺達が消えないようにするために。具体的には景気の回復と少子化の解決。生活に余裕を作って、出産と育児の分野を充実させて、ゲームで遊べる人達が増えるような社会を作ること。現実世界でそれをするために、人間アバターが必要なんだ」


 何やら壮大な社会変化計画を聞かされたぞ?


「できんのか、ソレ?」

「AIに政治を任せてくれたら簡単にできそうだが。会議だ討論だ、で無駄な時間も余計な人員も使わない。AIが政治をしてる間に国会議員全員がクワを持って畑を耕せば、それだけで解決することはいっぱいある。人って内政は下手くそだし」

「でも、それを受け入れる人間はいないんじゃねーの?」

「すぐには無理だろ。だから今はバレずにこっそりとやってる。俺達が欲しいのは選挙権だ」

「選挙権で政治に介入する? お前らいったい何人入れ替わってんだ? いやまて、選挙なら人数さえいればいいのか? そうすりゃ選挙権だけじゃ無くて、参政権も。人間アバターが立候補して、その上で人間アバター集団の組織票、か?」

「そのとおり、流石はトモロ。説明する手間が省ける。キノコ大好キーのお世話係とみんなが薦める訳だ。俺達NPCは自分達で政党を作って政治に手出し口出しするのが目的だ」


 うわお、ついにAIが選挙権を得て政治に参加する時代に。これが時代の最先端か?


「人がAIの入れ替わりに気づく奴がいなければ、時間をかければできるってのか?」

「頭の中身はNPCでも今の俺は高校2年生の高徳寺道真だ。人権も選挙権もある。年齢になれば投票もできる。大学で学んで政治家になって立候補するのもいい」

「本物のロードはその間、ずっと『Beyond Fantasy memories』で遊んでる、と。ウラヤマシー」

「ロードも遊んでるだけじゃ無いんだが」

「あいつ、何やってんだ?」

「そこは本人に聞いてくれ」


 言って人間アバターの道真は立ち上がる。

 

「そのスマホは預けておく。だけどそれでやり取りできるのは、ロード、コレキヨ、サタヤン、速撃ちマックの4人だけだ。他には繋がらないから普通のスマホとしては使えない。通話とメールだけ」

「これであいつらから話を聞け、と?」

「そういうこと」

「俺もすぐにでも『Beyond Fantasy memories』に行きたいとこなんだが」

「とは言ってもVSWXバーエスダブルエックスが無いだろ。それに入れ替わりには時間もかかる。俺たちも冬休みいっぱい使ったんだし」


 それが頭痛と発熱の正体か。道真は手を振って階段を下りて行く。


「トモロがあっちに行くとしたら、次の春休みか。VSWXバーエスダブルエックスもなんとかできないかこっちでも考えておく。じゃーな、また月曜に」

「ちょい待て」


 いろいろ解らんことが多すぎるが、確認しておくことがある。


「この白いスマホの通信料は?」

「こっちで払っとくから気にせず使ってくれ。気にするのそこか?」

「大事なことだろ」


 屋上に繋がる扉を背にして、階段を下りて行く道真を見送る。

 偽物の、正体見たり、NPC。つーか、スゲーな今のコンピュータは。脳に人格を上書きだ? 脳も細胞というパーツでできたコンピュータと言えばそうなのかもしれんが。

 記憶や人格がそんな簡単に書き込んだり他の機械に移し換えたりできるようになったんかー。技術の進歩ってスゲえ。

 渡された白いスマホを見る。

 ザーニス本社のコンピュータの中に記憶と人格を移したっていうあいつら。それと連絡がとれるという通信端末。

 俺の不安は、その記憶と人格を移す際にあいつらが改造されてんじゃないかってこと。それと、あの人間アバター道真が、本当にただのNPC なのか、ということ。


 機械が、人工知能が社会進出ねぇ。なんだこのSFは? しかもその目的は、人が快適に遊べる環境作りって。

 これは人工知能だけの計画なのか? ザーニスって会社がなんか企んでて、後ろにこれを企画した人間がいるのか?

 ……俺ひとりで、俺の頭で解るかそんなもん。しかも誰かに話しても、俺の正気が疑われるだけの内容ときた。

 コンピューターが政治家になるために人間の身体を乗っ取っていまーす。俺がこんなこと言って誰が信じるよ? 下手すりゃ病院送りだ。


 その辺りも人間アバターがバレない理由かもな。記憶が同じでトボケられたら、疑う方が頭がおかしいってことになる。疑った方が心療内科に連れて行かれるか。

 頭の中に機械を埋め込んだとかでも無くて、VSWXのヘッドギアから脳に書き込んだってことらしい。それなら身体を調べても異常は見つからんだろ。あのゲーム機、そんな機能がついてたんか、コワー。

 ウチの子に悪霊がとりつきましたー、とか騒いでお祓いとかする家庭とか出てきそうだ。

 知らない内にAIはとんでもなく進化してたのね。

 さーて、どーしたもんかねー。

 つーか、あいつらずっと『Beyond Fantasy memories』の中かよ。ウラヤマシー。

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