第4話 逆鱗に触れるでしょう。

 さすが神馬というだけあってアンヴァルは早かった。

 なんにせよ陸と海なら走破可能というようなスキル持ちだ。橋など渡らなくとも水上を駆け、ほぼ一直線に国境まで辿り着く。


 現在の通商路東側の国境には、かなり大きな砦が建っている。

 境界線となる所には、高さ4mにもなる立派な石造りの壁が森を分断するような形で、建築されていた。

 フェルスケイロ側から見れば右側に砦があり、左側に向かって壁が伸びている状態だ。

 砦には2国から兵士が派遣されていて、非常時には双方が力を合わせてそれに対処するらしい。

 一応、騎士も派遣され、常に司令塔となっているようだ。


 最近の兵士たちのささやかな楽しみは、非番の日に辺境の村に行って共同浴場へ入ることらしい。

 そしてミミリィが目撃出来れば、その日はハッピーになるという噂が飛び交っているとか。

 勝手に崇められるミミリィにとってはいい迷惑だ。


 ただ彼女に手を出すと悪魔が降臨するという噂もあるので、心のオアシスでマドンナ的な存在となっているらしい。

 この話を聞いたオプスは「学生か!」と呆れていた。

 そして悪魔と呼ばれるのは、ケーナやオプスではなくロクシリウスである。

 村の自警を担っている彼にとっては、村人に手を出すやからは全て敵だ。


 相手が保護者のいない異種族だとたかをくくって、手を出そうとしたヘルシュペルの某貴族の三男坊の兵士は、素っ裸に剥かれて砦の目と鼻の先の木に吊り下げられた。

 ケーナからの苦情がケイリック経由で、ヘルシュペル騎士団相談役のケイリナへ行き、国王にまで伝わったらしい。

 結果、その兵士は鉱山労働刑となったとか。


 ちょっと刑が重すぎやしないかと思うが、国にしてみれば大陸一の商会に顔が利き、他2国の王族と繋がりのあるケーナの機嫌を損ねることこそが問題である。

 兵士たちの規律を今一度改めるいい前例となった。というのが上層部の見解であった。


 ケーナはアンヴァルから降りて、冒険者ギルドカードを提示して国境の門をくぐる。

 そしてヘルシュペル側にいた知り合いの騎士に、手を上げて挨拶を飛ばす。


「やっほー! コイローグおひさー!」

「あんたかよ……」


 ヘルシュペル側にいた騎士の1人は、ケーナを見て苦虫を噛み潰した表情になる。彼は以前に大陸の西側を席巻した盗賊団で頭をやっていた、コイローグであった。


 過去、自分を殺そうとした相手から軽快に挨拶されて、何の気なしに返せるような人物など、余程割りきりがよい性格でないと難しいだろう。


 恐らくケーナの知る限り、プレイヤーとしてはこの世界で1番激動の人生を送っている。

 盗賊の頭から虜囚の身になり、断頭台に送られて生き延びたと思ったら強制鉱山労働行きである。 

 ケイリナに聞いたところによると、鉱夫としては優秀だったという。

 時々自主懺悔で泣き叫びながら勤めていたこともあって、自分のやったことがどれだけ罪深かったかを、理解したのだろう。

 そんな経緯もあって深く反省したとみなされ、刑が軽くなったらしい。


 ケーナが「懲罰の首輪」を外してからは、兵士としてヘルシュペル国に貢献していた。

 同時にケイリナから礼儀作法について教習を受けて、この度騎士となったようだ。

 まだ経過観察中という見習いだが。


「暇そうね?」

「一応、仕官についてのおさらい中なんだが、な」


 レベル400強もあるので、強さだけならば砦の中ではトップクラスだ。

 もし心変わりでもして暴れるようなことがあれば、ケーナかオプスが鎮圧することになっている。

 ケーナは鎮圧までに留めるだろうが、オプスは確実に滅殺するだろう。 


「最近はどう? プレイヤーがふんぞり返った盗賊団とかでていない?」

「いn……、そ、そのような報告は、あ、ありません!」


 コイローグとしては強烈な皮肉に「いねーよ」と返したかったのだろう。

 背後にいたお目付け役の騎士が咳払いをした途端、背筋を伸ばして態度を切り替えていた。

 その様子がケーナには爆笑ものだ。

 肩を震わせて笑いをこらえていると、当人から「笑いたかったら笑えばいーじゃねーか」と言われた。


「あっはっはっはっはっはっ!」

「……ッ!?」


 では遠慮なくと指差して笑うと、その背後ではアンヴァルもぶるるると呼応するようにいななく。

 馬にまで笑われていると感じたコイローグは、突っ込みたい感情を抑え、ギリギリと歯軋りをして悔しがるのであった。


「ケーナ殿、その辺で勘弁してやってください」

「ぷっ、くくく……、はーはぁ、はい。あー笑った笑った」

「ててて、テメエなぁ……」


 お目付け役の騎士からそう言われては、からかうのもそこまでにして笑いを引っ込める。

 コイローグは拳を握りしめ、額に青筋を浮かせていた。


「怒りたかったら、怒ればいーじゃない」

「できるかああああっ!!」

「こらこら」

「……、はっ!?」


 つい反射的にどなり返してしまい、お目付け役の騎士に肩を掴まれて我に返るコイローグ。

 その様子がまたもやケーナの腹筋を崩壊させた。悪循環ループの発生である。



 説教を受けてしょんぼりとしたコイローグに楽しませて貰ったケーナは、機嫌よくヘルシュペル王都へ向かおうとした。

 アンヴァルの背にまたがろうとする前に、コイローグに声をかけられたのである。


「なあ、ちょっと聞きたいんだけどよ」

「どうしたのよ、改まって?」

「あんたんトコの村に女の子いるじゃん」

「女の子?」


 辺境の村には最近になって、他から移住してきた者たちがいて、村の人口は多少なりとも増えてはいる。

 それは年若い夫婦だったり、子供のいない2世帯だったりするので子供の数は増えていない。

 なのでコイローグの言う女の子に該当するのは、ルカかリットのどちらかだろう。


「まあ、いるにはいるけど……」

「紹介してくんねえ?」

「……あ゛?」


 ケーナ自身でも自覚がないほどに低い声が出た。

 2人ともケーナにとって、とても大切な人物である。

 片やこの世界で初めての友人。片や目に入れても痛くない愛おしい娘だ。

 その2人をナンパか合コンみたいな気安さで、誠意の欠片もない言い方で手を出そうと思うなんて許せない。


 ぶわっと拡がる殺気に満ちた空間に、意味も分からず捕らえられたコイローグが腰を抜かす。

 つい今し方まで普通に話していた相手から潰されそうな重圧を感じ、目を見開いたままガタガタ震えるしかなかった。

 

 冗談抜きで「殺される」と感じた空間は、発生した時と同じく唐突に消え去る。

 発生源のケーナはというと、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせていた。

 キーが瞬時に沸騰したケーナをなだめて、暴挙に出るのを防いだのである。 


「なんっ、な……」

「いいこと! あの2人に手を出そうものなら地獄の果てまで追い詰めて、オプスと2人でペースト状になるまで磨り潰すからね!」

「ヒエッ!?」


 びしっと指差され、底冷えのするマジな目で睨まれれば、素直に頷くほか対処のしようがない。

「お騒がせしましたー!」と他の騎士に挨拶をしたケーナが国境を去るまで、みっともなく地面に座り込んだまま見送る。


 後になって別の兵士から片方の女の子がケーナの娘だと聞かされ、逆鱗に触れたのを理解したのであった。

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