第11話 報復されるかもしれない

 守護者の塔を後にしたオプスが村へ向かうと、門の辺りに人だかりができていた。

 出迎えにしては人数が多い。それにマリスと彼の両親の姿も見えなかった。

 見えない位置にいるのかと思って遠目にも探してみたが、該当者は全く見当たらない。


 霧がなくなったことで村の全容が見えるようにはなったが、ここはケーナたちの住むところとは違い、畑も大きくはないようだ。

 川が近いので漁でも行っているのかもしれないが、オプスにとってはどうでもいいことである。


「アンタがマリスたちの雇ったっていう冒険者か?」

「まあ、そうじゃな」


 人々の先頭に立っていたガタイのいい男の問い掛けに、オプスは正直に応える。彼は自分はこの村の村長だと名乗り、嫌そうな表情で口を開いた。


「アンタに依頼料を払う気はない。とっととこの村から出てってくれ」

「ふむ」


 村長が拒絶の意志を示すと、周りにいた村人たちからも「そうだそうだ!」「関係ない奴は村に近付くな!」などの罵声が飛んで来る。

 随分嫌われたものだと他人事のように思う。

 閉鎖的な村では余所者が寄っただけでも、いい顔をしないようだ。

 この分ではマリスたちも村に余所者を招いた罪を被せられて、何処かに幽閉されているのかもしれない。

 最初に言ったように、オプスも気まぐれで手を貸したに過ぎないのだ。期待していたわけではないが、呆れにも似た感情により冷めた目で村人たちを見やる。


「よかろう」


 場合によっては実力行使もやむを得なかったのだろう。数人の村人は鎌やくわなどを手にしていた。

 オプスが睨むように視線をあげれば、ビクついた態度で道具を構えている。


「元より気まぐれで助けたにすぎん。感謝を受けようとは思ってはおらん」

「放っておけばよかったんだ」

「騙されないぞ! そうやって恩を売る振りをして、村の財産を奪う気だろう!」

「あんなもん俺たちだけでどうにか出来たんだ!」

「余計な手を出すんじゃねーよ!」

「帰れ帰れ!」

「そうだ帰れ余所者が!」

「「「かーえれ! かーえれ! かーえれ!」」」


 オプスにとってもここまで悪し様に言われることなど稀である。

 悪意に染まった者たちに憐れみすら覚える。いつまでも立ち去らないオプスに対して、石を拾う者までいる。

 投石を食らっては堪らないと、尻尾を巻いて逃げることにした。


 背後ではオプスを追い払ったことで、歓声が上がっていた。

 しかしオプスの中では既になかったことになっている。

 いや、守護者の塔を発見できたことはプラスだと思って良いだろう。

 とるに足らないことを忘却の彼方に追いやって、オプスは川下りの方に意識を向けることにした。




 オプスを追い払った村では、村人たちが互いに健闘を称えあっていた。

 もしかしたら怒った冒険者に報復されるかもしれない、という考えはあった。

 それでも1人で糾弾するよりは集団で立ち向かった方が、気も大きくなるというものだ。


「あっららー。マスターが気にかけていたから、どんな清廉潔白な人たちが住んでいるのかと思ったのに。これまた醜い人族だね」


 家に帰ろうとした村人たちに声が聞こえたのはそんな時だ。

 振り向いた村人たちは、いつの間にか門を塞ぐように立っていた6人に驚く。

 その内2人は10歳くらいの少年に、1人は年端もいかぬ少女。黒い竜人族と褐色の肌の女戦士と杖をついた老人の3人は保護者だろうか。


「な、なんだ、アンタたちは?」


 戸惑いながら村長が、新たに現れた集団に声をかける。それに応えるかのように前に出たのは、白い髪の少年だった。


「それはこっちの台詞なんだけどね。村のピンチを救ってくれた恩人に、あの仕打ちはないんじゃないかな?」


 子供が正論を吐くということに、村人たちは怒り出す。


「何も知らない奴が何を言っている!」

「子供が、しかも村の者でもない奴が口を挟むな!」

「さっさとその子供を連れて、お前たちも帰ってくれ!」


 好き勝手なことを言って、6人を追い出しにかかる。つい今し方、追い出す実績を作ったばかりだ。

 味をしめて気が大きくなるのは仕方のないことだと言えよう。それで相手が引いてくれればの話だ。


「ドウスルノデ?」という老人に白髪の少年は指を鳴らし「最初の予定で行こう。この人族には礼儀を教えてやらなければ、いけないようだ」

 

 何やら生意気な子供が6人の主導権を握っているようである。

 更に恫喝を飛ばして余所者を追い払おうとした時だった。6人の体が膨れ上がったのは。


 ミリミリメキメキなどの音もなく、体が膨れ上がったり、人の衣を脱ぎ捨てたり、下半身から異様な部位が生えたりと、6人は醜悪な悪魔の姿を村人たちの前に晒す。


「あ、あ、あ……」

「ば、ばばばばばけもの……」

「ひっ!? ひいいいいいいいいっ!?」


 どさどさどさと村人たちはその場に尻餅をつく。腰が抜けたのだ。

 普通に生きていて悪魔などと遭遇する確率など、ほぼゼロに近い。6体の悪魔を目にすることなど、まずないだろう。


 彼らをその胴体で囲み、見下ろすというだけの【威圧】をかけるルーバンダイン。

 表情はつまらなそうだが、眼光だけで人をその場に縫い付ける効果がある。


 姿を直視するのも憚れるイグズデュキズは、村人たちの周りをゆっくりと歩いて回るだけ。

 うろの中の髑髏と目を合わせないように、村人たちは目を伏せた。さすがは夜神の遣いとして有名な悪魔だ。


 ドレクドゥヴァイはぶおんぶおんと、意味もなく素振りを繰り返す。持っている得物は、どれも一振りで大人を纏めて両断出来る代物だ。


 ンズクオゥは3眼を抑揚を交ぜてくるくる回しながら、伸ばした袖で村長を持ち上げる。もちろんブルスケッタの指示だ。


 カルカンチュは羽根と脚だけの眷属を呼び出して、その場にいた村人たちを囲んでいる。特に感情らしい感情を顔に出しておらず、ただめんどくさいと思っていた。


 ブルスケッタは恐ろしい下半身の百足ムカデ姿を強調するように伸びあがり、空中に吊るされた村長の顔を覗き込む。

 恐怖で顔が引きつったままの村長は、自分の下半身に触れる百足の多脚を感じ、鳥が絞殺しめころされるような悲鳴を上げた。


「これからキミたちに礼儀を教えてあげるとするよ。どうかボクらの暇つぶ……、娯楽に付き合っておくれ」

「ひ、ひいいっ!?」


 腰を抜かして立てない村人たちはカルカンチュの卷族が摘まみ上げ、引きずって連れていく。大の大人が皆情けない悲鳴を上げながら、村の中へ連れていかれる。

 イグズデュキズだけは最後尾で、門のところに腕を振るい、何事もない平凡な村の様子を映し出す幻術を貼りつける。ついでに妙な音が漏れないよう、遮音結界を張り巡らせると、他の悪魔同様に幻術の向う側へ姿を消すのだった。

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