第10話 代理を立てるかもしれない


「うむ。こんなもんじゃろう」

「サスガハアルジデスナ」

「「Oh……」」 

「「「……」」」


 オプスが1時間程かけて作成した建物に、悪魔からは感心や呆れや無言などの様々な反応が返ってきた。


 その建物の形状たるや真四角である。所謂いわゆる豆腐建築というものだ。

 悪魔たちの中でもイクズデュキュズだけが感心しているところを見ると、感性だけは似通っているのかもしれない。


 顔を覆って嘆いている様子なのはンズクオゥとブルスケッタだ。

 2人共に子供のような容姿なので、物作りに関してはそれなりに心当たりがあるのだろう。


 苦い顔で建物を凝視しているのは、ルーバンダインとドレクドゥヴァイにカルカンチュである。彼らは主に対してコメントを差し控えているようだ。

 ブロックは立方体をほぼ使い果たし、装飾パーツが山ほど余っている。

 唯一使用している装飾パーツは入り口の扉だけだ。そこに向かおうとしたオプスの服を、ンズクオゥとブルスケッタがはっしと掴む。


「む、どうしたのじゃ?」

「……(ふるふる)」

「主、酷い。酷すぎる」


 ンズクオゥはこれはないとでも言うように首(闇に覆われた3眼)を振り、ブルスケッタは素直な感想を口にする。

 後で様子を窺うだけだったルーバンダインたち3名は、ブルスケッタたちの英断に心から賞賛を送ったとか、送らないとか。


「建物であるからよいと思わないか?」

「……(ふるふる)」

「……よくない」


 オプスの妥協に返答は先程と同じであった。ンズクオゥが伸ばした袖で装飾パーツを抱えているところを見るに、これも使えということらしい。

 オプスは暫し思案すると2人に「おぬしらでやってみるか?」と聞いてみた。

 ンズクオゥは3眼を7色に光らせながら嬉しそうに飛び跳ね、ブルスケッタは装飾パーツを見ながら難しい顔をして考え込んでいる。

 返答よりも作るものを吟味する方を優先したらしい。


 オプスは豆腐建築に近付くとおもむろに拳を突き出した。

 この行為は組み立てている途中で外部から衝撃を与えると、バラバラになることが判明しているからだ。

 やってしまったのはふざけて拳をぶつけたドレクドゥヴァイである。罰として怒ったブルスケッタに尻尾を切り取られ、それを口の中に突っ込まれるという酷い扱いを受けていた。

 それは兎も角、木端微塵に分解されたブロックを再び集める。

 今度はブルスケッタ号令のもと、悪魔たち全員で行う。

 ブルスケッタとンズクオゥは、相談しながら集められたブロックから形を吟味しつつ建物を作り始めた。


 そうして建物が完成したのは2時間後のことである。

 悪魔たちやオプスの前にそびえ立つのは、カレンダーの表紙でも飾っていそうな美しい城であった。

 白を中心に青をアクセントにして佇むその姿は、可憐な花を彷彿とさせるようだ。途中で魔力を込めるとブロックの色が変わることが判明したので、斑模様にならなくて済んだのである。

 とても姿が禍々しい悪魔が作ったとは思えない。


「……(じー)」

「どうよ!」


 出来栄えの感想を求めるンズクオゥと、誇らしげに胸を張るブルスケッタ。他の悪魔たちから二人に、称賛を湛える拍手が飛ぶ。

 オプスは顔を手で半分覆いながら「儂の負けじゃ」と呟き、悪魔たちから歓声が上がるのだった。


 ちなみに悪魔たちを喚び出す時に、特殊な条件が盛り込んである。

 それは「働き如何いかんによっては少しの自由を与える」というものだ。

 条件に該当しなかった4体を送還しようとしたオプスは、ブルスケッタに「他の悪魔たちはオレがしっかり監督するから」と懇願されて、送還を取り止めた。

 6体に数日分は活動できるくらいのMPを分け与え、一言添えて悪魔たちを解き放つ。


「人を喰らうのは程々にしておけ」

「しないよ! やったらアンタの主が怒りそうだしね」


 何もしていないのに、魔王の前座のブルスケッタにまで怖がられるケーナが些か不憫に思える。

 ブルスケッタは他の悪魔に、人を死傷させないよう言いつけると、その場から6体揃って姿を消すのだった。



「やっはろー♪ 建築お疲れさま~♪」


 城の門を潜った直後に軽すぎる挨拶に迎えられ、声の主を確認したオプスは床にスライディングタックルをかました。

 といってもココの床は壁まで真っ白いだけの空間で、「ズザザザー」などの音はしない。


「あ、あれ~♪ 新しい挨拶♪ 今の世の中はそんなのが流行っているの♪」


 オプスの反応に困惑した態度で戸惑っているのは、見た目猫人族ワーキャットの女性であった。

 髪と耳はピンクで、裾の短い改造十二単じゅうにひとえに身を包み、尾の先には大きな赤いリボンを付けている。

 オプスがつんのめった理由はその女性にあった。


996+ココロプラスゥ! オヌシ何故ここにおる!?」

「あ、あれ~♪」


 オプスが至近距離まで詰め寄る確認に996+ココロプラスと呼ばれた女性は首を傾げた。さすがにその時点で相手がスキルマスター仲間に何の反応もしないことに気付き、オプスはその辺りの事情を瞬時に理解する。


「そうか、オヌシが守護者なのじゃな」

「マスターのお知り合いでしたか~♪ そ~で~す♪ 私がスキルマスター№10の塔の守護者でありま~す♪」


 おどけた様子でびしっと敬礼を決める守護者。

 その容姿はオプスが間違えるくらいにスキルマスター№10の996+ココロプラスにそっくりであった。いや、同一人物と言っていい程だ。

 つまり996+ココロプラスは自分の塔の守護者を、自分と同じ姿に設定していたらしいのだ。

 姿に関してはその都度その都度アップデートしていたようで、今の守護者は最後に出会った時の996+ココロプラスと同じだった。


「それで~♪ あなたはどちら様でしょう♪」

「ああ、我はスキルマスター№13、オペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバーじゃ」

「あやや、マスターの同僚でしたか~♪ それでしたら~♪ これを進呈しま~す♪」


 とオプスの手に乗せられたのは守護者の指輪である。オプスはそれを握り込むと懐かしむように頷いた。


「確かに受け取ったぞ。褒美としてMPを進呈してやろうではないか」

「やった♪」


 守護者はぴょんと跳ねるとオプスに向かって、自分の頭を差し出した。


「何の真似じゃ?」

「えへへ♪ 是非とも頭を撫でながら~♪ 補給をお願いしたいな~♪」


 満面の笑みでの懇願にさすがのオプスもほだされて、頭をわしわしと撫でてやる。ようなことはなかった。そんなことをする相手はルカくらいなものである。

 ガッと掴むとギリギリと締め上げつつ、MPを流し込む。


「あああああああいいいいいいだああああああいいいいい♪」


 守護者は苦しんでいるというより、喜んでいる? それに近い反応を引き出しながら、オプスほぼからに近いMPを全部流し込んでやった。

 いくら相手が996+ココロプラスのようだったとしても、優しくしてやる義理など何もない。むしろ最初に驚かされたことの意趣返しの意味もあって、厳しく接するのだった。

 ただの八つ当たりともいう。


 頭を抱えて部屋の隅で蹲る守護者に対して、オプスは指輪を使用して最初の命令を下す。涙ぐむその姿にやり過ぎた感はあるが、オプス相手にこの程度で済めばまだマシだろう。


「とりあえず守護者の塔は現在の状態を維持せよ」

「え♪ うん♪ 分かったよ~♪ でもなんで♪」

「今現在、昔のレベルと同等の魔物を世に放つのは非常に迷惑となる。この塔はブロック状態で放置すると、魔物を生み出すのじゃろう?」

「そうだね♪ 幾つかのブロックには招かれる板魔物がポンが埋め込まれているからね♪」

「あのような魔物を野良で放つと、付近の村がゴーストタウンになるじゃろうて」


 現に霧を撒き散らされたところで、村が一つ大混乱に陥ったのだ。生霧蛞蝓フォッグスラッグ1匹が村に乗り込んだだけで、あっさり壊滅するだろう。

 それにオプスの管理下に置かれた塔のせいで、そんな事件が起こったなんてケーナに知られたら、怒り狂うケーナにどんな目に遭わされるか……。

 オプスの顔色が目に見えて悪くなった。


「よいな! 絶対に魔物どもを解き放つのではないぞ!」

「う♪ うん♪ 了解だよ♪」


 最悪の予想を首を振って追い出し、気を取り直したオプスが守護者に念を押す。

 その形相にまた頭にアイアンクローを喰らってはならないと、トラウマを植え付けられた(かもしれない)守護者は姿勢を正すのであった。


「やー♪ でもちゃんとした建物に作ってくれて感謝だよ~♪ 最初にあの状態にされた時はどうしようかと思ったしさ~♪」

「あの、状態……じゃと。どういうことじゃ?」


 明らかにオプスの作った豆腐建築のことだろう。無表情を貫きつつ、オプスは何のことか聞いてみた。


「うん♪ 実は建物の凝り方によって私の姿も変わっちゃうんだ~♪」

「ほう。最初の状態だとどうなっておったんじゃ?」


 どうやらブロックをどれくらい使って、凝ったものを作るか否かによって守護者の状態も違う容姿になってしまうらしい。豆腐建築を作ったことは横に置いて、オプスは興味本位でそれを尋ねる。


「うん♪ ドラムカンに落書きレベルの私が描いてあるっていうね♪」

「ぶっ!?」


 さすがにそんなもので出て来られては、守護者であっても996+ココロプラスとは分からなかっただろう。そこは悪魔たちに感謝である。

 オプスはボロが出ないうちにと、守護者に塔の扉は厳重に閉じておくことを厳命してその場を後にするのだった。

 

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