第12話 情報収集をするでしょう。

「請け負ったのはいいけれど、梢シルクワームってこの辺にいるのかな?」


 孫であるケイリック宅(堺屋)に泊めてもらい、朝食も頂いて快く送り出されたところで、ケーナは肝心の情報を聞いていないことに気が付いた。

 主に何処に生息しているのかが分からないのである。

 生態は聞いたのだけれども、生息地域などを聞いてこなかったのが悔やまれるところだ。ともあれ、そんなところの情報を探すところも含めての依頼だろう。冒険者というものは。


「まずは冒険者ギルドにでも行って、聞いてみようか」


 まだまだ朝の時間帯のヘルシュペルは大勢の人が行きかい、色々な声が飛び交っていた。辺境の村にいてもまずお目にかかれない光景だ。

 とはいってもここ最近、ケーナ自身は村と採掘状態のトンネルとを行き来していたので、人の喧騒というものから遠ざかっていたと言っても過言ではない。

 ちょっと懐かしい光景だなあ、などと思ってしまうのは世捨て人一歩手前のような気がしてならないが。

 そんな考えを笑い話のように感じながら冒険者ギルドのドアを潜り、依頼表の貼ってある掲示板の前に群がる人の山を見て絶句した。


「うわあ……」


 ヘルシュペルにはかなりの回数訪れているが、早朝のこの時間に来たのはおそらく初めてだ。この黒山の人集ひとだかりが、俗に言う早朝の争奪戦という奴なのだろう。

 そんなに苦労も怪我の心配もなくて、依頼料の高い物が真っ先に剥がされて奪い合いがあって、勝者が受付カウンターに突撃する。弱肉強食の縮図がこの時間帯に凝縮されているというわけだ。

 そんな光景を唖然と眺めていたら、ポンと肩を叩かれた。


「よ、ケーナ。こっちにいるってえのは珍しいな」

「おはよう。ケーナさん」


 ゴツゴツした厳つい顔で肩を叩いたのが灰色の竜人族ドラゴイド、エクシズである。その隣でキツイ目付きだが、親しげに片手を上げて挨拶をしているのがクオルケだ。

 ここヘルシュペル近辺を根城にする冒険者で、エクシズとはゲーム時代からの古い付き合いでもある。


「おはよー、タルタルソース。とクオルケ」

「何だい、アタシはついでかい?」

「いや、添え物はタルタルソースの方じゃないかなー、と」

「だーかーらー、今はタルタルソースじゃねーって言ってんだろーがーっ!」


 嫌そうな顔で文句を言うエクシズはタルタルソース、もといタルタロスというキャラクターのセカンドキャラであった。

 過去ケーナやオプスが所属していたギルド“くりーむちーず”の数少ない常識人枠に収まっていたのが、タルタロスという人物だった。

 だか数少ない常識人枠、という言葉から察するにギルドメンバーは濃い性格の者が占められていた。ケーナでさえもタルタロスから見れば、非常識人枠に収まるほどである。

 そんな環境のストレスもあってセカンドキャラのエクシズを多用していた彼は、ゲームの最期にこちらの世界へと巻き込まれてしまったのだ。ケーナがエクシズを親しみを込めてタルタルソースと、ギルド時代のあだ名で呼ぶのはそういう訳である。


 だいたい今のエクシズの正式名称は『Xxxxxxxxxxxx』だ。誰もこんな文字列を正確に読むことは出来まい。エックスズをもじってエクシズと、クオルケがそう呼び始めたのが彼の本当の名前となった。

 適当に名前を付けるとリアルとなった時に困る典型的な例である。まあ、当時は誰もゲームがリアルになることなど想像出来ていなかっただろう。


「クオルケは最近はどう? ちょっとは慣れたー?」

「ぼちぼちかねえ。可もなく不可もなく、だよ」

「あー……。それはそれは。ご苦労様です」


 未だに自身のことになると遠い目をして無表情になるクオルケに哀れみを感じてしまう。女性の体に男性の精神を持つアンバランスさは、何時まで経っても慣れないようだ。

 あんまりデリケードゾーンに突っ込むようなことを聞くと、精神と肉体のバランスが崩れて昏倒してしまうことが多々あるらしい。これについてケーナは追及するようなことはしないことに決めていた。


「こっちまで仕事しに来たのかあ?」

「ううん。仕事は別に受けたんだけど、情報を聞きに来ただけ」

「冒険者ギルドを通さない仕事ぉ?」


 2人の目が「悪徳商法にでも引っかかったんじゃないのか」と疑っているようだったので、堺屋からの依頼ということを告げておいた。途端に二人は羨ましそうな、物欲しそうな表情になる。


「よく堺屋から……、ああ。ケーナは堺屋と繋がりがあるんだっけな。普通あんなデカイ商会のお抱えとか、羨望の的もんだぞ」

「高額の支払いが約束されるからねえ。その分依頼も条件も厳しいけど」

「「で、何を受けたんだ?」」


 2人の目が興味ありますと輝いていた。聞かせるのは構わないが、同行を希望されるとケーナも断り切れない。梢シルクワームの生態からすれば、1人2人の助っ人は歓迎すべきなのだろうが。


「こずえしるくわーむ?」

「シルクワーム系か。またメンドクサイ依頼を受けたんだなあ、お前」


 クオルケは本気で心当たりがないようだ。首を捻って、ついでに体も傾けて考え込んでいる。

 対してエクシズは知っているようで、難しい顔して頷いていた。2人でチームを組んでいるなら、片方しか知らないというのもおかしな話である。


「受けたことあったっけねえ?」

「お前現物見て逃げ出しただろう。去年受けて、ホラ取りに行っただろうが。緑色の尺取虫しゃくとりむしのことだぞ」

「っ!? ひいいいいっ! あれか! あれのことかあっ!?」


 クオルケはエクシズの言葉で話を思い出し、体を抱え込んでガタガタ震え始めた。顔色は真っ青を通り越して白い。ついでに口調にもボロが出ている。


「どういうこと?」

「依頼でコケシルクワームっていうのを取りに行ったんだがな。こう湿度の高い河原にうじゃうじゃと幼虫がいてなあ。さすがの俺も気持ち悪かったぜ」


 エクシズすらもげっそりとした顔で愚痴を吐く。よっぽどその光景がトラウマみたいになっているらしい。そんな話を聞いてしまえば、ケーナも少々肝が冷えるというものだ。


「とにかく俺らはシルクワーム系を、という依頼には力になれそうもない。人手を探しているんならオプスでも引っ張って来い」


 ぶんぶんと手を振って嫌がる者を強引に仲間に引き入れようとは思わないが、エクシズが率先してオプスを頼れというのも珍しい反応だ。


「うーん、オプスかあ」

「なんだ? アイツまた何処かに雲隠れでもしたのか?」

「うんにゃ、普通に健在だよ。殺しても死なない」

「物騒だな!?」

「けど今は別行動中なんだよね。私はこっち。オプスはフェルスケイロに向かっている筈」

「明日にでもフェルスケイロが滅ぶというのか!」

「ないわい」


 芝居がかって嘆いた様子のエクシズの暴言を切って捨てる。

 ケーナに命令されない限り、オプスが何かを自主的に滅ぼすなんてことはしないと思われる。そこは断言できるが、そこはかとない不安もつのる。

 ケーナにしろオプスにしろ、何かと厄介ごとやイベントを引き寄せるタチなのだから。その中に手を出したら最後、滅亡するまで止まらないような激動のイベントも含まれるかもしれないからだ。

 勘の鋭いオプスのことだから、さすがにそんなモノに巻き込まれれば連絡の一つも寄越すだろう。


「寄越すよね?」

『オソラクハ』

「あ? なんか言ったかー?」

「なんでもないよー。それで梢シルクワームのことは知らないのね?」

「俺らが見たのは苔だけだからな。他のシルクワームとか勘弁してくれ」


 嫌悪感を露わにするエクシズにこれ以上聞くのは躊躇われたので、素直に受付カウンターへ向かう。エクシズたちと話しているうちに、黒山の人だかりはすっかり姿を消していたのであった。

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