第13話 直掩が来るでしょう
「梢シルクワームの生息地ですか……。少々お待ちください」
かくかくしかじかと、受付でケーナが説明すると、女性職員は奥から分厚い冊子を持ってきてカウンターに広げた。冊子は今まで冒険者や職員が、色々な依頼で収集して来た情報が纏めてあるようだ。
「今のところ確認出来ている場所でよろしければ、こちらになります」
分厚い冊子をペラペラと捲っていた女性職員が、別に広げた地図と照らし合わせてある場所を指し示す。そこは大陸の北西の端の方。
ヘルシュペルの端も端。辺境と言った方がいいような端っこだった。
今現在ケーナが本拠地としている辺境の村とは王都を挟んで逆方向だが、街道すらも外れているような場所にあるようだ。
脳内でキーの広げた過去のマップと照らし合わせると、そこは見覚えのある地点だった。懐かしいやら驚きやらで、ケーナの目が見開かれる。
かつてこの場所は黒の国ライプラスの領土。その奥地となる場所近辺には、“くりーむちーず”ギルドの拠点があった場所だからだ。
とは言ってもオプスの証言を信じるのならば、ギルド拠点は最終日にはっちゃけたギルドメンバーの手により木っ端微塵に爆破されたはずである。
あるのだが、いくら合体爆裂魔法であってもケーナの記憶しているギルド拠点全てが吹っ飛んだとは思えない。場所によっては隕石を降らせても無事で済むような部屋もあったはずだ。
「まあ、それは杞憂ね……」
「何か問題でもありましたか?」
「あ、いえ。こちらのことです。大丈夫です。情報ありがとうございました」
「はい。お役に立ってよかったです。こちらに赴くのであれば、途中まで街道馬車が出ていますので、そちらを使うことも出来ますよ」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
「お気をつけて」
情報料がいるかと思って銀貨を出したのだが断られてしまった。改めて調べ上げるようなことがあれば、依頼として報酬が要るようだ。
蓄積されている情報に対価は必要ないらしい。
街道馬車は三国を結ぶ外郭通商路を定期的に走っている乗合馬車のことだ。ケーナが勧められたのは、西側の外郭通商路を通ってフェルスケイロへ向かう路線である。
ちょっと前までコイローグ率いる盗賊団が出たり、廃都からモンスターが現れたりしていたので、長いこと運行停止になっていたとのこと。
街道馬車を運行しているのは商業ギルドだと聞いたので、そこまで足を延ばしてみる。窓口があったのでフェルスケイロ行きの定期便を聞いてみると、丁度翌日の朝に出発する便があるというのでチケットを買っておく。
チケットと言ってもこちらの場合、割符の様なものである。目的の場所の近くまでだと全行程の半分以下の距離しか乗らないので、料金もずいぶんオマケしてもらった。
実のところ、商業ギルドではケーナがケイリックの身内ということは知られている。そのため全ての商業ギルド関連の施設利用については、ほぼ割引されているのであった。勿論ケーナはその事実を知らないが。
翌日になるまでやることもないので、宿屋でも探して寝て過ごすことにしようと決めた。
ケーナは記憶を頼りに、以前ヘルシュペルで泊まった宿屋を探すことにする。
その宿屋はエーリネの隊商と何度か泊まったところだ。
途中の屋台で香ばしい匂いに釣られて串焼きを買い込み、人通りが多いところから離れて舌鼓を打つ。
何かが接近してきていると感じたのはそんな時だ。
「キー?」
『何デショウ?』
「なんだか近付いて来ているモノがあるみたいだけど」
『コチラデハ確認出来テオリマセン。失礼ナガラ根拠トナルベキモノヲ提示シテ頂ケマセント……』
「キーの警戒網でも分からない!?」
驚愕と接近して来ているモノに対する緊張が一瞬で跳ね上がったが、直後頭部に直撃した何かによってケーナの目に星が散った。
「ぎゃっ!?」
「きゃん!?」
『……キャン?』
「いたた……」
飛来物のぶつかった頭部をさするケーナの視界に、目をぐるぐる回した飛来物がひらひらと落ちてくる。
正体を一目で見抜いたケーナは慌ててその飛来物を掌で受け止めた。
「クー! なんで?」
「痛い。ふらふら……」
目をぐるぐるにしながら呟くクーを人目に付かないよう胸に抱え込み、ケーナの声でざわついていたその場から急いで離れる。
幸いにして件の宿屋がすぐそこだったため、宿屋の受付にいた人に一泊泊まれるか聞いてみた。従業員の人もケーナのことを覚えてくれていたようで、宿帳に名前を書けばすぐに部屋の鍵を渡してくれる。
不自然に急ぐことのないように気を付けて部屋まで移動し、ベッドに腰かけてから漸く気を緩めた。
胸元に隠していたクーを開放すればふわりと舞い上がって、ひらひらと手を振っている。いや、気にするところはそこじゃない。
「どーしたのよ。クーは留守番するんじゃなかったの?」
「留守番? しないよ」
きょとんとした表情で全否定するクーにケーナは頭が痛くなった。
確かに出かける際にクーが一緒に来る是非は聞かなかったが、追いかけて来るとは思ってみなかったのである。
「真っ直ぐに~。飛んできたの」
「あー……。放物線を描いて真っ直ぐ飛んできたのね。そうなのね」
「うんー」
文字通りケーナを目掛けてぶっ飛んできたのだろう。クーであればそれも可能だと思われる。2人は繋がっているようなものなのだから。
「ルカには言わなかったの?」
「行ってきます。した!」
それは言われたルカの方も唖然としただろう。
挨拶とともにクーがいきなり飛んで行けば。
「家でパニックになってないかな?」
『サイレンタチガイルナラ、問題ナイノデハナイカト』
念のためと思ってロクシリウスに通信で連絡を取ってみれば、ルカだけが酷く心配しているということを聞かされた。
サイレンは案の定、「クー様はお強いですから」と言って特に気にもしていないようだった。信用されているのか、放任しているのかは分からないが。
クーと一緒にいるから大丈夫だということを言付けておく。ロクシリウスもほっとしていた。なんだかんだいって、気には掛けていてくれたらしい。
「今度はちゃんと最初から付いて来なさいよね」
「はーい」
元気に返事をしてからケーナの肩にふわっと降り立ったクーは、髪を抱えてふらふらし始めた。
人の肩に座ることはあっても髪を弄るのはケーナだけらしい。
くすくすと楽しんでいるクーを見ながら、その日の夜は更けていった。
そして翌日。
普段なら街中でクーはケーナの髪の中や服の隙間に隠れているのだが、その日は朝から嬉しそうに肩に座っていた。
宿で朝食の時に他の客から目を丸くされるし、街中を移動している時も気が付いた人たちが驚くので、始終注目の的だった。
ケーナも本人が楽しんでいるので自由にさせていたのである。
しかしケーナもすっかり失念していたが、妖精というものはこの世界で特別な意味を持っている。自身の警戒が緩んでいたとケーナが自覚させられたのは、数人の男たちが周囲を取り囲んだ時だった。
一見すると辛うじて冒険者に見えなくもない、悪く言うならチンピラの類であろう。その数7人。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、距離を置いてケーナを取り囲んでいた。
争いの気配を感じてか、行き交う人々が急速にその場から離れていき、近くにある建物に住む住民たちは窓を閉めて固く閂を掛ける。
「……」
「へへへへっ」
表情を消して無言になるケーナと対照的に、チンピラたちの顔には愉悦が色濃く表れている。その視線はケーナの肩で機嫌良さそうなクーに集中していた。
「よう、ねーちゃん。イイもの連れているじゃねーか?」
「それをちぃーとばかし俺たちに譲ってくれねえか?」
「そうそう、俺たちのコネでそれを大金に変えてやるからよ」
「あんたにも分け前はくれてやるぜ。授業料は貰うがね」
ケーナが何も言い返さないことを、怯えているのだと勘違いしたチンピラたちの気が大きくなる。ただの旅人のようで帯剣もしていないケーナを侮っているのだ。
抜き身の剣どころか、大きく口を開けたドラゴンよりたちが悪いということを見た目から感じさせないケーナは、こういった者共の絶好のカモに見えるのだろう。
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