第7話 原因を特定するかもしれない。

 オプスがマリスと共に降り立った場所は、見通しの悪い霧の中でなんとか家屋が視認できるようなところだった。

 霧の視界は最大2mくらいだろうか。オプスの持つ幾つかのアクティブスキルには、霧の中で人だろうと思われる存在が動いていることが分かる。

 何かを叫びながら右往左往しているのは間違いない。

 しかし濃いとはいえ、声も聞こえないというのは霧自体に何らかの作用があるということだ。


 マリスから聞いたところによると、村の人口は50人くらい。暮らしぶりはオプスやケーナたちが住む村と大して変わりがないようだ。

 あちらには堺屋支店とか公共浴場とか自動迎撃ゴーレムとか、普通じゃないところが多いが。

 村人たちはこの霧の中で、行方が分からなくなったマリスを探そうとしているのだろう。

 不気味な霧に囲まれた中ではその捜索も思うようにいってなさそうだ。

 情報源のマリスはというとオプスの小脇に抱えられ、ぐったりしていた。


「なんじゃ、もうへばったのかの。そんなんでは立派な大人にはなれんぞ」

「…………」


 返事はない。

 つまみ上げてみると、目の焦点が合っていない。

 高いところからの落下が余程ショックだったのか、放心状態になっているようだ。

 オプスはマリスの頬をペチペチと叩いた後に、魔法で生み出した水を放水銃のようにして顔面にぶっかけた。


「ごぼっ!? ぶっ!? ぶぶぉわっ!?」


 口と鼻から水を摂取するという暴挙にさらされたマリスは、溺れかけて目を覚ます。

 オプスはマリスが反応したところで水を止めた。


「っな、にするごほっ、んだよおっちゃんっ!?」

「ほれ、オヌシの村に着いたぞ」


 覚束おぼつかない足取りのマリスを地面に下ろす。本人も濃い霧を見渡して「ええと……?」なんて呟いている。

 ミルククリームみたいな視界をさして「お前の村だ」とか言われても、そこが自分の地元だと1発で分かる者もいないだろう。


「全く世話の焼ける」と言いつつオプスは灼熱系魔法を行使して、途中でキャンセルした。

 これは以前、ケーナがコイローグが親分だった頃の盗賊の分隊を殲滅した時に使った範囲攻撃である。

 本来なら巨大なドームを形成して、内部をことごとく焼きつくす。

 それをドームを低温で形成するだけに留めたのである。やや熱さで肌にピリッとくるけれども、人体に与える影響など微々たるものだ。

 結果、村の一角に漂っていた霧を蒸発させて視界を確保したのである。


 視界が通るようになったために、あちらでなんやかんやと会話をしていた人々がこちらに気付く。

 年配のご婦人といかつい顔のおっさんが「あ!」という声と指をこちらに向け、大股で近付いてきた。その後ろから数人の村民が嬉しそうな顔で続く。


「マリス! テメェ何処へ行ってやがった!?」

「ほんとだよ! 皆にこんな心配させておいて!」


 厳つい顔が更に険しくなり近付いてくるおっさんに、マリスは小さな悲鳴をあげてオプスの背後に隠れる。どうやら父親と母親のようだ。

 その時になって漸くオプスがいることにおっさんとご婦人が気付き、警戒した様子で足を止めた。


「だ、誰だい?」

「テメェ! テメェがマリスを誘拐しやがったのか!」

「いや、我は……」

「ノコノコと村までやってきて何が目的だ!」


 おっさんは何を誤解したのか拳を握り「うおおおおっ!」と叫びながらオプスに突っ込んで来た。

 弁明する(当人にする気はない)間もない犯人扱いに、オプスの額に怒りマーク(説明するまでもないが【薔薇は美しく散るオスカル】のスキルだ)が浮かぶ。

 オプスからしてみればハエが止まるパンチを片手で掴み、相手の勢いを利用しておっさんの前後をひっくり返すと、掴んだ腕を背中で捻りあげた。


「いだだだだっ!? なっ、何しやがるテメェ、放せ!」

「人の話は終わりまでちゃんと聞くように、と親に教わらなかったのか? 我を疑うより先に小僧に事情を聞いた方が早かろうに。ホレ、オヌシも隠れてないで理由を言わんか」


 オプスはおっさんの痛がりはスルーして、マリスを摘みあげて前に出す。

 本人は3人の視線を受けてオドオドしていたが、オプスがいっそうキツく睨むと堰をきったように村を出た理由を話し始めた。

 こうやっている間にも一度取り除いた霧は、じわじわと元に戻りつつある。

 密度を増やしながら元の濃さを取り戻しつつある霧を見たオプスは考え込む。

(ふむ。何処からともなく湧いてきて、近距離の会話すらも妨害する不自然な霧となァ。思いっきり心当たりがあるんじゃが……。どう考えても生霧蛞蝓フォッグスラッグの吐き出す霧じゃろう?

 廃都でそういった奴らは全て滅んだと思っとったが、漏れた奴らがこんな所まで移動するかのう?)

 


「あんたは! いったいっ! 何をやって! いるんだい!」

「ぎゃーっ! 痛い痛い許してかーちゃーん!」


 ちょっと目を放した隙にマリスはご婦人によって脇に抱えられ、尻叩きの刑にあっていた。

 おっさんは未だにオプスに片手を捻られたまま、「は、放せっ! おい! 聞こえてねえのか!?」と、抜け出そうともがいている。

 オプスが手を離すと転がるようにそこから逃げ出して、距離をとって鋭い眼光を向けてきた。そして頭を下げる。


「うちの村のもんが世話になったようだな。誤解して悪かった。すまん」

「分かればいいんじゃ」


 オプスが満足そうに頷くと厳ついオヤジはもう一度頭を下げる。誤解はあったが、自分の非をすぐ認める気概はあるようだ。


「うちのガキを助けてくれたのは感謝するが、あんたは何でこんな所まで来たんだい?」

「ただ単に通りすがりだったんじゃが、この事態を収拾しやってもよいぞ」

「「「なんだって!?」」」


 その場にいた全員が目を見開いて驚く。

 ケーナのお人好しが移ったかな、と思うオプス自身も内心で苦笑する。昔の自分だったら考えられない気前さに。


「い、いいや! こんなもん人の手を借りるまでもねえっ! オレに任せておけ!」

「ええっ!?」


 それで終わればよかったのだが、厳ついオヤジが自分の胸を叩いて自己主張し始める。

 さすがのオプスも、蛮勇を通り越した無謀な申し出に白けた視線を向けるしかない。

 それというのもオプスが原因だと考える生霧蛞蝓にある。

 そいつはゲームであれば中級者用のフィールドに生息する、300レベル前後のモンスターだからだ。

 奴らの吐き出す霧は言葉を妨害して、人々の会話を捻じ曲げてしまう。好意は悪意に、悪意は罵声に。そうして人の心に疑心暗鬼をもたらすのだ。そうして外への警戒が緩んだ村へ入り込み、人を貪り食うのが奴らの習性である。

 目の前にいるオヤジでは到底敵わないレベルなので、遭遇したら溶解液を足に掛けられて逃げ道を封じられ、のしかかってから美味しく頂かれてしまうだろう。


「な、なんだよアンタ。その哀れんだ目は……?」

「ヌシ、勢いだけで言葉を吐くのは止めておくがよい。それを辞世の句にしたいのなら話は別じゃが」


 本当に生霧蛞蝓がいればの話だが、この世界由来の魔物かもしれない。だが、まともに戦ってオプスに傷をつけられるのは、この世界ではただ一人だけだろう。

 どちらにせよ決めるのは村人たちである。

 この村がゲーム由来の魔物に滅ぼされても、オプスはいっこうに構わない。

 ケーナたちの村に矛先が向いた瞬間、跡形もなく殲滅する気ではある。

 オプスが自ら申し出た、というチャンスをふいにするというのならそれでいいと思っていた。

 マリスの両親を宥めていた村人たちがボソボソと話し合う中、再び足元を覆い始めた霧に「そろそろ時間切れじゃなあ」などと思っていたら、マリスの母親と村人たちがオプスの前にやってきて頭を下げた。


「お願いするよ。アンタならこの霧を何とか出来るんだろう」

「そっちの好意に頼るしかない。よろしくお願いする」

「もう村の備蓄も限界なんだ。村長には後で話しておくから、俺からも頼む」


 頭を掴まれたマリスも、母親に無理やり頭を下げられていた。

 厳つい顔のマリスの父親はその向こうで「勝手にしろ」とそっぽを向いていた。

 だからその場の誰もが気付けない。

 真正面からなら気付いていたかもしれない。その時にオプスが浮かべていた獰猛な笑みを。知らないというのは幸せなことである。

 そしてオプスは「よかろう」と言って、この霧発生の件を収束すると約束した。

 肝心な部分を何も告げずに。

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