第6話 救助をするかもしれない。


 一方、ケーナが通過したエッジド大河にオプスが到着したのは、2時間くらい経ってからであった。


 オプスは特に周囲を気にすることもなく、アイテムボックスから取り出した船を水面に浮かべてから飛び乗った。

 それから身長の倍以上もあるを取り出すと、川に突っ込んで船を操れるかを確認する。


「ふむ、行けそうじゃな」


 小刻みに動かして、問題なく船が操れることに満足そうに頷いた。

 この辺りはまだ流れが緩やかなので、櫓の出番はないだろう。


「はてさて、この様にのんびりするのはいつ以来かのう」


 クッションを敷いて座り込んだオプスは、流れの先を見ながら姿勢を崩した。

 しばらくはだらだらと流れに任せてぼーっとしていたオプスだったが、流れの先に妙なものを見つけて立ち上がる。

 目を細めてものの状態を確認したオプスは、船を操ってそちらに寄せた。


 それは川の中から突き出している木の枝に引っ掛かっていた、1人の子供だった。

 辛うじて肩が動いていたので生きてはいるのだろう。

 オプスはその子供をひょいと摘みあげてまじまじと見る。

「ふっ」と息を吹きかけるようにして、【清浄】魔法で水気を飛ばした。

 アイテムボックスから取り出した毛布で、子供をグルグル巻きにして船底に置く。


「ケーナがおらぬのに厄介ごとに遭うとはのう」


 本人がいれば「どの口がそんなことを言うのっ!?」と憤慨されそうなことを呟いたオプスは、川岸に上陸できそうなところを探して目を走らせた。

 すぐにちょっとした岩場が固まっている所を見付けると、船を寄せて子供を抱えて飛び乗る。

 船は飛び乗る際にアイテムボックス内へ格納したので、オプスが足場にした途端に消えて川面に大きな波紋を生じさせることになった。

 それも流れに呑み込まれて瞬く間に消えていく。


 子供を脇に抱えたままのオプスは周囲を見回すと、【召喚サモン魔法マジック】で騎兵ナイト型の土精霊を呼び出す。


「整えよ」


 オプスの短い命令を承った土精霊は、広い範囲で木々の間をせばめて大きな広場を確保する。

 次に広場の中央がぐぐっと盛り上がり、高さ1m程の土俵のような台地を形成する。


 土精霊が野営場所を整えている間にオプスは寄せられた木を数本斬り倒し、魔法も併用して薪を山のように切り出す。

 土精霊は台地を作り終えると、オプスに一礼して姿を消した。

 オプスは台地の中央に薪を組んで着火し、小さなキャンプファイヤーじみた焚き火を作り出す。

 その傍に意識のない子供を毛布から取り出し、焚き火に背を向けて無造作に置いておいた。


 本人は安全な距離を保って腰を下ろして胡座をかき、じりじりと熱に炙られる子供を観察する。

 やがて身動ぎした子供が咳き込み少量の水を吐き出す。

 目を開けるよりも早く「う、あ……あああちゃちゃちゃちゃっ!? あづいあづいあづいっ、あ、あああああああっ!?」と叫びながら、自由の利かない体を転がしながら焚き火から遠ざかる。

 台地の端に到達するとそのまま坂を転がり落ちていった。


 オプスは何の手助けもせずにそれを眺め、「ふむ、声も出せるし動くこともできる。問題ないようじゃの」と呟いた。

 色々な確認のためとはいえ、ケーナがいたならばボッコボコにされそうな酷い所業である。

 しばしの間をおいて台地の端から顔を半分覗かせた子供は、周囲を見回して「あ、……お、おじさん誰?」と呟いた。


「話がしたいのならばここに来い、小僧。それとそこにいると、背後から獣に襲われても文句は言えぬぞ」

「ひうっ!」


 オプスに指摘され、背後を振り返った子供はここが森の中だと分かると、転がるように走ってオプスの傍に寄ってくる。

 隣に来た子供にオプスは干し肉を差し出した。

 相手の顔色を窺いながら干し肉を受け取った子供は、早速とばかりにかじり付いた。


「食欲もある、と」

「?」

「なんでもない。黙って食うがよい」


 手を振ったオプスは焚き火の具合を見つつ、子供が干し肉を食べ終わるまで静かに待っていた。


「あ、ありがと……」

「うむ。人に何かをしてもらったら礼を言うのは殊勝な心がけじゃ」


 食べ終わった子供がおずおずと頭を下げたのを見たオプスは、頭をわしわしと撫でてやる。


「それで小僧。何故ゆえにオヌシは川に流されておったのじゃ?」

「こ、小僧じゃない。オレの名はマリスだ!」

「そうか、マリスか。我の名はオプスじゃ。まあ、おっちゃんでもオジさんでも好きに呼ぶがよい」


 子供の、マリスの主張を受け入れつつ、自分の名乗りは最低限に抑えて話を聞くために先を促した。


「オレの村がちょっと前から霧に埋まっちゃったんだ。それから猟師のおっちゃんも猟にでられなくなって。それで……」

「ふむ、誰にも言わずに無断で村を飛び出し、食料を探しに出かけて川との境が分からずに落ちたということじゃな」

「っ、……。な、なんで分かるんだよっ!」

「オヌシのような小僧の考えることなど筒抜けじゃ。最近になって弟か妹が出来て、兄になったようなやつはの」


 どうやらそれも図星だったようで、マリスは下唇を噛みながら俯いてしまう。


「じゃ、じゃあどうすりゃあよかったんだよ! このままじゃ母さんの乳も出なくなって妹が、アンナがっ!?」


 ボロボロと涙と鼻水を垂れ流し始めたマリスに、オプスは容赦なく拳骨を落とした。

 ガヅンといい音がした。


「いてえっ!?」

「よいか。オヌシがまずしなくてはならなかったのは、大人に相談することじゃ。自分の身も守れぬ者がまじない結界の外に出て何ができる? 飢えより先に親を心労で殺す気か。この親不孝者めが! ……全く説教などワシの柄ではないじゃろう。余計な手間をかけさせおってからに!」


 マリスに怒りつつ、自分に呆れつつ、オプスは焚き火を一瞬で鎮火させてマリスを摘み上げた。


「え、あれっ?」

「ここで見捨ててはあ奴に折檻をされかねん……」


 全部を諦めたようなながーい溜息を吐いたオプスは、摘み上げたマリスの鼻先に指を突き付けた。


「貴様の村程度、この我がなんとかしてやろう。光栄に思うがよい」

「へっ?」

「ああ、それと気だけはしっかり持っておくのじゃぞ」

「……は?」


 少しの助走で木を駆け上がったオプスは、【飛行魔法】を使って空中をも駆けて上昇する。

 あっという間に高高度から地上を見下ろす状態にもっていかれたマリスは、あまりの高さに目を回しながら「ぎゃああああああああっ!?」と叫んだ。


「おお落ち落ち落ち落ちるうううううっ!?」

「喋ってばかりいると舌を噛むぞ」


 あまり参考にならないアドバイスをマリスにして、オプスは空から森の中の一角に霧に覆われた一帯を発見するのだった。

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